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現代魔術師のための行進曲  作者: 猫田芳仁
15/19

その15 アンバーさんは力持ち


 翼――だった。

 真っ黒な、翼だ。

 それが街灯の光をさえぎって、ひたすらに深い闇を与えているのであった。

 そのあんまりと言えばあんまりな非現実の眺めに、慈雨とアンバーは二人して途方に暮れた。勿論慈雨はアンバーに抱えられたまんまである。

 そいつを弾き飛ばしたのもまた、黒い翼の持ち主だった。

「どうもこんばんはぁ」

 上空にとどまって羽音を立てるのは、雑誌の表紙を飾りそうな美貌の悪魔。揺れる矢印尻尾がわざとらしい。

 地面に足をつけて翼を畳んだのは、虎だった。動物園のそれより、明らかに大きい。くわえて翼と同じ真っ黒な毛皮に、夜目にも鮮やかな白い縞が入っている。

「もう超常現象はお断りだ……」

「わたしもそう思う……」

「自分が超常現象のくせに、吸血鬼。あと、いったん降ろして」

「んむ」

 男二人の間抜けなやり取りを尻目に、追いついたヴァレーリヤは険しい顔で闖入者を見上げる。

「……法王」

「せいかーい! ……んふふ、こんなにかわいいコが最後まで残ってるなんて……お名前は?」

「髑髏城のヴァレーリヤ」

「わお! 髑髏城の!」

 重そうな得物をバトンのようにくるくる回して、法王はけらけら笑った。

「六代まえの髑髏城と、アタシ組んだのよ! なかなか愉快な相棒だったわ。だからって手加減抜きよ、ヴァレーリアちゃん」

「上等」

 虎が首をめぐらす。法王のほうをまっすぐ向いた。

 蚊帳の外の二人は、目くばせ、ひとつ。

 走る。

 逃げられると思っていたわけではないが、そうでもしないと気が狂いそうだった。もう狂っているのかもしれない、と慈雨は思った。吸血鬼も決闘を申し込んでくる女の子も悪魔も虎も、悪酔いした晩に見ている悪夢なのかもしれない。途中でアンバーに拾い上げられた衝撃で、思考が「いま、このとき」に戻ってくる。軽くはない荷物をひっつかんでなお彼の脚は慈雨より速く、がくがく揺さぶられる頭の中で「これは人間じゃないや」と慈雨はひとりごちた。

 誰も追いかけてこないことをいぶかしむ余裕は、まだ彼にはない。


 ***


 脱兎の如く逃げていく背中を見送って、法王が「いいの?」と肩をすくめた。

「いい。あんなのなら、そのうちだれか倒す」

 魔術師ではない、と聞いてはいたが、あまりに一般人過ぎて、ヴァレーリヤはいささか落胆した。使い魔も使い魔だ。カタログにないので驚いたが、ごく弱い「魔法」しか感じられない。ただ、自身の攻性魔術を避けられたのは意外だった。回避特化の能力でもついているのかもしれない。

「で、法王」

「ん?」

「やる?」

「んーん」

 唇に指をあてて、明後日のほうに視線をやる法王。

「アタシは構わないんだけど、相棒がやりたく無さげなのよね」

 確かに法王つきの魔術師は、まだ姿を現してはいない。しかし、不意打ちを狙っているのでもなさそうだ。ヴァレーリヤ同様に遠隔の攻性魔術を使えるなら、狙撃するタイミングはいくらでもあったはずなのに、手を出してこないのがその証拠。

 試しにヴァレーリヤは周囲を捜査してみる。が、すぐに諦めた。目の前の法王が濃密な魔法の気配を垂れ流しているがために、ほかの反応を拾えそうもない。ネオン街で星の光が見えないようなものだ。

「……じゃあ、帰る」

「そ。コドモは早めに寝なさいね。おやすみ、ヴァレーリアちゃん」

「おやすみなさい。魔術師によろしく」

「勝負できるのを楽しみにしてるわ」

「ん」

 法王は己の、ヴァレーリヤは使い魔の。それぞれ翼で、夜闇に消えた。

 後には、静寂ばかりが残された。


 ***


 ようやく地面に下ろされて、慈雨はほうっと息をつく。まだ揺すられているようだ。頭ががんがんする。だが文句を言うわけにもいかない。助けられたわけなので。

 結構な距離を文字通りお荷物付きで走破した救い主は、顔こそこわばっているが息ひとつ乱していない。そもそも呼吸をしていないのかもしれない。

「ああいう――その、魔法使いはこの辺じゃあ一般的なのか?」

「そんなわけあるか……魔法使いも吸血鬼も、お話の中だけのはずだよ」

 少なくとも表向きは、と付け加える必要がありそうだ。慈雨は吐き気のしそうな憶測を思い浮かべ、めまいから襲ってくる現実の吐き気をこらえた。

「なんかよくわかんないけど……アンタが俺の『使い魔』で、魔法使い同士の決闘らしいな。魔法使いになった記憶はないんだけど」

「わたしだって、使い魔になった覚えはない。カタログに載ってないといわれたな」

「使い魔のカタログかぁ……ゲームの攻略本みたいな感じなのかな」

「とにかく、ここでだべっている場合じゃあるまい」

「確かに」

 とりあえずの問題は、これからどこへ行くか、だ。

 実家はダメだ。場所が割れた以上、留まるわけにはいかない。

 慈雨は真っ先に思い付いた、けれどあまり気の進まない案を口に出す。

「俺のアパートに行こうか」

「近いのか? そろそろ電車がないだろう」

 そういうところに気を回すあたり、つくづく庶民的な吸血鬼である。

「徒歩三十分だ」

 その間に襲われないといいが。

 人通りも街灯も少ない夜道を、緊張とともに二人は歩き始めた。

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