第89話 健次郎の語る世界
「俺の目的はな、春人。お前と魔法との縁を切る事だ」
「……それって、どういう事だよ」
「なに、変な言い回しをしているわけじゃない。言葉のままだ。お前には魔法とは無縁の生活に戻ってもらうって事さ」
春人の質問に健次郎は躊躇うことなく答えた。それからプルートⅡ(セカンド)を空中に消し、右手を横に振ってみせる。すると、何らかの情報が映像として空中に映し出された。
そこにあるのは無数の文字とファンタジア学園の画像。まるでゲームでメニュー画面を開いた様なそれを、健次郎が指で軽く弾き、足元にいる春人の目の前に送りつける。
そこには、春人がファンタジア学園の特待生となった経緯が記述され、記録としてまとめられていた
「これは……」
「そこに書いてある通り、俺はお前がここに連れて来られた事情は分かっている。そもそもお前に魔法の才能があった事は知っていたからな。全く可能性を考えなかったわけじゃない。むしろ親子で魔法師……というのも悪くないと考えたくらいだ」
「じゃあ……」
「だが、状況は変わった。今の俺は自分の行動を深く後悔している。そう、お前と弥生を会わせるべきではなかった、とな」
「俺と弥生を会わせる……?」
「そうだ」
そう言い放った健次郎は一度、深呼吸をした。それから空を見上げ、話しを始める
「俺はこのファンタジアで死んでから魂のみの存在となり、とある世界の番人の一人となった。この世界とは、また別の世界。この世で命を失った者が訪れる場所。春人、お前に心当たりはあるか?」
「命を失った者が訪れる場所……まさか、弥生が元いた場所か!?」
「その通り。俺達は「霊界」と呼んでいるがな。その霊界である日、俺は三つの魂を保護した。本来行くべき霊界の主の元へ向かわず、霊界とこの現世の間を彷徨う魂。そのどれもがとても不安定な状態だった。完全には死んでいない。が、死を覚悟し、悪く言えば生きる事を諦めていた。そんな状態のまま主の元に送るわけにはいかない。だから俺はその魂たちを保護したんだ」
「ちょっと待ってくれ!!その魂って……まさか……」
コクりと健次郎が頷いた
「保護したのは弥生たちの魂だ。主の元へ送られた魂は現世に帰る事は出来ない。だから俺は数日間保護し、現世との繋がりが完全に断たれてから主の元に送ろうと思っていた。だが、時間はそれを許してはくれなかった」
「……何かあったのか?」
「霊界ではこの魔法国以上に魔力が溢れている。だから霊界へと来た魂が魔力を持っていること自体はそう珍しい事じゃない。だが、それを考えても弥生の力は強力だった。状況が上手く重なれば霊界全体に影響を及ぼすほど魔力を持っていた」
「霊界全体!?」
「それを霊界の主を含めたお偉いさんたちが無視するわけもない。だが、彼らに捕まればその魔力を持った弥生が利用されることは目に見えていた。その時は幸い、弥生と現世との繋がりは完全には途絶えていなかった。だから俺は弥生の心残りを探し出し、それをトリガーにオバケとして彼女やリク、鈴を強制的に現世に戻した」
「……じゃあ弥生はその霊界の奴らに追われてるって事なのか!?」
「そうだ。だから一度、心残りを達成して戻ってきそうになった時には焦ったよ。なんせ、ちょうどお偉いさんたちが霊界と現世の境目に来ていた時だったからな。戻って接触でもすれば確実に連れて行かれる。だから俺は慌てて、弥生たちをまた現世に戻した。今度は「思い出が足りていない」ということをトリガーにしてな」
「まぁ、本人たちは覚えていないだろうが」と付け加えて、健次郎は息を大きく吸い、そしてため息として吐いた
「だがその後、お前達は魔法国に来てしまった。元住んでいた日本より霊界に近いこの国に来てしまえば、霊界連中の目に付きやすくなるのは目に見えている。だから俺はお前と弥生―――お前と魔法の縁を切ろうと考え、今に至るわけだ。理解できるか?」
いつの間にか健次郎の口調は敵ではなく、子を持つ父親のものへと変わっていた。
春人の頭の中では話が渦巻き、上手く整理できていない。だが、今がどういう状況かということは理解できた
「弥生は俺が責任を持って保護する。全力で守る事を約束する。だから春人、お前は少しでも安全な世界へと戻ってくれ。お前は俺の大切な子供だ。大切な人を守りたい気持ちはここで戦ってきたお前になら分かるはずだろう?」
「『ハル……』」
「…………」
健次郎や弥生の声にも反応せず、春人は俯いている。だがそれは彼の心が揺れているからではない。その証拠に春人は地面に目を向けながら、歯を食いしばっていた。
そしてそれに気づいた健次郎は再びため息をつきながら、魔法を発動させる
「……≪コネクト・ブレイク≫」
「―――なっ!?」
驚きの声を発したのは春人だった。気づけば残されていた力は身体から消え、激しい疲労感に襲われる。そして何より、彼の隣にはコネクトしているはずの弥生が転がり込んでいた。しかもフェアリー化の状態ではなく、通常の姿へと変わっている
「こ、これってどういうことですか!?」
「まさか、コネクトを解除する魔法!?」
「≪コネクト・ブレイク≫、霊界の門番となっている者が持つ魔法だ。本来であればお前に少しでも負荷をかけない為、使いたくはなかったのだがな。諦めが悪いなら、力づくで引き離すしかないだろう?」
「くっ……」
