第85話 約束を守るため
「ったく、しつこいわねっ!!」
そう言いながら愛琉が≪スプリテッド・ガン≫を放った。弾丸は魔法獣の身体を貫き、元の魔力へと還していく。
それはこの数十分の間に何度も見た光景。いい加減飽きてしまいそうなレベルなのだが、愛琉にその様子は見られない
「ハァ……ハァ……」
疲労はピークに達していた。無理もない。数日間、満足な休息を取ることも無くこの戦いを迎えているのだ。魔力量に関してはまだ心配いらないが、体力には気を配る必要がある。
それは、未羽にもいえることだった
「…………」
未羽が周囲を見渡す。
目の前にあるのは魔法獣の軍勢。その数は数えきれるものではなく、後方から続々とこちらに向かって進行してくる。
「くっ……」
未羽が唇を噛みしめる。もちろん、ここを通すつもりはない。だが、徐々に状況が悪化しているのが現実だった。
どうすれば、ここを守る事が―――春人たちとの約束を守る事が出来るだろうか。
未羽は眉を潜めた。すると
「未羽!!なにボーっとしてるのよっ!!」
「っ!?」
気づけば愛琉のガラティの銃口が未羽に向けられていた。いや、正確には彼女の後方にいる魔法獣に向けられている。
愛琉はそのまま魔法弾を放ち、敵を消滅させた
「ご、ごめん愛琉。助かったよ」
「いいわよ。それよりこの状況、マズイわね。コイツら、ドンドン増えてるもの」
「そうだね……」
悔しがる愛琉に未羽も同意だった。
魔法獣が発生すること自体はそう珍しいことではない。未羽も愛琉も戦闘経験は持っているし、勝利経験もある。
だからこそ、今回が異常だということが分かるのだ。加えて自身の身体は疲労しているという要素が状況を更に不利にしている。
このまま戦闘を進めれば、魔法獣が全滅するより先に未羽たちの体力が尽きてしまうのは明らかだった
「(ここを通してしまったら街はすぐだ。一度引いて増援を待つことも出来ない。どうする……!?)」
少しずつ迫ってくる魔法獣たち。
思考する時間はわずかしかない。そのプレッシャーが未羽を襲い、彼女の頬を冷や汗が流れていく。
その時だった
「……私がいくわ」
「えっ……?」
「私がコイツら全員、アレを使って吹き飛ばす」
ガラティを構えながら愛琉が一歩踏み出した。瞬時に展開される魔法陣。紫色に輝くそれは大型の魔法が発動される事を示す証。
未羽には愛琉がどの魔法を使うか安易に予測できた。咄嗟に彼女の手を掴み、その発動を止めさせようとする
「愛琉、それはダメだ。それを使ってしまえば、キミの体力は大幅に削られる。万全の状態じゃない今、いくらなんでも危険すぎる」
「それでもやらなきゃ、ここを守れないじゃない。春人達との約束を守れないじゃない!!そんなの、私はイヤだ。絶対にイヤ!!だからここで、全部吹き飛ばす!!」
「愛琉……」
瞳を見れば、その強い意志は変えられないものだと瞬時に理解できた。なにを言っても愛琉はその意志を曲げない。
「愛琉」という未羽の仲間はそんな少女だ。それを分かっているからこそ、未羽も落ち着きを取り戻し小さく深呼吸してから、苦笑を浮かべた
「……ハァ、止めてもダメみたいだね。分かったよ。キミに任せる。だけど、その代わり……」
「この状況で「絶対、ムチャはするな」なんて言わないでよ?ムチャしない余裕なんてないんだから」
「……なるべくムチャはしないように、いい?」
「えぇ、りょーかい」
愛琉はニカッと笑ってみせ、再び魔法の準備に入る。未羽は両手のマーティを握りしめた。
「さて、と」
彼女の移動速度は疲労と共に減速している。その状態で自身と無防備な愛琉を守るというのはかなり難しい事ではあった。だが
「行きますか……っ!!」
一度地面を蹴ると、疲労しているというのが嘘の様だった。
魔法獣の目の前に着地してその身を素早く切り裂き、再び地面を蹴り上げて、他の魔法獣の元へと向かう
「―――ッ!!―――ッ!!」
素早い移動は消費する体力も激しくはなるが、自身の配置を一定箇所に固定しない為、攻撃回避性能があがる。それにより早く、より多く敵を倒す事が出来る
「ッ!!……ハァ……ハァ!!」
呼吸はかなり荒れていた。足に力を込める度に疲労の痛みが走り、剣を振る度に腕が重くなっていく。それでも彼女は歯を食いしばった。
