非勇者=神ではなく竜の被保護者
姫様がご復活なされた。
「ひれ伏せ、愚民」
「もう無駄だって」
どこから取り出したのか、某魔法魔術学校に出てくる魔法の杖を金属で加工して数段グレードアップさせたような指揮棒っぽい物を取り出して格好つける姫様を言葉の刀で斬って捨てる。
姫様はめげなかった。
「では、私はリンコウ様と対等になる為の覚悟を見せました。さあ、話を聞いてくださいませ」
対等だとここで拒否る事も出来るんだけどね。けど僕程度を対等にする為の代価として、女の子、それも王家の一員の髪は高すぎるんだよね。
借り4として、まずは一つ使って話を聞こう。
「分かったよ。でもその前に彼らを安静にさせてあげて。ただの脳震盪とはいえ、あのままは可哀想だから」
そう言って床に転がる非死体を指さす。自分でやったとはいえ、今はあの時と条件が違うからね。
「自分でやったくせに……」
男同級生には小言癖があるみたい。そもそも練度の差があるとはいえ、自分より一回りも下の歳の僕に打ちのめされるお兄さん方が悪いんだよ。
「分かりましたわ。逃げない高貴、病まぬ平原、死に抗う挑戦者、力与える高貴、病み伏せる死、全てを取り戻す力の源、小さき力……フラキュアント」
無骨な杖がキラキラ光り、粒子と言うには液体的な何かが衛兵のお兄さん方に振り被る。キラキラが鎧の隙間からお兄さん方に染み込んで、程なくすると二人共が目を覚ました。
「うむぅ……っ! 姫様!」
「ご無事ですか!?」
なんともまあ職務に勤勉な事。押し通ろうとしただけなんだから、僕が姫様に手を出す訳無いのに。
あ、違う。姫様の短くなった髪を見てる。うん、それは百%僕のせいだね。
姫様はお兄さん方に近寄り、忠勤を労った。
「相手は王族に対等を要求する輩ですわ。狂気の人を相手に、よくぞ生き残りましたわ」
労ったというか、僕の悪口だね。
「ああ、姫様。おいたわしい」
「我らの不忠をお許しくださり、感激の極みでございます」
立ち上がった衛兵二人が頭を下げる。その様子から、すっかり脳が揺さぶられた影響は無くなったと見える。魔法かな、魔法だよね、魔法凄い。
「じゃあ聞かせて貰おうかな」
「本当に極端な奴……エネリア姫様、この馬鹿への説明は俺がします」
馬鹿とはなに、馬鹿とは。
しかしまあ……同郷人が聞いた話を聞く、というのもそれはそれで判断材料になるというもの。もしとんでもない矛盾を見つけでもしたら……その時は刀身を晒してでも押し通らせてもらおっかな。
「よろしくお願いしますわ、サイキョウ様」
強そうな名前だったらしい男同級生。どうせ説明してもらうなら頭よさそうな東雲さんか頭良い王族の姫様にしてもらいたいんだけど、仕方ないね。
兎にも角にもアルミラージにも。
さて……摩訶不思議なお話だと、面白いのにな。
「言いたいことはよく分かった。永遠にデスれ」
「おいお前ら見てないで手伝え! こいつ体細いのにとんでもない馬鹿力だ!」
離せってー! 僕はこれからこの国のクソ王様をぶちのめしに行かないといけないんだ!
「おい、神野! 何がお前をそこまで焚きつけたのか理解もしたくねぇが、流石に一国の王様を呪うなんて正気じゃねぇよ!」
「ふざけるな! ドラゴンを殺した場所に墓じゃなく王都なんて建てて、挙句の果てに七百と六十年も守護結界なんてふざけた装置の動力炉として縛めたばかりか、三年後にゾンビとして復活するからその対策として僕たちを呼んだ!? いっそ死ね! 殺し尽されてしまえこの屑共!!」
眼前の姫と衛兵二人が実に困惑していてぶん殴りたい。ああそうさ、偉大で尊く素晴らしいドラゴンをただの魔獣や魔物に貶め、その遺体をおぞましくも武具や魔法道具に組み込む貴様らには、初代サマの行動は偉業に思えるんだろうさ!
ふざけんな、ふざけんな!