「この状況を見てみろ。実力で追いつく事が出来ず、リンクコネクトも出来ない。そんな状態でどうやって俺に勝つんだ?」
「……まだだ。俺にはまだ霊技がある。あれが使えれば、きっと……」
「何とかなるのか?使えもしない力に頼って、それで何とかなるのか?」
「そ、それは……」
「春人。もういい加減諦めろ。この世界は思い描けば何でも出来る様な想像の世界じゃない。「現実」なんだよ」
その瞬間、健次郎の表情が一気に悲しいモノへと変わった。
彼自身、自分の言った「現実」を快く受け入れているわけではない。「なんて夢のない世界だ」と嘆いた事もあった。
しかし、受け入れるしかないのだ。例え望まないことだとしても変える力が無いのであれば、受け入れ、従うしかない。それはきっと大人なら誰もが出会う経験であり、それが世界の掟だと健次郎は理解している。だからこそ彼は今、変える事の出来ない現実を示す者として春人の前に立ち塞がっている。
しかし、春人は諦めていなかった
「―――ッ!!」
右手を振り上げ、カリバーを地面に叩きつけて衝撃を起こす。健次郎は反射的に後方へと跳んだ。
春人はゆっくりと立ち上がり、隣にいた弥生に手を差しのべ彼女の身体を起こして、健次郎に視線を向けた。
その瞳は数秒前のどうしようもない現実にひれ伏す少年のモノではない。強い意志の込められた瞳。それを持って彼は静寂の中、口を開いた
「確かに現実は簡単には変えられないかもしれない。不可能はなかなか可能にはならないしれない。それは認めるよ。けど、思い描く想像はきっと力になる。不可能を可能に変えてくれる。信じた想像はきっと現実を超えられる」
「そんなわけがあるか。想像が力となるこのファンタジアでさえも、想像が現実を超えられることはない。不可能が可能になる事はない。……≪ボルテック・キャノン≫」
健次郎が右手を広げ、電撃球を放つ。春人は目を瞑り、カリバーを構えた。左側へと体をねじり、握り手に力を込める。
それから電撃球が近づくタイミングを見計らって、目を見開き、カリバーを思いっきり振った。左上側から右下側へと瞬時に動いた刃は、電撃球を切り裂き、目の前に軽い爆風を発生させる。
刹那、春人がそっと弥生の前に手を出した。まるで彼女を護るかのように。そして彼は言った
「俺は俺の信じる想像で現実を超える。弥生を護って見せる。だって俺は……弥生のことが好きだから」
「えっ……?」
「こんな時にごめんな、弥生。だけど俺は……お前のことが好きなんだ。これからずっと一緒に居たいって、そう思ってる。だからこそこの戦い、絶対に勝たなきゃいけないんだ。だから力を貸してくれないか、弥生」
隣にいる弥生に春人は左手を差し出した。一方の弥生は少し驚いた顔をしていたが、やがて優しい微笑みを見せその左手を握る。少し赤くなった弥生は照れながら、だけどしっかりとその質問に答えた
「私もハルが好き……大好きです。もっともっとハルと一緒にいたい。だから超えましょう。私たちの想像で……目の前の現実を!!」
その瞬間、二人は光に包まれた。その周囲には電撃が迸り、風が吹き荒れる。それから光は弾け飛び、中から融合した春人と弥生が姿を見せた。
魔法師としての春人の姿。それを見た健次郎は状況を冷静に把握しようと試みる
「再びリンクコネクトしたか。だがそれは失策だ。すぐに解除してやる。≪コネクト・ブレイク≫!!」
健次郎の右手が動きを見せ、≪コネクト・ブレイク≫が春人と弥生に襲い掛かった。彼らの周囲に現れた無数の小さな光の球体。それが一斉に春人の身体に衝突し、解除効果を発動させる。
だが、二人の融合が解除される事はなかった。それどころか球体はその全てが弾かれてしまい、魔力粒子となって空中に消えていく
「なっ……!?」
今度は健次郎が驚愕した。彼は決して魔法を失敗してしまったわけではない。かといって、ただ立っていた春人には防御する動きもみられなかった。
つまり、純粋に春人と弥生に対して≪コネクト・ブレイク≫が効かなかったということ。弾かれているのがその証だ
「≪コネクト・ブレイク≫は合体や融合した物体と物体を強制的に分裂させる特殊魔法。それは例え対象がリンクコネクトだとしても効果が適応されるはずだ。それが効かないということは……」
と、健次郎の口が止まった。それから何かを思いついた様に苦笑してみせる
「そうか。噂には聞いたことがあったが、なるほど。それが連結融合を超える人とエンゲージパートナーの融合……「契約融合」か」
「『そうです。これでアナタの≪コネクト・ブレイク≫じゃ融合を解除する事は出来ません。そして……』」
「なにっ!?」
健次郎の足元に変化が起きた。足元が魔力によって固定され、身動きが取れなくなったのだ。それから間もなく、健次郎の目の前で小規模ながら爆発が発生する。
その威力の低さや健次郎が咄嗟に防御行動をとった事から、大きなダメージを与えられたわけではない。だがそれはこの戦いの中で初めてまともに入った春人の攻撃だった。
そしてそれは「通常の魔法」ではない。その事に健次郎はすぐさま気づき、静かに呟いた
「今の攻撃は魔力粒子に動きがあった。基本的に魔力粒子は魔法の発動には関係ないはず。それが動いたということは、まさか……」
「『周囲にある魔力粒子を視界に捉えて、操る能力。それが―――』」
「霊技、【No.5≪粒子操作≫】だ」