九度目の正直"正凪の過去"
ー六年前ー
私は双子の弟の正輝と教室の隅っこの席に座っていた。
入学式が終わり周りの子達はみんなお母さんやお父さんと先生が来るまで喋っていた。
でも私たちの親は子どもより仕事が大切な人間だから二人で無言で無表情で座っていた。
別に構わなかった。家に帰れば親にこき使われるのは目に見えていた。不器用で何も出来ない私が殴られるのはわかっていた。それでも私は親を愛した。私たちを産んでくれたたった一人の母親だから。妊娠中一人で仕事をしてくれたたった一人の父親だから。私たちを育ててくれたたった二人の両親だから。
「あの…はじめまして…」
誰かが話しかけてくれるけど喋る気力もない私たちは無表情でずっと正面を見ていた。周りからの視線もあまり気にならなかった。
隣にいる正輝の服はピカピカの新品だ。料理も掃除もなんでもできる正輝は両親に気に入られていた。それに比べて何も出来ない私は色あせたTシャツにボロボロのズボン。ぴっしりとされた正輝の髪に比べて私の髪はボサボサ。周りから見ても私たちは…私はかなり目立っていたことだろう。今思うと酷い差別だったかなと少しはわかってきた。
こんな差別を嫌っていた正輝は自分もボロボロでいいと言って抵抗していたが跡継ぎの正輝がボロボロの服を着るのを許されるはずがなかった。私はこんな正輝が大好きだった。
先生の話も終わり私たちは二人で手を繋いで家へと向かって歩いて帰った。
家に帰ってもまだ両親は帰ってきていなかった。
正輝が夕飯を作ってくれて二人で寄り添うようにして寝た。
真夜中私は目を覚ました。
周りを見ると赤い赤い火の海だった。
私は正輝を叩き起こし狭い狭い部屋を抜け出した。
私は両親が眠る部屋に向かおうとした。すると後ろから正輝に腕を掴まれた。
その時私は腕を振り払うことなど簡単だった。でも出来なかった。
その時の正輝の目は見たことないほどに悲しい目だった。
私たちは家を飛び出した。そこにはすでに消防隊が来ておりすぐに私たちを保護してくれた。
その後に親戚から告げられた。「両親共に丸焦げになって死んだ」と。
両親が丸焦げになっていた場所を聞いて私たちはもう何も言えなかった。
「金庫で死んだ」
そう聞いた時はもう呆れてしまった。
両親は自分たちの命より金を財産を助けに行った。両親は私たち子どもよりも先に浮かんだのが財産だった。最後の最後まで両親は私たちを見ることはなかった。その時に私の心は壊れた。
そうして居場所をなくした私たちを引き取ってくれたのは父親の妹さんだった。妹さんには一人の子どもがいた。でも病弱で三歳になる前に死んでしまったと父親に聞いていた。
私は心を開かずただただあの時助けに行かなかった後悔で頭の中が渦巻いた。正輝はすぐに心を開きニコニコと笑いながら午前中は学校に行って午後はおばさんのお手伝いをしていた。そんな様子を見ても私は部屋から出ることは出来なかった。毎日おばさんが部屋の前に来ておにぎりを置いてくれた。でも私は食べる気分にはなれなかった。おにぎりを置く時おばさんは決まってある言葉を言って置いて行っていた。
「あなたはもう私の子どもなんだよ?私はあなたの"お母さん"なんだからね」
"お母さん"
私にはそんな言葉など発したことはなかった。母親にお母さんと言ったら殴られるのが何故かわかっていた。頭ではわかっていなくても体は知っていた。
どんなに食欲がなくても何かを食べないと倒れそうになった。
私はそーっとドアを開けておにぎりを一つ頬張った。
口の中で広がるものはおにぎりとは思えないほど温かく美味しかった。
私は気がつかないうちに涙を流しながら食べていた。その時のことを今でも覚えている。
その時からだ。私はほんの少しずつだけど部屋から離れるようになった。
引き取られて一年後私はおばさんを"お母さん"と呼ぶようになっていた。
仕事の関係で外国に行くことになっても私たちは心配させないようにっこりと笑って送り出した。
でも…
お母さんたちが外国に行ってから私は同じ夢を何度も何度も見るようになった。
目の前でお母さんやお父さん、正輝が焼かれて行くところ。焼いているのは死んだ両親だった。
私は毎晩のように魘され寝不足になった。
今ではその夢を見ることはあまりなくなったが人をすぐに許すようになってしまった。
何故だかわからない。今ではもう私は死んだ両親のことを許している。
仕方が無い。出来心だったんだと言い聞かせて。