「あの、ひょっとしてリンコウ様は邪竜――」
「ドラゴン側に立った僕を邪教徒扱いするなら、当然世界中にその事実を発したんだろうね!? もしそうだったらお笑いだね。君は全世界のドラゴンを敵に回した国の最後の王女だよ!」
僕の言葉に僕を抑えていた同級生が怯んだ。どうやら僕の言葉の意味が分かったらしい。腐っても僕や黄流君程じゃなくとも、十分変人が集まる学校だっただけはある。普通じゃ……平和ボケじゃ考えもつかない事だって気づけたんだ。
つまり、全世界のドラゴンを約30人の少年少女で相手することになるかもしれない。
「そ、そんな事ないですわ!? そもそも私が勇者様方に打ち明けたのだって重大な機密情報ですわ! 王都近郊の結界に使われている触媒が世間に知られれば、各国の魔法機関が嬉々として破界手段を最優先研究目標に設定するでしょう。そのような愚かな真似は致しません!」
ちっ。こっちとしては余程その愚かな真似をして貰いたいんだけどね!
背中にあからさまな安堵の溜め息がっ! 気持ち悪くて吐きそうだよっ!
「チィっ! チィっ!! …………いや、いいよ」
落ち着け、BEクール、ステイ、弱い犬ほど……そうだ、そう。心を平静に保つんだ。僕は竜を優先するけど、王は民を優先する。竜の為に僕は人殺しだってするし、同じように民の為に王は竜を殺す。竜の為に人を生贄に捧げれば、王も人の為に竜を縛すさ。同じだ。同じ理屈で動いてるんだ。自分と同じ仕組みで生きている人間に、平気で死ねと吐く輩と同じになるな、僕。立場を考えろ。皆が同じ人間じゃないからこそ世界は面白いんじゃないのかな!
「……もういいから、離して。竜に誓う」
「生憎と俺はその死体野郎と戦う決意を持った。敵に誓った言葉をどう信じろっていうんだ?」
…………
……?? え、今の、まさか、男同級生改めサイキョウ君が言ったの? え!? 嘘!? ただの人よりほんの少しだけ頭が柔らかいだけの奴だと思ってたのに、まさかのド正論かつ反論の余地が無い。
思わず脱力してしまったのがいけなかった。
「なっ、てめっ、人を信じられない馬鹿だと思ってたって面で見やがって!」
グーで拳骨を落とされてしまった。痛い。散痛の構えすら取れなかったよ……
「……はぁ。でもそのおかげで随分力が抜けたから離してやるよ、ちくしょう……」
そう言って、僕は解放された。ドラゴンへの誓いに比べて、遥かに間抜けな理由によって。
よくわからないけど、とりあえずこの世の理不尽を司る神様にありったけの罵言を吐いておいた。
「あ、うん……その、ごめんね?」
「やかましいわボケぇぇぇぇぇぇ!!」
今度はサイキョウ君が取り押さえられた。どうでも良いけど二、三人の女子が不気味な笑みでこっちを見てるのが少々気になる。
けど気にしてなんていられない。姫様を睨む。
「その髪に加えてあと10でも20でも貸しを作ってあげる。だから交換に幾つか教えてほしい事があるんだ」
「……内容によりますわ」
「別に国家のなんちゃらとか姫様のスリーサイズを聞こうって訳じゃない」
言ってから、一部の馬鹿共に模擬刀の鞘先を突き付ける。後半の件で舌打ちをした、野郎と百合に。
ついでに睨みつけた後、模擬刀を向けたまま姫様に向き直る。
「ネクロマンサー、ビーストマスター、テイマー、ドラゴンライダー、ドラゴンラージャ、竜巫女、その他なんでもいい。死体やドラゴンに対して強制的にコネクト出来る方法、知らない?」
その外法さえあれば、この国がドラゴンゾンビを勇者に当てる理由は無くなる。後は僕が三年で何度も生き死にを繰り返して、サンドバッグにされても問題ないくらいに強くなれば良い。いや、いっその事不死存在になって、何度も何度も壊される事が出来る体になってもいい。積年の恨みを全て僕が引き受ければ、この国が文句を言う事は無い筈。もし結界がどうのと言われれば、代わりを探せばいいだけの話だ。
姫様が首を振りやがる。
「生憎、存じ上げませんわ」
「じゃあリッチとかノーライフキングとかオーバーロードとか、あるいは竜人でもドラゴンそのものでもいい。とにかく死体かドラゴンと意思疎通が出来る存在に……」
あぁ、これはダメだ。
姫様に、あからさまな嫌悪の表情が浮かんだ。
「……チッ。八方ふさがりなんだね。ちくしょう」
だったら、せめて僕の手で空に還す。
「なら今度こそお別れです。僕は集団行動なんて取れないし、ドラゴンの死体で出来た国になんていられないね」
訳の分からない物を見るような目で見るけど、僕からすればこの国は、一般的に例えると人柱で出来た事を肯定する国だ。いや、この場合神の方が良いかもしれない。神を殺して墓も建てずにいれば祟りの一つや二つ起きてもおかしい事は何もないというのに、まったくもって……
《焔を刻まれし御方!》
っっっ! な、え、まさか竜王陛下!?
