その5 領主様は累が嫌い
嘘か本当か、日光に当たると大ダメージを受けるといわれては外に引っ張り出すわけにもいかない。吸血鬼だと信じたかと言われれば微妙なところだが、閃光とともに現れた怪しい人物を二十一世紀の物差しで測るのもどうかと思い、慈雨は狭苦しい物置にとどまって彼から話を聞くことにした。
どうも、寝ている間に謎の衝撃があり、目が覚めるとここにいたらしい。衝撃って、尻餅だろうか。
さらに彼が元いた世界のことを詳しく聞いてみたが、どうも二十一世紀と大差ない世界のようだ。高層ビルが乱立するビジネス街あり、脛に傷もつ人々が闊歩するスラムあり、電車が一日三本しかないド田舎あり。ついでに、光回線あり。スマートフォンも普及しているそうな。とにもかくにも、文化的な差異はとても少なさそうだ。知っている国名がぽろぽろ出てきたあたりで、実はこの世界の違うところから飛ばされてきたのではと意気揚々、いったん家の中に戻ってPCで調べた慈雨であったが、彼の出身地の国名や、住んでいる場所の住所が出てこなかった。
深まる混乱の中で、二人は結論を出した。
・吸血鬼の彼は、おそらく異世界からやってきたことで間違いない。
・でも、元いた世界はこの世界に酷似している。
・酷似しているけれど、細部まで全部一緒なわけではない、似ているけれど違う世界なのだ。
しばらくはこのスタンスでやっていこうということで、この話し合いは一段落した。
だが、なにをどう、こういうスタンスでやっていけばよいのであろう?
***
「せっかちなことだな。いやはや若い」
苦笑するゴルダミング。「入っておいで」と鷹揚に、扉の向こうに声をかける。
「失礼いたします」
「邪魔するよ」
平服の青年と、軍服の怪人。とてもそぐわぬ組み合わせではあるが、ゴルダミングは眉一つ動かさなかった。
「ルイ」
「カサネです。いつになったら覚えてくださる? ゴルダミング卿、先ほどぶりですね。ご機嫌麗しゅう」
「麗しくないよ。もっと相棒と親睦を深めてから戦に赴こうと思っていたのだがね」
累は腕を組み、鼻で笑った。
「使い魔は絶対服従ですよ。親睦とはナンセンスですな」
ゴルダミングは大きな溜め息で応じる。
「ルイは性格が悪いなあ。二代前のカラスヤはいい人だったのに」
子供のころ、膝に乗せてもらったこともあるんだよと懐かし気に遠くを見るゴルダミング。累の顔が真っ赤になった。後ろで領主は笑いをこらえている。子隼ばかりがきょとんとした顔で、三人を順番に見やった。
「馬鹿にしないでください、ゴルダミング卿! 僕はもう、怪異に怯えて泣きわめく子供ではないッ!」
人差し指と中指を、揃えてゴルダミングに突きつける。
無駄話をしている間に、この部屋中に累が描き込んだ魔術を発動させる合図であった。この部屋の魔術構造をすべて累のために作り替え、累の”領地”とするための術だ。かりそめでも”領地”の中ならば術者とその使い魔の力は劇的に増し、いかに熟練のゴルダミング卿とはいえ圧倒できる――はずだった。
しかし、何も起こらない。
ゴルダミングが、憐れみを込めた目で累を見る。
累の額に、つうっと汗が浮いた。
「何故だ!」
戸惑いを隠すように、むやみやたらに大声で叫ぶ累。
「えっ、いや……なんでって」
初めて子隼が口を挟んだ。
「あれだけぬしさんに敵意満々の術式部屋に描かれたら、消すでしょ……」
実に気まずそうだった。「信号が赤だったら、止まるでしょ」をわざわざ説明する顔だ。領主もうんうんと頷いている。
「おい、”領主”……なぜ教えない」
「気づけ。自分の魔術だろうが」
領主は実にうれしそうである。二人を眺めるゴルダミングもまた、楽しそうだ。
「使い魔と信頼関係を気付けない魔術師は、魔術師に向いていないよ」
「所詮は決定戦の間だけの付き合いですから、いいのです!」
「ああ、二代前のカラスヤはいい人だったのに」
大げさに嘆息すれば、累がぎりぎりと奥歯を噛みしめる。自分のその所作が、周りの大人を面白がらせているだけと、本人は気づいていないところが哀れを誘う。
「さて、せっかく来てくれたんだ。少し準備運動でもしていくかね、領主殿」
「わたしはありがたいですが、よいのですかな。そっちのきみはどうかね」
「んん……おれ、こういうの初めてなんでさぁ。試し撃ちさせてもらったら、凄く助かりますよゥ。余所の旦那こそようございます? 慣れてないおれのほうが、組し易いんじゃござんせん?」
「勝負は対等なほうが面白い」
累抜きで話が進んでいく。
「おい、烏谷のぼん。話がまとまったから、なんか適当にアレしてくれ」
注文が雑すぎる。飲み屋の予約じゃないんだぞ。飲み屋の予約でも雑に過ぎるぞ。累はその嫌な思い付きの喩えを噛み殺して、揃えた二本の指を再び前に出した。