自分の仲間である「愛琉」の意志を守る為、彼女と同様に春人たちとの約束を守る為、未羽は剣を振り続ける。
一方、愛琉の大型魔法の準備はほぼ完了していた。
彼女の使用しようとしている魔法は≪ベテルギウス≫。異次元から出現させた巨大な砲台から魔力を収束させた光線を放つ魔法だ。
その威力の高さ、攻撃範囲の広さは絶大であり、純粋な魔法の撃ちあいでの敗北経験はラグやシルキを相手にした時だけしかない。まさに「切り札」の名に相応しい技だといえる。
「…………」
故に愛琉は確信していた。ベテルギウスさえ発動、発射出来れば自分たちの勝利だと。
そう思うと無意味ではあるのだが、自然と拳に力が入る。
「(これで、決める!!)」
そして愛琉の背後に砲台を出現させる為の魔法陣が描かれた。
―――と、その時だった
「愛琉、危ない!!」
「えっ?」
未羽にしては珍しい、大声が響き渡る。愛琉がハッとして正面を見てみると、そこには魔法獣がいた。未羽の目を掻い潜って愛琉に接近してきたのだ。
距離は約2,3メートル。魔力を収束させたその右爪を振り上げ、攻撃の態勢に入っている。
愛琉は思わず身体を強張らせた。
「(そんな……私はまだ、終われないのに……)」
「愛琉!!避けて!!」
「(ちゃんと守るって約束……したのに……)」
「くっ、やらせるか……ッ!!」
刹那、愛琉と魔法獣との間に≪残氷の翼≫を発動させた未羽が飛び込んできた。そのまま地面に足を付け、愛琉の前に立つ
「み、未羽っ!?」
「…………」
愛琉の声に未羽が振り向く事はない。だが愛琉は理解した。未羽は自分の身代わりになるつもりなのだと。
だが、未羽は愛琉のチャージタイム中、体力を全開にして戦闘を行っていた。そんな彼女が攻撃を防御も無しに受けてしまえば、それはきっと大きなダメージとなってしまう
「未羽!!ダメ―ッッッッ!!」
咄嗟の出来事に、魔法に集中していた愛琉が出来たのは未羽の名前を叫ぶことだけ。それは空間に響いたが、攻撃を抑止する効果は無い。
そして未羽に魔法獣の攻撃が直撃する。
―――その瞬間だった
「≪デン……インパクト≫!!」
雷光が彼女たちの前に迸った。同時に起こった強い衝撃によって魔法獣が吹き飛ばされ、その姿が消える。
巻き起こる風。二人は目を瞑っていたが次第にそれを開くと、目の前には魔法獣ではなく一人の青年が立っていた。
突然のことに驚いたのか、魔法獣たちは数歩後退している。だが驚いているのは彼らだけではない。未羽、愛琉も口を開けて驚愕していた。
何故なら彼女たちの前にいるのは―――
「未羽、愛琉、大丈夫?」
そう、国外に行っているはずのチーム「絆」のメンバー「ラグ」だった
「ら、ラグさんッ!?」
「なんで……どうしてここに?ファンタジアにはいないはずじゃ……」
「「隠れた契約者たち」が騒動を起こしてるって聞いたからシルキとキノさんの三人で急いで帰ってきたんだよ。二人は氷河くんたちの所に行ってるけどね」
そういいながらラグは振り返り、未羽と愛琉の頭を手をやった。そして優しく撫でる
「二人共、不利な状況なのによく頑張ったね。あとは僕に任せて、二人は少し休んでて」
「休むって……ラグさん一人に任せるわけにはいかない。ボクたちも……」
「それはダーメ。ここ以外の場所でも、魔法獣の数が多すぎて苦戦してるらしいからね。二人には少しだけど休んでもらって、回復してほしいんだ。このあとの戦いの為に」
「このあとの戦い……」
「そう。僕の言ってる事、二人なら分かってくれるよね?」
ラグの瞳が二人の姿を映す。決して威圧感などはない。純粋な優しさの籠められた瞳。それに安心したからこそ、二人は落ち着き冷静に思考する事が出来た。
今、この街を守る為に行うべき行動。春人たちとの約束を守る為の決断。
未羽も愛琉も頷き、一歩後退する
「……分かったわ。ここはラグさんにお願いする。遠慮なく無双しちゃって」
「ボクも愛琉に同意見だ。ラグさん、あとはお願いするよ」
「うん。任せて」
ラグと未羽、ラグと愛琉が手と手をタッチする。それからラグは警戒している魔法獣に顔を向け、右手を開く
「さぁいくよ、カリバー!!」
現れたのは彼の相棒。ラグが持ち手を握るとエネルギー製の刃が生成され、大剣へと姿を変える。
ブレイクされる魔力ゲージ。
そんな頼もしい彼を、未羽と愛琉は真剣なまなざしで見ていた