眷属確認、千年王国崩す音
分からない事は後回し。テストと同じ理屈だね。
嫌な想像は出来るけど、何事も確認が先。非常時に一番怖いのはデマだ。下手すると更なる災禍と同じくらいには怖い。
「さて、用事は終わったんだから、早く帰ろ」
「ほんっっと図太い神経をしていますわね! 行きますよ、コーネ!」
「はい! エネリア様!」
どうやらコーネさんも連れて行くらしい。帰ってきたら女の子が一人増えてたなんて、厄介事のタネにしかならないと思うけどなぁ……
案の定。あの馬鹿みたいに広い部屋に入ると、すぐ近くに移動してきていたらしい同級生+衛兵二人の視線がコーネさんに殺到した。
「神野がハーレムを築いてやがる!」
お黙りなさいませ見知らぬ同級生A。やだよ人間なんて、食や娯楽、芸術を生み出す技術しか価値の無い生物なんて死んでもごめんだね。
「ちょっとそこの勇者様! もしや私までもこの異端者にお熱だと仰りたいのですか!?」
チャンス。馬鹿の発言に若干ムキになった姫様が食ってかかった。けけけっ、天罰だ。
そして僕にとっては天恵。こそこそっとサイキョウ君と東雲さんの所へ行く。二人は何故かチェスをしていて、ひょいっとナイトを動かして東雲さんに有利な盤にしたら「あってめっ、汚ぇ!」「ツッコミより先に場をかき乱すその手腕が怖いのよ……」などというお言葉を授かった。いやぁ、照れるね。
「ちょっとステータスって言ってみて?」
「は? なんでだ? というかなんでお前が知ってるんだ?」
「ちょっと僕のステータスが特殊だったから、普通というか基準の表示が欲しいんだよ」
「……まあいいけどよ。何が書いてあったんだ?」
「称号:【竜の虜】」
「…………納得だぜ」
めっちゃ呆れたような表情。しかしすぐステータスと傍から聞くと非常に寒いセリフを口に出して言ってくれるあたり、良いヤツなのかもしれない。今後はもうちょっと意識するように意識しようかな。
「前の四つはいいよな? 同じだろうし」
「いやいや、名前と性別はともかく種族と状態も知りたいよ。何せ僕の状態は昂揚(小)だからね」
嘘だけど。でも、状態の所に呪いって入ってないかどうか確認するには必要な嘘。人間相手にはちっとも良心とか痛まないけどね。
「……人間(日本人種)、呆れ(微)、【勇者】、【戦神の加護】だ」
「私も同じね。加護だけは魔神の加護だけれど」
ふむふむ……なんで二人そろって微妙に呆れてるんだってツッコミは野暮として、勇者にナントカ神の加護かぁ……ぷぷっ、御加護じゃないなんて、それ程大事にされてないって事だよね? 僕なんか、【御加護】だもんね。ふっふ~謎の優越感!
「なんでそんな見下すような顔をしてるのか、説明はしなくていいから一発ぶん殴らせろ」
「やなこった」
ともかく、仕様自体はステータスも年鱗も変わらないみたいだね。そして『呪い』は僕だけかぁ……
「妙な状態になってる人とかいなかった? 例えばいきなりブードゥー人形作り始めるヤバイ人とか」
「そんなイカレた事をしそうな奴はウチのクラスではお前だけだ!」
「軽い錯乱に陥っていた子はいたけど、今は落ち着いたわ」
なるほどね……っと、乱痴気騒ぎ終わったね。
「ありがと。これは借りにしとくよ」
否定も肯定も聞かないまま、今度は模擬刀の下げ緒に紛れている百足ちゃんに聞く。
(君は自分の年鱗を見れるの?)
《焔を刻まれし御方! 百足は文字を持ちません! 我らは生まれつき分かっているのでございます!》
(あぁ、そっか。名前は無いし種族も分かるし性別も知ってるもんね。状態だって自分の体だから分かるし、普通は称号や加護は授からないもんね)
《流石は焔を刻まれし御方! その通りでございます! 年鱗を自覚する畜生の事を、人間はビーストと呼びます!》
(へぇ……君は物知りな百足だね)
《焔を刻まれし御方! この城には、美味しいドブネズミの巣窟があるので、よく出入りする内に、知ったのです!》
(そうなんだ!? じゃあ、この世界の百足は人間と同じように考えて動けるんだね?)
