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現代魔術師のための行進曲  作者: 猫田芳仁
8/19

その8 アンバーさんは我慢ができない

「えーっと、アンバーさん」

「さんはなくてもよい」

「ではアンバー。これは一体どういうことなのかな」

 アンバーに回覧板を突きつける慈雨。

「これ、うちの近所なのね」

「知ってる」

 大きな字体で注意を促されているのは、少女の誘拐、連れまわし事件だ。市内の幼稚園に通う5歳の女の子が被害者で、背の高い男(おそらく外国人)は流暢な日本語で「道を教えてほしい」「教えてくれたらお菓子を買ってあげる」などと甘言を弄して少女を連れ去り、1時間ほど連れまわして解放したとされている。少女に特に目立った外傷はないが、ショックが大きいのか犯人の顔を思い出せないでいるとのこと。

「端的に言うが――やった」

「やった!?」

「血、吸った」

「犯罪だよね!?」

「安心してくれ、証拠は一切残していない。仮にわたしが被害者の少女の前に出て行ったとしても、気づかんだろう」

 慈雨は思い出した。いつか読んだ小説に出てくる、催眠術で犠牲者の記憶を抜き取る吸血鬼を。

「さすがに恩人を犯罪者にしたくないからね。これからも配慮して食事をするとしよう」

「そういう問題じゃなくて」

 慈雨にもわかる。彼が吸血鬼なら、食事として人間の血が必要なことは。こっちの都合で断食させるわけにもいかない。でもわが身を差し出すのは怖かったし嫌だった。そこでぐずぐずしていたがために被害者が出てしまったとなると、さすがに――。

「……アンバー」

「なにか」

「これからも証拠を残さないでくれよ。あと、”食事”を行う場所は広範囲に散らばるように頼む。固まっていると、証拠がなくても近隣住民が疑われそうだしね」

 やっぱり、かわいいのは自分だった。


 ***


 ところ変わって、烏谷邸。

 元が魔術で身を立てた一族のため、身内に魔術を隠さねばならぬ相手はいない。それが実にありがたかった。

「おい領主、その毒はすぐ抜けるのか」

 普段自分が寝ているベッドに、使い魔を寝かせている累の姿があった。

「いまのわたしなら、二時間もあれば普段通り動けます。しかし、使い魔であり主の奴隷たる使い魔が、こんないい寝所に寝かせてもらってよいのですかな」

 累の頬がかっと熱くなる。

 大丈夫。

 部屋は暗い。

 大丈夫。

 それが吸血鬼に対しては何の障害にもなっていないことは、考える余地すらなかった。

「おまえが身体を壊したら、勝てる戦も勝てん。壊したものは仕方ないから、とっとと直せ」

 それだけ言って。部屋を出る。

 領主のくすくす笑いが、尾を引いた。

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