第1話 エルドアの特待生
今回からエクストラストーリーがスタートです。本編とは一味違った物語を楽しんでもらえれば幸いです。
「…………」
手の甲に乗った小鳥を見て少女が微笑んだ。
心地よい程度の強さだった風が一瞬だけ強くなる。その衝撃に驚いたのか、小鳥は小さな翼を羽ばたかせどこかに飛んでいってしまった。
少女の表情が少し寂しそうな苦笑へと変わった。ゆっくりと立ち上がり空を見上げる。
空から降り注ぐ太陽の光が周囲の森林を照らし、動物たちの鳴き声が響き渡る。
―さっきの小鳥の声も混ざってるのかな―
少女がそんなことを思ったその時、再び風が少女の周りを駆け抜けた。
白い帽子とフリルの付いた可愛らしいエメラルドグリーンのワンピースの裾、そして綺麗に整えられた金色の髪が宙を舞い、反射的に動いた右手が帽子を押さえる。
が、その力が弱かったのか、帽子は風に乗って飛ばされ数メートル先に落ちてしまった
「あっ、帽子……待って」
少女が慌てて駆け出す。けれどもその足はすぐに止まった
「ここにいたのね、アリス」
それはふわりとしたイメージの優しい声だった。アリスの目に映っているは彼女よりも少し身長の高い少女。金色の長髪に黒いカチューシャ。おっとりとした印象の瞳は青く、服装は薄いピンクのワンピースに白いカーディガンを羽織っている。
彼女は帽子を拾い、少し付いてしまった土を落とした。それを見るなり、アリスは一度止めた足を進ませ、彼女の元へと駆けつける
「ありがとう、コレット。帽子、風に飛ばされちゃって」
「いいのよ。今日は風が強いもの。こんな時に森に入るなんて……また動物たちと遊んでたの?」
「うん。さっきまで小鳥と遊んでたんだ。といっても、私の手に乗ってくれてただけなんだけど……」
「でーも、それがアリスにとって楽しいことなんでしょう?いいじゃない、それで。楽しいことなんて人それぞれ。迷惑をかけなければ問題ないわ」
「コレット……うん、そうだよね。ありがとう。ところでコレットはどうしてここに……?」
「そうそう。オバちゃんがパンを焼いてくれたの。だからアリスと一緒に食べようと思って誘い来たのよ」
「オバちゃんのパン……焼きたての……パン!!」
「えぇ。さぁ、行きましょう」
「うんっ!!」
アリスの頷きにコレットが優しく微笑む。そうして彼女達はこの「森」を後にした
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
魔法の存在が認知され、常識となっている魔法国。その中でも別称で緑の国と呼ばれているのが「エルドア」だ。
一言でその特徴を説明するなら、圧倒的な自然の豊かさ。人が住む関係上ある程度の開発は進んでいるが、それでも国の半分以上が山や森林で埋められており、魔法国独特の植物も数多く存在する。
中でも国の中心にそびえ立つ巨大な樹木「ユグドラシル」は膨大な魔力を蓄えていることもあって、エルドアのシンボル的存在となっていた
「あむっ……あむっ……」
そのユグドラシルの近場に作られたエルドアには少ない街。そこにアリスとコレットはいた。
石で作られたベンチに腰かけ、アリスが夢中になってパンを食べている。
彼女の手にあるのは二人と仲の良いパン屋のオバちゃんからもらったもの。代金は払うと言っているのだが、毎回「いーのいーの。もらっていきな」と笑顔を見せる気前のいいオバちゃんだ
「…………」
そんなオバちゃんに少しでも感謝がしたくてパン屋で買ったカフェオレ。それを飲みながらコレットは街の木々に視線を向ける。
本来であればアリスのいた森のモノと同じように緑の葉を持つはずの木々。しかしその色はお世辞にも緑とはいえず異様な紫色をしている
「街の木たち、まだ治らないね」
「……そうね」