《いいえ! それは違います、焔を刻まれし御方! 私が貴方様と会話が出来るのは、偉大なる竜王様の御加護があるからです! 焔を刻まれし御方から離れれば、私は元の百足に戻りましょう!》
(そうなんだ……)
それはなんだか……寂しいな。百足とはいえ、僕を偉大なる竜王陛下の御加護を授かる者として認識してくれた、最初の生き物だ。この世界に来るまで……じゃなくて竜王陛下の御加護を授かる前までは大嫌いだったけど、今はなんとも思わないのが前提になってるし、そう考えるとなんだか可愛くも思える。年鱗の存在を姫様より先に教えてくれたし、おかげで竜王陛下の御加護にも気づけた。
何より、人間以外に意思疎通できる存在、っていうのが気に入ったんだよね。
(ねぇ、良かったら僕と一緒に旅をしない?)
何気なく、提案してみた。断られたらそれで良いけど、受け入れくれたらとっても嬉しい。そんな思いで。
百足の声の感情はよく分からない。
《焔を刻まれし御方! 是非! 是非とも御供させてくださいませ! なんという幸運、なんという誉れ、なんという運命! 私のようなただの百足をお選び下さり、ありがとうございます!》
けど、この百足ちゃんが今、凄く喜んでるって事は、分かる。
僕が一緒に行こうって言って、喜んでくれた。
えへへ。
「うわっ、いきなり笑うなよ不気味だな!」
シャラップ外野! 人間様が虫けらに物申すとは何事だ!(現実で引用できる時がくるなんて!)
そうだ。
(ねぇ百足ちゃん。君には名前が無かったよね?)
《はい、焔を刻まれし御方!》
(それじゃ、今から君をミルリントと名付けるよ。君も僕の事は鋼竜かハガタツ様と呼ぶように……)
世界が薄暗くなったのかと思った。
それはただの眩暈だったんだけど、死ぬくらい厳しい修行は久しくやってなかったから、気づくのに時間がかかった。そして僕の心に、何かが触れた。
《焔を刻まれしご主人様、ハガタツ様! 私はミルリントでございます! 私の全ては、ハガタツ様の物! 私は、ミルリントでございます!》
みたいな言葉が、今度はしっかりと感情を伴って頭の中に響き渡った。支離滅裂なんだけど、文章にするとこんな感じかなってだけで、けど感情の塊なんて、心で理解しても頭が分かるように理解なんて出来ないんだと思う。
ただ確定なのは、喜色いっぱいってミルリントちゃんが思ってるって事。
僕と何かの関係を持って、ただ純粋に喜んでくれるなんて……それが百足ちゃんでも嬉しいな。
調和を壊すただの問題児として扱われた過去――
「おっっと動くなサイキョウクン? その手に持った靴を今すぐ下ろして、両手を上げるんだ」
「おまっ、ついに壊れたのか!? 百足がいるんだぞ、百足が! しかも青とか滅茶苦茶毒々しいし、噛まれるぞっておいいぃぃぃぃ!!」
僕がミルリントちゃんに指を差し伸べて肩に移るよう心の中で指示を出しただけなのに、サイキョウ君は妙な絶叫を上げるなぁ……うん、それが普通の反応なのはわかっているけども。
「落ち着いて、サイキョウ君。この説明はきっと姫様がしてくれるから」
「え? あら、先ほどの青百足ではありませんか。死ぬことはありませんですけど、噛まれると痛いですわよ?」
おっどろきー。野郎のサイキョウ君よりお淑やかな(戦)姫様の方がよっぽど落ち着いてるよ。サイキョウ君かっこ悪ーい。情けなーい。名前負けー。
「大丈夫だよ。さっきの件で、どうも僕に懐いたみたいなんだ。名前が無いって言うから、ミルリントちゃんって付けたんだ。ミルリントちゃん、眼を背けていない人たちに頭下げて」
肩でもぞもぞと動く気配がして、止まる。すると姫様を始めとして、この場の全員が酷く驚いた表情を見せた。どうやらお披露目は成功みたいだ。
「……変人と思っていましたが、まさか真正の狂人でしたとは恐れ入りましたわ」
え、なにその反応?
