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現代魔術師のための行進曲  作者: 猫田芳仁
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その4 ゴルダミングは慎重派

 一般的な気遣いとして、慈雨は相変わらず丸まっている彼に「大丈夫ですか」「立てますか」と言って、失礼になるかなとためらいつつも肩に手を置いた。彼はむにゃむにゃと不明瞭な返事をするとよろよろと立ち上がった。

 ごつん。

「んっ……!」

 彼は予想よりさらに背が高かった。ジャンプするどころではなく立ち上がっただけで天井に頭を打ってしまう。そりゃそうだ、慈雨と彼とには十センチ近い身長差があったのだから。

 なお慈雨の背丈は日本人男性の平均身長より、わずかに高い程度である。

「……立てたが、大丈夫ではなさそうだ」

「そうですね……外、出ましょうか」

 彼は突っ張り棒の態勢のまま少し考え「外、明るい?」と慈雨に尋ねた。質問の意図を図りかねた慈雨が「まぁ、昼間ですし……」とあやふやな返事をすれば、彼は再び小汚い床に座り込んだ。

「外に出るのは難しそうだ。手間をかけてすまないけれど、日が暮れたらまた呼びに来てくれないか」

「えっ? いや、ここ汚いですよ。なんかよくわからないけど、疲れてそうだし、お茶くらい出しますんで」

 ズボンの替えも、とは、絶望的なウエストの高低差の前には言うことができなかった。

「そうじゃない、そうじゃないんだ」

 彼はまた、膝の間に頭を突っ込む。さっきにも輪をかけて苦悩している様子である。

「絶対信じてもらえないと思うのだが……」

「はぁ……」

 目の前に見ず知らずの男が突如出現することすら信じがたいのに、これ以上何があるというのか。この地方都市にドラゴンでも来るのか。魔王でもよみがえるのか。そう思って慈雨はつぎはぎだらけの決意を固め、とりあえず言ってみてほしいと彼に提案した。

 しばらく丸まった姿勢で、そういう前衛的な彫像のように固まっていた彼だが、意を決したのか頭を上げた。ただし少しだけ。目がのぞける程度。

「わたし、吸血鬼なんだ」

 慈雨の決意はばらばらに空中分解した。


 ***


 時間が、かかった。

 ほかの候補者の誰よりも。

 時は金なりという言葉は理解している。耳に胼胝ができるくらい聞いて、理解できなければそいつは馬鹿だ。

 とにかく彼はまだゆったりと長椅子に身をゆだね、カードをぺろぺろと繰っていた。

 使い魔の選定には慎重さと大胆さが、どちらも高水準で要求される。彼は実に慎重に選んだが、他人から見ればずいぶんと「大胆な選択」だったろう。

 なぜなら彼が選んだ使い魔は、今まで誰にも喚起されなかったものなのだ。公式に協会のリストに載ったのも一昨年かららしい。性格にやや難はありそうだが、彼の先方にぴったりの能力を持っていたのでこれと決めて喚起の準備を整えた。

 彼は時計を見る。

 まもなく時間だ。秒針を、目で追う。

 かち。こち。かち。こち。かち。

「喚起」

 言った直後、思わず彼はむせた。

 呼吸に支障をきたすレベルの猛烈な香気が、部屋中を満たしたのである。

 香気だけではない。

 色、形、大きさ、そしてあるべき季節までぐちゃぐちゃの花々が、視界が利かないくらいに乱舞した。

 花吹雪が落ち着き、足首まで降り積もった色とりどりの絨毯の真ん中で、彼の喚起した使い魔は危機感のない顔をして突っ立っている。

「旦那がおれのぬしさん?」

 軽そうな頭をひょこっとかしげて、青年の姿をした使い魔は言った。

「その通りだ。”災華子君”だね」

 手を差し出せば警戒心のかけらもなく、へらへらと握ってくる。

「あい、おっしゃる通りで。ぬしさんは?」

「ゴルダミング」

「長いね。卿でよござんす?」

「ふむ。ま、実際にその位にはあるからね。知って?」

「うんにゃ。深い意味はござんせん」

 実際、何も考えていなさそうなツラだ。忍耐力のない人間なら、彼と十五分話を続ければ頭痛はするだろう。幸いゴルダミングは忍耐力なら自信があった。

 だが、急ぐべき時には急ぐ。

「では、早速だがお客をもてなそうか、”子君”」

「……そのなまえは味気ないから、”子隼”と呼んでくださいましな」

「さすがに、真名ではあるまいね」

 ”子隼”は余った袖で口を覆ってくつくつ笑った。

「さすがに、字でさ」

 直後、ノックの音が響いた。

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