その19 決闘状の惑乱
二人は、ほぼ同時に仕掛けた。
累の術式が河川敷を灼き膨大な量の「魔法」を描き込んで自らの領土とし、それををものともせず、ヴァレーリヤは得意の攻性魔術をぶちかました。
白煙。
行動は晴れる前に、さらに前に進む。累はすぐ後ろに領主を置いて警戒させつつ、俊敏に前進。ゴルダミングとやり合った時とは違い、確実に、術式がそのに存在し、根付いている。これなら安心だ。その微かな安心も露と零れ、うす曇りの様相を呈していた白煙を突き破り、攻性魔術が飛んでくる。
「領主」
「んむ」
光の矢、と表現すれば近いだろうか。その芯に一本、真っ黒な線が通っているのを差し引けばの話だが。今度は領主が前に出る。そして両腕を前に差し出せば、勝手にマントがそれを追い、半円の盾となって矢を阻む。
矢の構造自体は実に単純で、エネルギー体の集積にしか過ぎない。媒介になるアイテムを必要としないうえ、ある程度の連発が効くのが脅威だが、威力そのものは大したものじゃない、。
実際領主のマントに傷らしい傷はつかず、しゅんしゅんと蒸気を上げているに過ぎない。展開を終えて、出てきた領主も涼しい顔だ。
「終わりか?」
「まさか」
返答する少女の声は、いかにも不満たらたらだ。横に控える黒い虎も同じ意見のようで、静かな、だけれど間違えようのないうなり声を上げ続けている。
「本気、出す」
ヴァレーリヤが軽く、片手を上げた。猛虎はそれをちらと一瞥して――二人組に猛然と襲い掛かってきた!
魔法戦なら心得があれど、虎に襲われたとなっては烏谷も打つ手なしだ。
殺される!
覚悟はした。マナーの上では術者に攻撃するのは避けること、ということになっているが、こんななりふり構わずのガチなケンカで、マナーだルールだと言っていては勝てないことを累はよく知っていた。
それゆえに、死を覚悟した。
だが。
そうはいかなかった。
なぜなら重ねは一人ではなく、優秀に過ぎる「使い魔」がすぐそばに侍っているのだから。
領主は、累の少しだけ前に立っている。
彼女の「使い魔」は、領主の少しだけ前に立っている。
拮抗は、永遠に続くかと思われるほどだった。
が、まもなくヴァレーリヤの使い魔が居心地悪そうにし始め、もっと時間が経つと、彼(?)はヴァレーリヤの傍らに戻って行儀良く座った。
「いまは、わたしたち……戦うべきでは、ない?」
「……かも、しれないな」
軽薄そう、ともとれる累の発言は、ヴァレーリヤには実に複雑そうであり、不愉快そうだ。
「あなたじゃ、ない……彼が、言ってる」
そういって、ヴァレーリヤは傍らの虎を優しく撫でる。
「でも、きっと……わたしたち、戦う、時が来る」
「決着は、その時までお預けかな」
「そうなる」
領主に目をやる累。だが領主は軽くうなずくだけで、いまいち意図を掴めない。
「わたしと彼と、あなたの使い魔が知っている。これだけじゃ不満なの?」
「僕が知らないんじゃ、しょうがない」
「じゃああなたには、暇つぶし、教えてあげる」
「暇、潰し?」
なんだか非常に侮られているような気が累にはしたが、「暇潰し」とはいってもこの魔術師のこと、何かしら面白いことを教えてくれると踏んだ累が、芝居がかった仕草で頭を下げた。
「是非に」
満足そうに吐き出された「暇潰し」の内容には、累本人も満足せずにはいられなかった。