……いや、違う。竜王陛下は僕の心の声を直接動かした。この声は違う。老若男女罪人聖人生人死人のどれにも当てはまらないけど、不思議と分かる。
これは百足のメスの声だ。
《焔を刻まれし御方! どうか哀れな百足を助けて下さい! お礼に焔を刻まれし御方を助けてさしあげます! どうか、どうか!》
意味が分からなかった。
頭の中に百足の声が響く訳、ただの百足が僕を助ける方法、そもそもなんで僕が百足の声だと断定出来たのか。
そして不思議な事に……嫌悪の類をまったく感じない事。
《早く、早く! 人間に、殺される!》
聞こえた。これは下からだ。
……ここで否定することは、出来る。
けどそれはいくらなんでも反則だ。今の僕に大して、人間に殺される、は禁句だよ。
たとえムカデでも助けたくなるっ。
「姫様! とりあえず今までの話はいっぺん墓地にでも置いておくとして」
「言われなくても墓まで持っていきますわ!」
「そうじゃなくて! もういいから早くこの下の部屋に案内して!」
「……はい?」
「(百足の)女の悲鳴が聞こえた!」
「なんですって!?」
嘘は言ってない。
「僕は生まれつき耳が良いんだっ! この国の人間は嫌いだけど、どこの国の奴だろうと悪漢はもっと嫌い! だから早く教えて!」
「分かりましたわ! ついてきてくださいまし!」
サイキョウ君その他から「嘘つけ! お前いつもどれだけ声をかけたって、それどころか避難訓練の時ですらサイレンに気づかず要救助者扱いされる癖に!」とか言ってそうな非難の眼をまるっきり無視して、走る姫様の後を追う。衛兵はついてこなかった。おそらくこの部屋を守ることが仕事で、勤勉なお兄さん方は動くに動けないんだろう。賢明だ。
このバカみたいに広い部屋の出口へようやく辿り付くと、姫様が鍵を開ける。扉の向こうには質実剛健の体を表した、無駄のない作りの廊下があった。良いね、などと呑気に考えながら走る姫様の後を追った。
廊下品評の次は姫様について考えた。
さっき僕に気配を感じさせずに近づいた事と良い今の全力疾走と良い、もしや歌って戦えるお姫様なんじゃないかと思う。戦姫。大いに結構。いざという時に戦えない王は王じゃない。ある国では、王は騎士の中の騎士であると言う。姫様が戦える存在であるというのは、まあいざという時非常に有利だろうね。僕の方が強いけど。
「ねえ、ちなみにあの部屋の下はなんの部屋?」
「城勤めの侍女の寝室ですわ。今は使われていない筈ですけれど」
ふぅん……誰も使っていない部屋で百足が人間に襲われている、ね。
ひょっとしなくてもとんでもない事だよね。
面白そ……厄介そうな状況を思い浮かべながら、性能の良い防滑処理が施された階段を駆け下りる。確実に階段で敵と戦うための処置って事は、もし敵が城に雪崩れ込んできてもどうにかしてやる! って気概に溢れているのかな。だとしたら人間として好感の持てる人物だね、初代サマは。それもドラゴンを殺した大罪で台無しだけど。
「ところで姫様、あの杖は何?」
「あなた意外と図々しいですわね!?」
等と言いながらも親切に教えてくれた。イメージ通り、魔法を使いやすくする技術が詰め込まれた魔杖だそうだ。グリップに当たる部分には緑の宝石が飾られていて、魔法の威力を増幅させるらしい。
「貴方の持っている杖もそうですわよ」
「え、これが!?」
姫様が指したのは黄流君の杖。や、確かに握りに大きな琥珀が付いてるけど、流石に魔法の杖なんかじゃ……
「塗装の様式も木材も宝石も杖の構造もかなり古い物ですが、れっきとした魔法親和材料ですわ。下手をすると魔法素材を用いた杖より余程調和が取れていますから、ひょっとすると私の杖より強力かもしれませんわよ?」
マジなの。
……あの物語ジャンキー、ひょっとしてこの状況を読んでいたのかな? いや、正確に言えば占い師の方かな。
「それだけでは無いと思いますわね。それが何かまでは、私の未熟故分かりかねますけど」
色々と謎が生まれたけど、とりあえずそろそろ到着だからいいや。
件の部屋の前に立てば、ふむふむ……なるほど、確かに中で誰かが動き回っている気配がある。それもわりと手練れかな。僕の想像とは色々食い違うけど、はてさて……
「姫様は念のため扉の端にいてください。開けた途端爆発でもして僕もろとも姫様が死んだとなれば、余計なスキャンダルになるだけだからね」
「城で人死にが出るだけでも十分スキャンダルですわ非常識な!」
ごもっとも。
