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現代魔術師のための行進曲  作者: 猫田芳仁
18/19

その18 日下部慈雨の作戦会議

 あのあとは取り留めもない話をして、しているうちに空が白んできたので二人して寝た。

 さすがにアンバーより早く目覚めた慈雨は(と言ってもすでに夕方近かったが)ぼちぼち洗濯などして、気を紛らわしていた。丁度米が炊けたころにアンバーが起きてきて、食べられないのを残念がられたがこればっかりはしょうがない。恨みがましくうらやましそうに見つめられながら、ふりかけご飯とインスタント味噌汁で食事を済ませる。余ったご飯はもちろん、小分けにして冷凍。独り暮らしの知恵である。

 朝食後の一服についても拒否された。お茶も飲めないとは、難儀な体だ

「昨日は魔法使いになんて勝てねーってあたりに終始しちゃったけど、対抗できそうな能力とかある? 些細なものでもいいから、あったらおせーて」

 メモ用紙片手の慈雨を見ながら、アンバーは顎に手を当て考える。

「一ぺん血を吸えば、かなり自由に操ることがで来るけど……当然警戒しているだろうし、難しそうだな」

「催眠術とか使えないの? 吸血鬼だし」

「使えんこともないが、これも吸血するための補助的能力だからなぁ。相手がある程度こっちに気を許していて、尚且つ至近距離の場合にしか自信はないな」

「じゃあこれも没かあ」

 ノートにバッテンが書かれる。

 慈雨は慈雨で頑張ったらしく、世界の民間伝承から吸血鬼をピックアップしたものを中心に、ごそごそプリントアウトしている。

「あと、これなら得意! ってのある? 戦闘に役立ちそうな感じので」

「ある」

「まじか」

 正直、逆の答えを予想していた慈雨はちょっとばかりのけぞるくらいに驚いた。勝ち目があるかもしれない。でも、しょうもないのだったらどうしよう。

 めったやたらに錯綜する考えをたしなめるように、アンバーが低い声で「大したことじゃないぞ」と重ねた。

「認識を、歪める」

「なにそれ」

 聞いただけでは、どんな力なのか想像もつかない。

 昨日も使ったんだがな、といいつつも、アンバーは丁寧に説明をしてくれた。

「例えば、わたしがここ――A地点に立っている。だけれど相手には、わたしがB地点に立っているように見えるから、攻撃が外れる。わたしの力じゃあA地点とB地点はそんなに離せないが、相手は『すれすれで避けられた』と思って驚く」

 もっとも広範囲に攻撃されたら巻き込まれてしまうんだけど、と投げやりに肩をすくめるアンバー。だが、慈雨のほうではその力に可能性を見出していた。

「アンバー。それ、すげーわ……」

「そうか?」

「そうだよ、すげーよ。その認識系でほかにできることってある?」

「わたしの容姿をうやむやにして、相手に覚えさせないことができる」

「それ、俺にも有効? 俺も、誰だかわかんなくできる?」

「一緒に、近くにいれば」

「……そっかぁー」

 慈雨は脳みそをフル回転させ始めた。

 自分が借金を負うのも嫌だし、ついこの間まで見ず知らずだったこの吸血鬼が死んでしまうのも嫌だ。

 それを回避する方法を探して、慈雨のあまり出来の良くない脳みそは回り続ける。


 ***


 少し風があった。さわさわと草が揺れる。空は薄い雲が少しだけ。少し涼しすぎるきらいがあるけれど、運動すれば汗がにじみそう。

 とびきりにいい天気だ。

「すてき」

 思わず口にする。やや背をそらせて、空気を一杯に吸い込む。

 夜の匂いが彼女の肺腑を満たして、また、吐き出されてゆく。その一連の動作で、彼女の身体は夜に満たされた。

 それが大切なのだ。夜戦うときは夜の身体で。昼、戦うときは昼の身体で。時間だけではない。オフィス街の身体。田舎道の身体。住宅街の身体。身体を場所に合わせることで、最適の動きができる。

 熟練の魔術師なら彼女がそんな真似をすることに、気づいて止めていたかもしれない。だが、この年若い相手はまるで気づいていないのか、それとも余裕綽々なのか、ヴァレーリヤの行為に単なる深呼吸以上の興味を示さなかった。つまり、ちらっと見て終わりだ。

(小馬鹿にされた?)

 何分見た目が子供なので、馬鹿にされるのには慣れ切っているヴァレーリヤだ。その程度、蠅が止まったほどにも感じない。

「カラスヤ、準備、終わった?」

「ああ、そっちが堪能している間にね」

 累の背後に付き従うのは、いびつな影のようにマントを広げた領主。かたやヴァレーリヤの使い魔は、慈雨とアンバーに度肝を抜かせた有翼の虎。

 累は我知らず眉を顰める。高ランクの使い魔はほとんどが人の形をしている。その法則を当てはめればこの使い魔はあまり位の高くないものだ。

 だが――だが、あのヴァレーリヤが、髑髏城のヴァレーリヤがそんな使い魔を選ぶだろうか。この使い魔には、何かとんでもない仕掛けが隠れているのではあるまいか。

 累の心配をよそに、領主は命令を待つ犬のようだ。早くやらせろ噛みつかせろと、ぎらつくみどり色の眼で訴えかけてくる。

「ルールの確認、しようか」

「ん」

「基本的に、どちらかの使い魔が滅するまで戦い続ける」

「ん」

「途中でリタイアを申し出た場合は、手続きをして完了」

「ん」

「以上かな」

「うん」

 二人とも、あえて術者の死には触れなかった。

 術者を狙うのは、一応、控えるようにと言われている。いるにはいるが、広範囲の魔術に巻き込まれるとか、使い魔が攻撃をかわしたらその奥に術者がいたとか、そういう死にざまは後を絶たない。

 だからこうして魔術師同士で決闘するのは、ある意味、自分を殺す権利を相手に認めるものでもある。

「……はじめる?」

「……そうしよう」

 夜に目覚める小さな生き物たちの気配が、見る見るうちに遠ざかってゆくのを、二人は、感じた。

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