「いえいえ、別に排斥されるような事ではありませんから、その物騒な物を構えないでくださいませ」
そうなの? なら良いんだけど……衛兵のお兄さん方に向けて居合斬りの形を取っていた構えを解いて、自然体に戻る。
「確認いたしますわ。名前が無いと聞いたと仰いましたわね?」
「うん」
「だとすると、ハイビーストですわ」
ハイ、ビースト? んん? ビーストって確か、年鱗を持っている畜生の事を指すんだよね? ならハイビーストって一体……
「ただの虫がハイビーストになるなど聞いたこともありませんけど、人語を操る動物の事をハイビーストと呼ぶのですわ。ちなみにビーストとはステータスを自分で呼び出す事が出来る、頭の良い動物の事ですわ」
ふむふむ……多分違うけど、今後はそういう設定で誤魔化そっと。
「しかも比較的穏やかな青百足とはいえ、仮にも肉食の百足が大人しく従順にしている所を見るに、ペットにもなっていますわね」
……ビーストは獣、という意味の英語だ。この世界で元ネタとなった単語の意味もきっと、同じ意味なんだと思う。日本語が異世界でも通用しているから、きっとそうだ。
となると、ペットという単語にもただ単純に僕達が想像するようなペットとは、違う意味があるかも。
「念のため、ペットの意味も教えてくれない?」
「常識ですし、構いませんわ。ペットとは生き物と生き物の主従関係の内、従の関係にある生き物を指すのですわ。主の方はマスターですわね。マスターとペットは心が繋がっていて、どれだけ離れていても念話が出来るそうですわ。主従関係が結ばれるポピュラーな方法としては、命を救った後の名付けですわね」
なるほど……あの心に触れてきたあれは、ミルリントちゃんの心だったんだ。だから感情も伝わってきたんだね。ハイビーストの方は違うだろうけど、僕がマスターでミルリントちゃんがペットなのは間違いと思う。
という事は、遠く離れても話は出来るんじゃ……いやいや、話自体はあくまで竜王陛下の御加護によって出来ているんだ。離れてしまえば思考は普通の百足の物に戻る筈。それは嫌だ。
「稀に魔物や魔獣が複数のペットを得てビーストマスターになり、村や町に被害を齎す事もありますわね。ビーストマスターは最優先討伐目標で、それはマスターが人間でも同じですので、ご注意くださいませ」
ねえ、それって僕が複数のペットを従えて人や町に暴虐の限りを尽くしそうだから今の内に釘を刺しとけ的な指摘? 酷くない? 僕だって無関係な人を殺しまわるような真似はしないって。「母さんの仇ー!」とかで子供に迫られたらうっかり殺されてあげちゃうかもしれないじゃん。
「って、ビーストマスター? それはビーストと何か関係あるの?」
「貴方ねえ……別に良いですけど、真正面から未来の亡国の姫扱いしておいてその態度はなんですの一体」
それは姫様がお人好しだから、存分に使っておこうと思うからだね。分からない言葉があって、すぐそこに辞書があればそれが妹の物だろうとつい引いちゃうのと同じだよ。
「マスターは自分のペットのステータスを閲覧出来るのですわ。本来の意味ではビーストではないのですけど、ややこしくなるので一般的にペットはビースト扱いですわ」
なんと!
素晴らしいよ姫様。なんと有益な情報か。
「ミルリントちゃん、ステータス見せて?」
応えは返事の前に返ってきた。
名前:ミルリント
種族:アオコトビムカデ(青百足)
性別:メス
状態:昂揚(小)
称号:【ペット】
加護:
ミルリントちゃん、種族名なんか学名みたいになってない? 右側のは通称かな?
それより称号:【ペット】かぁ……もしかして僕にも【マスター】が追加されてるかもしれないね。
「凄いよ……けど特に一般的なアオコトビムカデと変わらなさそう」
「一般名ではなくて学術名で呼ぶ意味はあるんですの?」
もちろん無い。
そう答えようとしたんだけど、その前に東雲さんが「そういう人なのよ」と答えて、一瞬の間も無く姫様が首を縦に振った。東雲さんの中で、僕は一体どういう人なんだろう。少し気になる。
「……なんか色々と話が脇に逸れ過ぎて別の国に行っちゃったレベルなんだけど、とにかく僕は旅に出るからね……一応、勇者とは別口で強くなるつもりだし、ドラゴンゾンビをなんとかする手立ても探しておくよ」
じゃ、そういう事でと扉に手をかけるとうわっひゃひゃ、ら、らめぇ、そこ指突っ込んじゃらめぇ!
「このままおめおめ逃がすとお思いですの?」
「にゃぁぁぁ! にゃぁぁぁぁ!! にゃめ、やめてっきゃい!? にぁぁぁぁ!?」
肋骨の下はダメだって! 痛いのか気持ち良いのか快楽なのか苦しみなのか訳分かんなくなるから!
