その9 ヴァレーリヤ嬢は大胆不敵
何かと観察していたつもりだが、吸血鬼の生態はまるで不明だ。日光が嫌いで夜が好き。催眠術に似た何かを使える。慈雨が把握しているのはここまでだ。
日中の行動に関しては、日光を浴びるとダメージを受けるのはもちろん、太陽が出ている時間帯はそれだけでひどく眠たく、活動意欲がそがれるものらしい。なのでここ早くもニュースで噂の連れまわし事件は、夕方以降に起こっている。
近隣の女の子やその保護者の方には申し訳ないが、慈雨の中ではもはや、それは仕方がないことになっていた。
アンバーは血を吸わなければ生きていけないのだ(多分)。アンバーが少女限定なのか、大人の女性(はたまた男性)でもいいのかは聞きそびれてしまっていたが、成人とやりあうとなると力づくで吸血するのはなかなか大変だろうし、非力な幼稚園児や小学生を狙い、相手に記憶を残さず(つまり、トラウマを残さず)食事を済ませているのであれば、まぁいいか……と思ってしまう。連れまわしのトラウマは残るだろうが、吸血よりはましだろう。
なんがか自分が腐れ外道になったような心地だが、なってしまうものは仕方がない。
どうか自分と事件への関与がばれませんように。
日下部慈雨が祈るのは、ただそれだけだ。
***
魔術師たちは集会場所として、とあるホテルの会議室を確保していた。ホテルとしての格はそんなでもないが、魔術師協会とつながりがあるものだから二つ返事で了承してくれた。人払いの結界まで、あちらが負担してくれるという。会議がない場合、進行係たるニコがほとんどいつも詰めていて、資料をまとめたりばらしたり、またまとめたりしている。つまり本音を言えば、それくらいしかやることがない。
暇で暇で気が狂いそうな昼下がりに、その素敵な訪問者は現れた。
「おお、これはこれはヴァレーリヤ嬢。このしがない司会進行係に何か御用でも?」
「すごく大事な用がある」
来客は、銀に近いくらいに、ごく淡い金髪を所謂ツインテールにした少女。「決定戦用」の使い魔で便宜を図れと脅しをかけてくる選手もごくまれにいるが、彼女は一人きりだった。捜査するけども、近くに使い魔の潜んでいる気配もない。
「五人目、わかった?」
少女の口調は鋭く強く、叱責すらも孕んでいた。
「はい、つい先ほど。ナイスタイミングでございますなぁ」
「いいから、おしえて」
「畏まりました。まず彼は、魔法使いですらありません」
ヴァレーリヤが眉を寄せる。
この”決定戦”は、本来魔術師協会に身を置いていて初めて参加できるものなのだ。魔術師協会の中にいるからこそ、その恩恵がよくわかり、理事長ともなればさぞ素敵な恩恵が受けられるだろうと皆思い、その地位を求める。
それなのに、魔術のいろはも知らない一般人など、どうしたらいいのだ。
「悪いことづくめではございませんよ。相手が魔法使いでないということはすなわちこちらのやり口に通じず、組し易いということでございますれば。口車に乗せるのも、初めから全力で焼き尽くすのも、ヴァレーリヤ嬢のお心のままに」
「つまり、勝手していいのね」
「ご存分に」
「このこと、ほかの参加者は?」
「ヴァレーリヤ様が一番乗りでございますよ。ま、聞きに来たら教えては差し上げますが」
へらり。信用する気にはとてもならない笑み。
「食えない男」
「褒めても何も出ませんよ」
「どうだか」
上空から襲い来る狂風にさらわれて、ヴァレーリヤはいなくなった。大方今のが使い魔で、ホテルに帰ったのだろう。気配はまるでなかった。良い使い魔を選んだに違いない。
「波乱の予感ですな」
誰に言うでもなく、ニコは机の上にそう吐き出して、おぞましく笑った。




