第88話 司の目的
「く……そ……ッ!!」
倒れた良太が悔しそうに声をあげた。司はそれを冷たい眼で見下ろしている。
足元で転がる良太に攻撃を加えることもなく司は静かに語りだした
「最後の切り札が意味を成さなくなり、希望を失った気分はどうだ?」
「希望は……まだ消えてなんかない。さっきのはたまたま調子が悪かっただけッスよ」
一瞬身体を起こした良太がアロンダイトを振った。だが、それは≪ファントム・アーマー≫を使用した司に難なく避けられてしまい、体制を崩した良太が再び地面に倒れこむ。
つい数十秒前と同様に≪次元斬波≫が発動することはなかった
「(クソッ!!なんで急に発動しなくなくなったんだ!!これじゃ、マジでヤベェぞ!!)」
「まさか、お前は霊技が使えなくなったのはまぐれとでも思っているのか?もしそうなら、自分のディレクトリを見てみるといい」
司に言われ最低限の警戒をしながら立ち上がり、その視線をアロンダイトに向けてみる。
するとアロンダイトの刀部にはいくつもの亀裂が入っていた。一部に関しては欠けており、その残骸が虚しく地面に落ちている
「アロンダイト……」
「お前が霊技を使った結果だ。霊技の力に耐えられなかったのだろう。つまりお前はもう、霊技を使う事が出来なくなったということだ。……ここまでか。お前の強さには少しばかり興味があったのだがな。その程度とは残念だ」
いくら接近戦を想定して頑丈に作られているといっても≪次元斬波≫の使用によってかかる負荷にアロンダイトは耐えきれていない。
もしこれ以上無理に使用してしまえば、アロンダイトは「武器」という形を維持できなくなり、最悪の場合、内部構造まで破壊され復元不可となってしまう可能性もある。
それを考慮すれば、これ以上≪次元斬波≫を使うことは出来ない
「クソッ!!一体どうすりゃいいんだよ」
「『……良太、上!!』」
「ッ!?」
鈴の声に思考を止め、反射的に地面を蹴った。すると彼の身体は後方へと移動し、ほぼ同時にイヴォルリッパーがその地面に叩きつけられる
「危ねぇ……ったく、油断も隙もねぇな」
「『それに関して言えば、敵の目の前で考え事する方が悪いと思うけど。それより良太、ちょっとあたしの話しを聞きなさい』」
「聞けってお前、そっちに集中したら今度こそ攻撃当たっちまうんだけど……」
「『避けながら聞けばいいでしょ』」
「はいよ」
その瞬間、放たれた魔力弾を良太が左方に飛んで避けた。
司は様子から見て良太と同じ近距離戦を得意とする魔法師。となれば、二人の距離を意図的に遠距離戦のモノにすれば、しばらくは時間が作れる。そう確信した鈴は話を始めた
「『良太、今から話すのはアナタの霊技≪次元斬波≫についてよ』」
「≪次元斬波≫について?」
「『そう。あれは発動した瞬間に特定の箇所に「斬魔粒子」って粒子を纏わせる魔法よ。斬魔粒子には触れた魔力エネルギーを分解する力があるの。もちろん、分解できるエネルギー量には限度があるみたいだけど』」
「じゃあ、あの時攻撃は当たったのは、それを使って先輩の≪ファントム・アーマー≫を消したからなのか?」
「『まぁそんなところね。加えて、その斬魔粒子は衝撃波として飛ばすこともできる。けど、飛ばした場合は再度発動が必要で、魔力や霊力も使うから今は止めた方がいいわね』」
「……鈴、お前なんでそんなに詳しいんだよ?まさか最初から知ってたのか?」
「『知らないわよ。なぜか急に分かるようになったのよ。この能力のこともアロンダイトの意志も……ね?』」
「アロンダイトの意志?」
良太の言葉に鈴はすぐには返事をしなかった。数棒の沈黙を挟んで、それから落ち着いた声で言う
「『良太、≪次元斬波≫を使いなさい』」
「えっ……?」
「『司の言う通り≪次元斬波≫を使えばアロンダイトに負担がかかる。でも、アロンダイト全体をあたしの魔力でコーティングして強化することが出来れば、アロンダイトを壊さずに≪次元斬波≫を使うことが出来るはずよ』」
「お前……何、言ってんだよ」
「『大丈夫、出来るわ。コーティング自体は難しい技術じゃない。アナタに提供できる魔力が少し減るけど、その部分はゲージブレイクで何とかしなさい』」
「そうじゃねぇ。≪次元斬波≫の負担は頑丈に作られてるアロンダイトでも耐え切れないぐらいなんだろ?そんなのを鈴がカバーすれば、お前に相当な負担がかかっちまうじゃねぇか」
「『……そうね。多分、楽ではないわ。≪次元斬波≫が霊力を使う以上、そっちにも力を使わないといけないわけだし』」
「だったら……」
「『けど、この状況で勝つ為にはその負担が必要でしょ?』」
「それは、そうだけど……」
「良太。あたしやアロンダイトみたいな相棒にとって一番悔しいのはね、相棒の力になれないことなのよ。だから、あたしたちの力を使って、全力で戦いなさい。それが司を見返す……大逆転勝利の勝ち筋よ」