でも僕は対外的に勇者なんだ。勇者が個人に対する称号なら良いんだけど、あいにく同級生達も勇者なんだよね。百足ちゃんを助けるのは完全に僕の事情だし、巻き込むなんてもっての他だ。
それに、助ける相手が本当に侍女だったとしても同じこと。ようは、勇者の僕と姫様が別行動を取っている時に二人纏めて原因不明の爆死。なんて事が起きると、勇者という存在自体に不信感が募る。そうなるとドラゴンゾンビを倒す為のおぞましい訓練を無事に終えられなくなるかもしれない。それは姫様にとってありえて欲しくない未来。それを分かっているから、文句を言いつつも蝶番側の端に身を預けてくれる。まったく理解力と戦闘技術のある姫様なんて、完璧すぎて面白い。心証は最悪だけどね。
「では……んっん、ん……」『そこにいるのは誰だ!』
僕の声は第二次性徴を経ても高いまま。だから威圧感なんてのとは大分縁が無い。けどそれじゃ戦いの時に相手を萎縮させられなくなる。実力差が違い過ぎる相手と一々戦ってられない性分でね。
だから必死で練習した。
殺気と変声の、掛け合わせを。
――鱗紅戦武流竜技・咆哮
「ひきゃ!? あ、あわわわわわ!」
メイド服姿で硬直したその女はナイフなんて呼び方じゃなく、完全に斬り合いが考慮されたダガーを振りかざしていた。その切っ先が向かう先には一匹の、青い百足。
青、というところに微妙な物を感じるけど、とりあえず無視。まずは女偽メイド。
「僕は君が感じ取った通りの実力も持つ。こんな声如きに油断してると、痛い目見るからね」
喉に負担がかかるから元の声音に戻す。案の定浮かんだ女偽メイドの喜色を絶望に染める。声を判断材料にしちゃうって事は……本職じゃない?
「……なるほど、武術だけ仕込まれた『裏切ってくれるメイド』、だね」
「え!? な、なんで……」
「本職の間諜なら、百足程度に刃物なんて使わない。百足って牙さえ封じればあとは気持ち悪いだけだから、頭を踏みつぶして終わりにする筈さ」
僕が視線で動かない百足を指す。女偽メイドは自分の部屋に百足が出たから~などと言ってきたが、そこに姫様登場。「ここは誰も使っていない部屋ですわ」女偽メイド呆気なく消沈。
「あぅ……ああ、これから私は処刑されちゃうんですね……は、あはは。ロレン、カナン、お姉ちゃん
は先に逝きます。仕送り一回しか出来なくてごめんね。天国のお父さんお母さん、不肖の娘の早死にを
許してください、ぐすん。あぁ、サレネル。一回くらい抱かれてあげても良かったわ。ごめんね……」
「あのさ、辛気臭い今際の言葉の最中で悪いんだけど、処刑云々は正直面倒くさいからいっそ寝返ってくれない?」
「…………え?」
よく見ればうら若い乙女。よく聞いても、やはり年若い生娘。そして弟か妹の面倒を見る為に間諜として仕事をしていたらしいし、それが嘘じゃないってのは目元を見れば分かる。どれだけ演技しようとも零れ落ちる涙が痛みによるのか嬉しさによるのか苦しみによるのか、大体分かるからね。ならもう、いっその事裏切ってもらって戦闘メイドとして雇う方が経済的にも人的資源的にもよろしい。何より心が軽くなるからね。
「戦闘技術と侍女の技術。どっちも持った人材なんてそう数がいる訳でも無いよね、お姫様?」
「ええ、そうですわね。確認しますけど、貴女出身はどこですの?」
「王都です……あ、あの、家とご近所さんを調べれば、証明になります!」
なんとか生きて愛する家族と愛しい彼の下へ戻れると分かったのか、必死になって信頼材料を挙げる女偽メイド。姫様も乗っかってくれてラッキーだ。
「はぁ、分かりましたわ。貴女、名前は?」
「コーネ、です。あ、いえ、その、でございます」
「そう、コーネね。ではコーネ、今日から貴女は私の特術侍女ですわ。以後、裏切りは私自らが罰します。専門では無いとはいえ、間諜ならば私の強さはよくご存じのはずですわね?」
「は、はいぃ!」
キラリと姫様の眼が光ると、再びコーネさんが怯えた。そしてぽろっと「わ、私以外の私みたいな人の事も言った方が……?」等と言うから、結局姫様の部下に有能な人材が何人か増えることになった。うん、これで髪の時の借りを一つ返した事にしよ。
コーネさんの事情聴取を見ながら、一先ず百足に驚いて悲鳴を上げたのを悪漢に襲われた悲鳴だと勘違いした僕。という終幕になってくれた事にほっとして、埃の無いベッドに寝転がる。
そしてすぐに、無音の小さな気配が耳元に。
《焔を刻まれし御方! お助けくださりありがとうございました!》
(それは構わないけど……あ、声聞こえてる?)