「原因が早く分かれば治してあげられるかもしれないのにね」
最近エルドア全体で起こっている現象。それが植物の変色だ。
最初は何か病気かと思われていたが結局その原因は分かっておらず、そのまま一週間が経過している。魔法の力を秘めた植物なら色が一般の植物と違うのも頷けるのだが、街中にある植物は魔法の力を秘めていない。
普段とは違う、見慣れない街並み。それを街の住人であるアリスやコレットが不安に思うのは当然のことだった。
と、話が暗くなっている事に気づいたコレットは慌てて話題を変えようとする
「それよりアリス、今日のお仕事はお休みなの?」
「うっ……」
今度はアリスの表情が曇る。コレットの言うお仕事とはラジオの収録の事だった。番組の名前はエルドア・グリーンラジオ。街の小さな放送局と学園が協力して放送しているラジオ番組で、基本的な内容としては数多いエルドアの植物を紹介するモノとなっている。
アリスは以前、学園の代表としてそのラジオに参加したのだが街のお年寄りに好評だったらしく、それをきっかけに彼女はちょっとしたアイドル的存在となっており、以後ラジオ放送局からの依頼で時折収録に呼ばれるようになっていた。
だからコレットは問いを投げかけたのだが、アリスは一瞬苦虫を噛み潰したような表情を見せた
「しばらくは魔法師としての修行に専念するように言われちゃった。私って魔法の成績があまり良くないから。特にその実戦が……ね」
アリスが俯く。本人も認める通り、彼女は戦闘が得意ではない。魔法自体は好きなので知識に関しては十分なレベルなのだが、大人しい性格が影響し、戦いとなれば守りにばかり徹してしまう。だから基本的に相手の体力や魔力が尽きなければ勝利する事が出来ない。
防御に徹することで勝利するというのが戦術として無いわけではない。しかしアリスの立場上、それはあまり好ましい戦術とは言えなかった。
何故なら彼女は学園を守り、学園に存在する問題に対処する立場。つまり―――
「私もね、「特待生」がちゃんと戦えるようにならないといけないのは分かってるんだ。学園や街を守るための生徒なんだもん。当たり前のことだと思う。だけど私は、戦うことが……怖い」
「アリス……」
「それが例え誰かを守るためだとしても変わらない。立ち向かって行ける人の、勇気のある人の気持ちが分からない。このままじゃいけないって、頭の中では分かってるのにね」
アリスのその苦笑が無理をしながら作ったモノである事はすぐに分かった。だからコレットは咄嗟にアリスを抱きしめて自分の胸元に引き寄せ、優しく彼女の頭を撫でる
「……コレット?」
「大丈夫よ、アリス。あなたは戦わなくていい。怖い思いなんてしなくていい。私たちがきっと守ってあげるから。だからあなたはその優しさをずっと忘れないで」
「……うん。ありがとう、コレット」
アリスが目を瞑り、穏やかな表情を見せる。その瞬間、二人の腰に備えられた携帯端末が音と光を放ち、メッセージを受け取ったことを示した。二人は端末を取出し、操作をしながらそのメッセージを表示させる
「急になにかしら。えーっと……」
コレットは文章を読み進めた。長い文章というわけでもなく、数十秒で読み終える。そこに書かれていたのは学園からの緊急連絡だった。ただし内容は書かれておらず招集の知らせだけ。
それに困惑したアリスは少々不安げにコレットに視線を向ける
「学園からの緊急連絡……コレット、これって……」
「何かが起きたって事かしら。とにかく一度学園に戻って話を聞きましょう」
「う、うん。そうだね」
アリスとコレットは端末を仕舞いベンチや木々、石製の住宅が並んだ石造りの道を駆けて行く。
この時、アリスは戸惑っていた。頭の中を駆け巡るイヤな予感。詳しい事は分からなかったが、よくない事が起ころうとしている気がしていた