その6 日下部慈雨はお人よし
そうこうしている間に外はだんだん暗くなってきた。まだ太陽が沈み切っていなかったので、慈雨はロングコートを「念のため」と彼の頭からかぶせて家の中で連れてきた。凶悪犯の逮捕映像みたいになってしまったのはご愛敬。怪しさ爆発のこの格好でも、薄暗い中、物置と玄関までの短距離移動ということが幸いして、誰にも見とがめられなかったようだ。確認すると、日光によるダメージもないらしい。
慈雨は固く絞った濡れふきんで服の汚れを落とすように勧めた。素人が洗っては明らかにいけない素材だった。できれば服を貸してあげたかったが、残念ながら絶望的な身体構造の違いにより阻まれる。
「じゃあ、適当なところに座って……」
「座ると椅子を汚してしまうので……」
雑巾一歩手前のタオルを一枚、敷物として使うところで決着がつき、茶の間のテーブルに二人で座る。
さっきは混乱していたわ薄暗いわでわからなかったが、この男、結構な美形であった。お人形さんみたい、とか、女の子みたい、と形容されるタイプからは対極にある美形だった。彫りの深い顔立ちに褐色の肌、青みのある銀髪、琥珀色のおめめ。左目の下にある古傷が痛々しいが、そんなに目立つものではなく顔の美観を損なうことはない。むしろ、それはそれで過去の武勇伝など連想させて話のタネになりそうだ。
「ええと……こっちには知り合いもいないわけだよね」
「ああ」
「あてとか……ないよね」
「まぁ、ないな……」
彼は真剣に考えているようだった。やや下を見て、指を頻繁に組み替えている。
異世界からやってきた、というこの自称吸血鬼は、見たところとしゃべったところは精神構造が人間と大差ない。話せばわかるんじゃないだろうか。実際あの掘立小屋で話した感じでは、悪意は感じなかったし。
というわけで、慈雨は、本来最後まで切り札にしておくべきカードを、いきなり切った。
「しばらくうち住む?」
「へっ!?」
「いまうちの親、温泉旅行行ってて三日くらい帰ってこないんだ。そのあとはどうなるかわからないけど、その期間だけなら……」
「本当にいいのかね?」
「うん。あ、でも、吸血鬼だからっておれの血吸うの禁止」
それには彼が笑った。
「そこまで恩知らずに見えますかな?」
「一応。一応だから。住まわせるわけだし、信用してないわけじゃなよ」
「それでは、お世話になります。いつかこの恩義はきちんと」
「いいよそんな」
「札束で」
「あっ、それはほしいかも……」
彼となんだかんだと話をしているうちに、見る間に夜は更けて行ってしまった。もう寝るからとあくび混じりに言う慈雨を引き留めて彼はお礼と、自分の名が「アンバー」であることを告げた。