まさか口に出して会話する訳にはいかず、心の中で返事をしてみたけど、答えは《はい! 焔を刻まれし御方!》だった。ナイスだよ。
(えっと、とりあえずなんで君の声が聞こえるのか聞いても良いかな?)
《勿論です、焔を刻まれし御方! それは貴方様が焔を刻まれし御方だからです!》
馬鹿なんじゃないの、って思ったら答えが来た。
《人間の言葉なら、ステータス! 竜の言なら、年鱗!》
「じゃあ年鱗」
呟くと、あら不思議……脳裏に幾つかの情報が思い描かれた。
名前:鱗紅鋼竜
種族:人間(日本人種)
性別:男
状態:呪い
称号:【竜の虜】【焔を刻まれし御方】
加護:【竜王の御加護】
これは……本来の意味でのステータス、かな。
《焔を刻まれし御方! 偉大なる竜王様の御加護を授かる、素晴らしき御方! 貴方様は全てのトカゲと狼と鯉と私たち百足に好かれる! それは偉大なる竜王様の御加護を得ているから!》
(……あぁ、竜王陛下万歳!)
多分万歳に匹敵するくらい長生きしてるから笑止だろうけど、それでも言いたくなっちゃう。
僕に、竜王陛下の御加護が……意識せずに涙が溢れて、それを意識したらさらに涙が溢れた。
嬉しい……嬉しい嬉しい嬉しい!
僕に! この僕に! 畏れ多くも竜王陛下御自ら御加護を、授けてくださった! 贈り物という言葉が頭の中を木霊する。贈り物、竜王陛下から、贈り物! あぁ、なんだろう。恋とは違う気がする。やっぱり同性だ(と思う)からかな。けど、なんだろう。一生付いて生きたいとか、永遠にこの命を捧げたいとか、そういう思いがこの胸に浮かんできた。
忠誠、かな。
うん、恋よりよっぽど染み渡る。ご子息様にも同ような感情を抱いているけど、やっぱり竜王陛下だからかな、それとも一番最近に会ったからかな、現時点では竜王陛下に対してが一番強い。胸が震えて多幸感が増す。けれど息苦しくならないで、腹と胸と背を問わず、胴体が火のようにジリジリと熱くなる。鍛錬で掻いた汗と同じ物が流れて、けれども尚僕の熱は引かない。まるで病気だ。
病は気から。
それは単に、悪い気による病気だけじゃなくて、きっと良い気による病気の事も指しているんだと、強く思った。
部屋にはまだ姫様とコーネさんがいる。僕は理性的な狂信者だから本能剥き出しで喜んだりしない。そんなのは人間みたいな弱い心を持つ者の中でもさらに弱い奴のやる事だから。
あぁ、でも。
模擬刀の柄を砕くつもりなのかと問われるくらいにきつく、きつく手を握りしめた。長年の鍛錬によって鍛えられた手のひらは厚く、結局闘争心の高揚が無い以上、血が滲み出る程強く握れる訳が無いのに、何故だか模擬刀を掴む両手には、熱く、熱い、焼けるような痛みが心地よく、残って……
なんか内側がむずむずする。
「…………もう一度、年鱗」
さっきチラっと見えた不穏な文字を確認すべく、運命の言葉をぼそっと呟く。
名前:鱗紅鋼竜
種族:人間(日本人種)
性別:男
状態:呪い
称号:【竜の虜】【焔を刻まれし御方】
加護:【竜王の御加護】
状態:呪い。
「…………落ち着こうね、僕」
はぁ……なんだか異世界って、そこら中に悩み事が転がってるん、だね。