「…………」
鈴のいうことは正しいだろう。そう良太は思った。実際、それ以外に勝ち筋は見えていないのだから誰が見ても間違った提案ではない。
だが、負荷に関する話も事実だ。そしてその負荷に鈴が耐えられるか、当然分からない。もし鈴が負荷に耐え切れなかったら……。待っているかも知れない最悪の結末を想像すると、良太は簡単に頷く事が出来なかった。
その時だった
「隙アリだな、≪イヴォルスラッシャー≫」
「ッ!?」
司の攻撃が放たれた。使用された魔法は≪イヴォルスラッシャー≫。距離を中距離まで縮めた司のそれは、威力を十分保ったまま良太に接近してくる。
良太は慌てて地面を蹴り上げ右側に飛び込んだ。攻撃は良太に当たる事無く過ぎ去っていく。
しかし、良太はすぐ近くに人の気配を感じた。反射的に身体が動き、再び地面を蹴ってその場を移動すると、上から飛び込んできたであろう司が地面にイヴォル・リッパーを突き刺す。
そのまま右足を伸ばし、良太の身体に強力な一蹴りを入れる
「ぐっ!!」
避けきれなかった良太はそのまま後方に飛ばされた。が、空中で何とか態勢を立て直し、屈みながら着地する。そして顔を上げた、その瞬間―――
「≪黒水龍刀波≫」
司の追加攻撃が使用された。初めて聞く名前のその魔法は≪イヴォルスラッシャー≫よりも大きく、込められている魔力量も多い。高い威力である事は確かだった。
良太はそれに気づき、回避行動に入ろうとする。しかしその動きは硬直した。無理やりな着地だった影響で足首を痛めてしまったのだ。
慌てて視線を向けてみると≪黒水龍刀波≫との距離はもう長くは無い。そして
―――マズイ―――
そう思った瞬間、彼の中で一言の言葉が響き渡った
「『……コネクトアウト』」
「ッ!?」
刹那、身体から何かが抜ける感覚がした。同時に目の前に金色の髪がフワリと舞い、目の前の≪黒水龍刀波≫に向かって行く。
攻撃が当たってしまう。
そう思った良太は反射的に手を伸ばし、目の前にいる金髪の少女を引き戻そうとした。
だが、それは間に合わなかった。攻撃は少女に直撃し、煙によって一瞬で視界が悪くなる。
同時に爆風によって良太の身体も後方へ移動した。それから一時的に思考が停止し、動いていたのは煙がある程度晴れてからのことだった。
目の前に倒れている攻撃を受け少女―――鈴の元へと駆け寄り、焦りを押さえつつ、ゆっくりと抱きかかえる
「なるほど。コネクトを解除し、自身が身代わりになる事で良太への直撃を防いだか」
「おい、鈴!!鈴ってば!!おい!!」
司の声に耳を傾ける事もなく、良太が叫んだ
「おい、鈴!!なんで……なんでコネクトアウトしたんだよ!!あの状況で解除すりゃお前が攻撃を食らっちまうのは分かりきってることだろ!!」
「なんでって……アナタが、勝つためよ、良太。言ったでしょ?一番辛いのは……力になれないこと……だって」
受けたダメージが大きかったのであろう鈴が力なく答える
「ほら、アロンダイトだって……悔しんでるわ。この状況でもコネクトすれば、きっと魔力強化ぐらいは出来る。もう、迷ってる場合じゃない。良太、覚悟を……決めなさい」
「…………」
「司と戦うって最初にいったのはアナタ……でしょ?だったら、勝ちにいきなさい。そして、アナタの……ううん、あたし達の本当の力……見せてやりなさい。いいわね……?」
「……ありがとうな、鈴」
良太は瞳を瞑った。すると一瞬の光が彼らを覆い、リンクコネクトが完了する。
そして彼はゆっくりと立ち上がり、アロンダイトを出現させた。刀身に纏っているのは鈴のモノと思われる魔力。だがそれは静かに漂っているだけで、大きな力は感じられない
「契約者に庇われたからといって戦いは放棄しないか。いいだろう。ならばこの攻撃、今度は自分の身体で受けてみるといい」
イヴォル・リッパーの刀先から≪黒水龍刀波≫が放たれる。だが良太は避ける素振りを見せなかった。それどころか、腕を振り上げることもなくアロンダイトで迎撃する体制にすら入っていない。
だが、それとは真逆に彼の瞳にはまるで燃え上がる灼熱の炎の様な力強い意志が込められていた。
そして―――
「ッ!!」
「なっ!?」
司が珍しく驚愕した表情を見せた。
無理もない。なぜなら彼の放った攻撃―――≪黒水龍刀波≫はその全てが消えてしまったのだ。
そして司はその時に初めて認識した。良太とアロンダイトが纏う赤い豪火。静寂していた魔力は爆発的に膨張し、紅の炎へと変わっていた。少し遠くから見てもそれが高温だということは理解できる
「まさか、あれを纏った炎の熱だけで蒸発させたのか」
「……いくぞ鈴、アロンダイト。俺達は……絶対に!!勝つ!!」
良太の宣告ともいえる叫び。それは薄暗い荒野に力強く響き渡った