ほら! サイキョウ君を始めとした同級生が全員変な眼で僕を見てる! 敏感なんだから本当勘弁してよ!
「随分と可愛らしい声をあげるのですわね? これ以上醜態を晒したく無いのでしたら、素直に私の言う事を聞いてくださいませ!」
「わ、分かった。分かったからやめれぇぇぇぇ!」
はぁ、はぁ……おのれ姫様、恐ろしい子。
「ふっ、ふっ……月明りの無い夜には気を付けた方が良いよ」
「まだ減らず口を……」
「夜中、ミルリントちゃんを嗾けるよ」
「焼き殺してさしあげますわ」
ぐぬぬ……はぁ。
「自分を自分だと意識出来る存在は、自分の言葉に責任を持つもの。恨むよ、姫様」
信念を持っているからこその自由人発言に、しかし姫様は怯まず、むしろ言ってのけた。
「ええ、好きなだけ恨んでくださいまし。私の国の都合で勝手に呼び出した貴方から命の危機を少しでも無くせるのなら、惜しくありませんわ」
…………ふーむ。
「それは、本気かな?」
東雲さんもサイキョウ君も同級生も衛兵もミルリントちゃんも無視して、姫様だけに視線を向ける。そこに尋常ならざる何かを見たのか、姫様の瞳に怯えのような感情が浮かんだ。
けどそれも一瞬。
「ご先祖様に誓って本気ですわ、心外な!」
……某砂漠の戦士に憧れて、殺気を死線に乗せられるようになったんだけどね。鱗紅戦武流竜技・竜眼。
初見で跳ね退けたどころか啖呵を切ってくるなんて、黄流君以来なんだけど。これはちょっと予想外だったね。
「……降参だよ。まったく、肝っ玉の据わった姫様だね。今の僕の眼はライオンも殺すんだけど」
「おい、いくらなんでもそれは冗談だよな?」
「冗談じゃ、無いよ」
お、っと? 思わぬ援護射撃が来た? それにしても、なんで東雲さんが……
「一年くらい前にあった、薬漬け動物園事件。憶えてる?」
「憶えてるけど、何の関係があるんだよ?」
「あの事件の前、二週間くらいでその動物園を閉園状態にしたのが神野君」
また懐かしい事件を……っていうか。
「なんで東雲さんが知ってるの?」
「私の妹、助けてくれたの神野君だから」
、あ、そっか。そういえば件の違法薬物交換場所と化していた動物園を潰している最中は、そういう取引とか未成年を強引に誘う現場に介入してはぶち壊しにしてた。へぇ、その時に助けた子供の中に東雲さんの妹さんがいたんだ。変な縁もあるものだなぁ……東雲さんにとっては悪縁の類だろうけど。
「おい待て! いくら頭がおかしいとはいえ、物事には限度ってものがあるだろ!」
「いやぁ、僕くらい死線を潜ってると動物を怯えさせて見世物に出来ないくらい人間にトラウマを刻みつける事だって出来るんだ~。そしてあまりの恐怖に怯え死なせる事だって」
「馬鹿言うなよ、魔法じゃあるまいし! 一体どんな手段……」
「こんな手段かな」
サイキョウ君に殺気をぶつける。眼は姫様に向けたままだから、竜眼に比べれば大した威圧感じゃない筈だ。
あからさまに動揺した、どころかサイキョウ君の近くか視線の先にいた同級生までもが怯えだす始末……とにかく、この話はこれで終わり。
「姫様、忠誠はあげない。それでも良いなら、しばらくは姫様の下にいてあげる。本音を言えば今すぐミルリントちゃんと世界中を旅したいんだけどね」
竜王陛下が何処にいらっしゃるかは分からない。
だから世界を旅して回って、情報を集める。その為にはひょっとして、人間の寿命に適わないくらいの時間が必要になるかもしれない。だからあまり無駄なんて取ってられない。
けどまあ……それでも手段が無い訳じゃ、無い。
「随分と上から目線ですこと」
「それ、同盟国の将にも同じこと言える?」
「うっ……」
言えないでしょう? そもそも、僕が姫様の度胸に感心して少しは手伝ってあげようかなって気分になったのは偶然だ。そういう気分にならなかったら容赦なく、僕はこのまま押し通った。
選択の余地はあるけど、あえてそうしたんだよ。
つまりはそういう意味。コメディチックな脅迫の類で操る事ができるなんて、思われたくないからね。
「本来なら七面倒くさい契約書を用意したいところなんだけど、勇者関連の書類仕事で忙しくなりそうな姫様の為にもそこは我慢してあげる」
