その1 日下部慈雨はついてない
日下部慈雨はついてない。
高校受験で腹を壊し、大学受験で熱を出し、就職試験で事故に遭う。退院後はやむなくアルバイトとして個人経営の喫茶店で働いていたが、マスターが身体を壊して店を畳んだ。それきり連絡が取れなくなり、給料を受け取り損ねて早二か月。やむなく実家に帰ってみたら、日取りを間違えて連絡しており、両親ともに温泉旅行に行っていた。
ついてないついでにスマートフォンをアパートに忘れてきたらしかった。充電器だけは鞄に入っているがどうしようもない。
やることがなかった。
「困ったな」
畳に転がりながらひとりごちる。食事はさっき取ってしまった。カップ麺だが。
ふっと慈雨は思い出した。この家の裏には物置小屋があったはずだ。大人が軽くジャンプしたら頭を打つくらい天井が低い掘っ立て小屋に、普段使わないものがたくさん入っていた。子供のころ「探検」と称して入り込み、倒れてきたでっかいスコップでたんこぶを作って大泣きしたような気がする。それきり小屋に入ったことはなかったので、具体的に何があったのかはスコップ以外まだ知らない。
入ってみようかな。
そう思ったのが運の尽きであることを、慈雨はまだ知らない。
***
「本日は皆様、遠路はるばるの方も駅から三分の方もようこそお越しくださいました。今回の”魔術師協会理事決定戦”はこのメンバーで開催いたしますのでどうぞよろしくお願いいたします」
お誕生席に座った胡散臭い男が、実に愉しそうにそういった。その場に集まった誰も彼の正体を知らない。「ニコ」とだけ呼ばれるその男には魔術師の立場からしても怪しげな噂が絶えず付きまとい、最たるものでは「魔術師協会の創立当初から要職に就いている」という話まである。尚創立は何世紀か遡る。
「ニコ、質問がある」
声を上げたのは、年端も行かぬ、だがぞっとするほど美しい少女であった。
「最終戦闘には五人残すはず。なぜここには四人しかいない?」
「おっとっと、気づかれてしまいましたな」
「僕も気になっていたところだ。わけを話してもらおう」
芝居がかってのけぞるニコに、腕と足を組んだいかにも高飛車そうな青年が追い打ちをかける。
「ま、話そうとは思っておりましたが……最終戦闘には皆様方のほかにフランス支部からフォルネイユ様がご参加のご予定でございましたが、生憎と先日の儀式で事故によりお亡くなりになっております。いやはや、ただでさえ魔術師不足の昨今、惜しい人材を亡くしました」
「御託はいらん」
難しい顔で押し黙っていた壮年の紳士が、放っておけばいつまでも続きそうな台詞をぴしゃりと叩き切る。
「私が聞きたいことは一つだ。脱落者が出た結果、この四人で争えば良いのか。それともフォルネイユ氏の次に戦績を上げた魔術師が五人目として私たちと戦うのか。どうかね、ニコ」
「結論から申し上げますと」ニコは椅子に立てかけたステッキを撫でながら言った。「五人目の参加者はいらっしゃいます。しかし」
口元を押えて少し笑ったあと、「失礼」と心にもない言葉を添えて、ニコは続ける。
「それがどなたなのかは、わたしにもさっぱりわかりません」