第87話 美加の気持ち
陽花と美加の戦いは、一見するとほとんど変わりなく進んでいた。
一方の攻撃が吸い込まれ、もう一方の攻撃が瞬間移動によって避けられる。攻撃が命中しない以上、互いに大きなダメージはない。
何度も繰り返している状況。だが陽花はその中で、とある事に気付き始めていた
「≪クリスタルパージェスト≫!!」
「≪ブラック・グラビティ≫!!」
陽花の攻撃がまた吸い込まれていく。その時、攻撃によって飛ばされた小石が美加に向かって飛んで行った。
だが魔法で作られたモノではないそれは≪ブラック・グラビティ≫に吸収される事もなく彼女の足元に転げ落ちる
「(―――やっぱりだ。攻撃自体は無効化されるけど、飛び散った小石までは防ぎ切れていない。だったら……)」
「うっ!!」
「美加!?」
美加の小さな苦しむ声に陽花がハッと思考を止める。美加の息は切れていた。「ハァハァ」という声と共に肩が大きく動きを見せる。
それを見た陽花は攻撃することもなく、ただ必死に訴える
「美加、もう止めよう。そんなにボロボロな状態で戦うなんて、そんなのダメだよ」
「―ッ‼」
もう何十回も聞いた言葉。美加が舌打ちと拳を握りしめて反応する。
【No.2≪空間転移≫】の発動以降、美加の負荷に気付いた陽花は大技を使う事を避けていた。美加の攻撃をかわし、比較的威力の低い攻撃を打ち込む。
その間に何度も説得しているのだ。直接的ではないが、遠回しに「降参」を要求している。
美加はそれに抵抗し続けていた。始めは軽く無視出来たそれも回数を重ねるごとに鬱陶しくなり、彼女の中に「怒り」として溜まっていく。
そして、美加の中で溜まっていたそれはついに爆発した
「うる……さい……うるさい……うるさい!!うるさァァァァァい!!」
美加の叫びが辺り一帯に響き渡った。空気が激しく振動するかのようなその声に余裕などない。怒りという感情に身を任せ、放たれた怒声からそう感じられた
それから彼女は大きく息を吸うと眉をひそめながら、陽花を睨み付けた
「私がボロボロ?そんなの陽花には関係ないでしょ!!」
「関係あるよ。だって美加は私の……」
「友達じゃない―――私は陽花の友達なんかじゃない‼」
「美加……?」
美加の吐き捨てた言葉に陽花が動揺を見せた。しかし一度溢れて流れた感情は止まる事もなく、言葉となって美加の口からこぼれていく
「私はね、陽花。アナタと同じレベルの人間じゃない。私はアナタみたいに優秀じゃないんだよ」
「優秀……?」
美加が静かに頷いた
「陽花はいつだって優秀だった。何でもすぐに要領を覚えて私より上手くなっていく。いつもいつも、あっという間に私を追い抜いて行く。だから私はずっと自分を情けなく思ってた。アナタに勝てるモノが一つもない事がすごく悔しかった」
「美加……」
「魔法に関しても同じ。陽花よりも長く魔法に触れている私を相手にもう互角に戦ってる。それどころか、私を気遣って降参させようとしてる。そうやって相変わらず、私のことを見下してる」
「違う!!美加、私はそんなつもりじゃ……」
「嘘なんていらないよ!!陽花のその優しさは自分の方が上だ、優秀だっていう余裕の証。今までの私はそんな言葉に惑わされてきた。けど、今の私はそんな言葉には負けない。他のことでは負けたとしても魔法に関してだけは負けられない。負けるわけには―――いかないんだっ!!」
「ッ!!」
美加が大きく腕を振り一つの魔力弾を放った。陽花はそれに反応する事が出来ず、直撃を受け吹き飛ばされる。
【No.2≪空間転移≫】と≪ブラック・グラビティ≫が発動されてから初めて入った攻撃。幸い、純粋な魔力弾なので致命的なダメージはない。だが、陽花の心は致命的と言えるダメージを負っていた
「…………」
倒れたまま陽花は動かなかった。意識が無いわけでも身体の自由が効かないわけでもない。それでも立ち上がる気配はない。
戦意が一気に失われていたのだ。悲しみに包まれ、力の抜けていく感覚が彼女を襲う。自然と頬を涙が流れていく。初めて経験するそれに彼女は溺れていた。
あの日から持ち続けている戦うという決意が急激に削がれていく
「≪ナイトメア・カノン≫発射ァァァァ!!」
後ろで美加が魔法を発動する声が聞こえた。速度より威力を重視したその攻撃は放たれ、陽花との距離を縮めていく。
だが陽花が振り返る事は無かった。動かないまま、戦意を失ったまま、その攻撃を受ける。
その直前だった―――
「『ダメェェェェェ!!』」
陽花と≪ナイトメア・カノン≫の間に大量の泡が現れ爆発した。同時に爆風は発生したが、残った泡が衝撃を和らげ、結果的に陽花にダメージはない。
今発動したのは陽花の魔法≪バブルスプラッシュ≫。だが発動したのは陽花ではない。彼女は戦意を失い、攻撃を受けるつもりだったのだから。
つまり―――
「……リク?」
「『負けちゃダメ!!ダメだよ、陽花!!』」
リクの声が陽花の頭の中で響いた。必死に訴えるリク。そんな彼は数秒の間をおくと悲しみの籠った声で話を続けた
「『陽花の気持ち分かるよ。大事な友達にヒドいこと言われたら、すごくすごく辛いんだと思う。戦いたくなくなると思う。でも、このまま負けちゃダメだよ。ぼくたちは、もう負けられない』」
「……そうだね。そう、私たちはファンタジアの街の為に戦わなくちゃいけない。だけど、私は……」
「『ちがうよ、陽花』」
「えっ……?」
「『街をまもるためだけじゃない。美加のために戦うんだよ。だって美加は……泣いてるんだから』」
「泣いてる……?」
リクの言葉を聞いて陽花が振り返ると、そこには美加がいた。だが両手は地面に向けられ、その足元には何滴もの雫がこぼれていく。
彼女は確かに泣いていた。勝利が近づいているにも関わらず、悲しみを訴える子供の様に涙を流している。そして彼女は言った
「負けられない。もう、これ以上……負けられないの。だってこのままじゃ……私は陽花と同じ強さに辿りつけないから……。陽花と同じ景色を見られないから……。陽花の友達で……いられないから!!」
「美加……」
「『陽花。美加はただ陽花に追いつきたかっただけなんだよ。自分の能力が低いから、強くなって陽花に追いつこうとした。けど……』」
「……違う。美加の能力は低くなんてない。それに、友達でいる為に能力なんか必要じゃない」
「『そうだよね。だから陽花、美加にそれをおしえてあげて。そのために、この戦いに勝とう』」
「リク……。そうだね」
言いながら陽花がゆっくりと立ち上がった。そしてルミナスを力強く握り締め、美加に視線を向ける。
その瞳に迷いはない。強い意志の込められた瞳だった
「まだ立つの……?倒れてよ……もう大人しく負けてよ!!」
「それは出来ないよ。私たちだって負けられない。美加にちゃんと知ってほしいことがあるから!!」
陽花がルミナスを振ると彼女の足元に魔方陣が描かれた。紫色に輝くそれは魔法発動の証。
そして、彼女は言った
「これで……この魔法で、この戦いを終わらせる!!」