「それはありがたいのですけど……」
うん? なに、そんな改めてまじまじと……
「同級生が誤解するから見つめないで?」
「不思議な方ですわね、リンコウ様は。この世界で勇者の召喚は五回程成功しておりますが、いずれの場合もそこまでこちらの事務的な面倒を理解していた勇者様は一人もいなかったと記録に残っておりますのに」
へぇ、僕達の前にも召喚された勇者っていたんだね。そして多分、その勇者は全員僕達と同じような日本の学生……
「僕は戦略シミュレーションゲームが好きだから」
「は?」
「ごめん、言い換える。僕の趣味は読書。社会ってものはどんな場面でも人間が関与してるって知ってるだけだから。知らない方が非常識だって事を自覚しない一般人と同じにされたくないよ」
例え一部を機械が行っていたとして、そんな物はこの世界に無い。いや、あるかもしれないけど無い物として考えれば、必然的に機械の代わりが人間だって事は分かる。なら、姫様の勇者召喚押し付けられた発言を鑑みて、誰がその負担を負うかなんて、想像に難くない。
何より。
「姫様バカ真面目だから、どうせ『討伐のその後』の事だって考えてあるんでしょう?」
「っ、それは……」
後ろめたさかな。
姫様が僕から眼を逸らした。
「大丈夫。誰にも言わないし、姫様の懸念材料自体を崩す方法にも、心当たりがあるから」
「え……い、いえ、私には責任があります。しっかりと、この口で伝えますわ」
どうやら冗談と受け取られたらしい。
でも僕は、『方法』が無い訳じゃないって事を知っている。
僕がまだこの場にいられる理由、竜王陛下のご子息は、僕の世界に来た事がある。
つまり、僕が竜王陛下に会って、その御力を借りる事が出来れば、本来なら帰れないだろう勇者たちを元の世界に戻すことが出来るかもしれない。
もちろん、難しい事なら無理にとは言わないよ。あくまでついでだからね。
「……ま、身を削るのも程々に、ね」
僕はただの善意で不確実な事をやる。ニュースになった被災地へ支援物資を送るのと同じ、気紛れに過ぎないんだから。
それに比べて姫様は多分、完全に善性の人だ。
例えそれが人によって偽善と言われたとしても、やり遂げると思う。僕にとっては唾棄すべき事だけど、国の為に身を捧げるような真似をしたあたりからも、伺える。
「ギライヴ王国を千年王国にする為の礎となれるのなら、この身くらい幾らでも粉にいたしますわ」
……ふっ、は
ははははっ!
「なんて愛国心に溢れたビックリ姫様」
「それが王女の務めですわ。下の妹達とは若干違う方向ですけれど」
とりあえず、しばらくはこのギライヴ王国で強さを求める事が決まった、かな……
バタンッ!
「エ、エネリア様! 至急助けてください! 城下にて、反乱軍のイカレた魔法使いがテロを!」
「またですのぉぉぉ!!?」
……どうも崩れかかってるみたいだよ、千年王国ギライヴ。
でもま、手伝うと決めたことだし。
「じゃ、傭兵としての初仕事、しましょうかね」
「な、何を……」
姫様の手を取った。
目標、目の前の凝った装飾が目立つ大扉!
「行くよ!」
「ちょ、ま、きゃっ!」
ベルトループに挿した杖と模擬刀の鞘を左手で固定しつつ、走る!
「じ、自分で走れますわ! ですから離してくださいませ!」
「それは上々だね! 城下へ案内よろしく!」
「せめて道案内の兵だけでも」
「騒ぎの気配くらいなら掴めるから大丈夫!」
後ろから横、そして前に流れていく罵倒を聞き流しつつ、杖を抜いて右に挿し、模擬刀を左に挿す。太刀だから佩くって言うのが普通だけど、まあ帯剣の仕方で呼び方を区別するなら挿すだからね。打刀に使うのは『差す』だけど、刃が上を向いてないから、言葉の使い方的に挿すでいいんだ。
戦の太刀を、平和の帯剣で持つ。
異世界初の実戦がテロリスト。その事実に対して最も皮肉的な武装準備。
世界は主観。
僕の中で、テロリストは耐え難い侮辱の海に入り込んだ、哀れな実験台になった。
魔法使いに模擬刀はどこまで効かない、かなぁ?
楽しみ、だよ?