第84話 春人VS健次郎
「さぁ、どうした春人!!」
その声はまるで爆発音の様に周囲に響いた。すると、ほぼ同時に春人が地面に着地し、バランスをとって立ち上がる。
身体にはいくつかの傷が出来ていた。
対峙している相手であり、父親でもある存在。水上健次郎。
彼によって付けられたその傷は致命傷ではないが、弥生の不安を掻き立てるには十分なレベルだった
「『ハル!!大丈夫ですか?』」
「あぁ。ダメージは大して受けてない。けどあのパワー、厄介だな」
弥生に軽く返事をしながら、春人が歯をくいしばる。
この戦いが始まって、既に十五分以上が経過している。が、春人はまだ健次郎にまともなダメージを与えられていない。
純粋な実力の差。それを彼は実感していた
「(速度で勝ってるのが唯一の救いか……)」
「おいおい、どうした。俺を止めに来たんじゃないのか?それとも、俺の力を見て止める事は出来ないと諦めたか?」
「諦めるわけ、ないだろ!!」
勢いよく構えられたカリバーから雷撃が放たれた。魔法≪ソニック・イレイザー≫。春人がよく使う魔法なだけに慣れた様子で即座に発動され、そのまま真っ直ぐ飛んでいく。
だが、健次郎拳に魔力を纏わせ殴っただけでそれを消し去った
「良い発射速度だ。けど、俺には通じない。お前だってそれは分かってるだろう?」
「あぁ。だから本命は……こっちだ」
「『≪プラズマ・ショックウェーブ≫です!!』」
間を置くこともなく、今度は雷の波が放たれた。
正面からの攻撃ではあったが、≪ソニック・イレイザー≫を消したばかりということもあって、健次郎の行動にはある程度の制限がかかる。
だから春人はそれが当たると予想した。しかし
「そうか。お前もそれが使えるんだな」
健次郎は嘲笑した。地面を踏みしめ右手を構え、魔力を圧縮していく。
「見せてやろう。≪プラズマ・ショックウェーブ≫」
「なっ!?」
その名前を聞いて、春人が驚愕の表情を浮かべた。一方、右手に圧縮された魔力は電撃へと変換され、雷の波となって地面を駆けていく。
その両方がぶつかり合ったのは、わずか数秒後。足元に飛び散る抉れた土をに帰する事もなく、消滅した技に視線を向けながら、健次郎が口を開く
「お前は俺の息子だ。似ている部分がいくつもある。となれば、同じ技を想像し、使用出来るというのはそう驚くことでもない。もちろん、全てが同じというわけではないだろうがな」
瞬間、健次郎の両手を魔力の光が包み込み、武器が現れた。
全体的なカラーリングは黒で所々に黄色の装飾が施された剣。刀身はカリバーと同じく魔力エネルギーで生成されており、時折、稲光の様なモノが見える。
それが「ただ魔法で作られた即席の武器」でない事は明らかだった。となれば、その剣は彼の―――
「いくぞ、プルートⅡ(セカンド)。≪クロス・ショック・ドライブ≫」
「くっ!!」
刹那、健次郎が宙に飛び、春人に向かって急降下した。
健次郎の前で交差される二本の剣。重力によって生み出されたその重圧を春人は何とか持ちこたえ、防御に成功する。
すると、健次郎は一度剣を弾いて距離を取り、再び剣を構えた
「……≪バルバリック・ブレイバー≫」
「―――っ!?」
それは一瞬のことだった。健次郎は二本の剣を合わせて一つにしたかと思うと、槍で突進するかの様に春人に向かって行く。
驚愕的なのはその速度。≪クロス・ショック・ドライブ≫とは桁違いの突進速度であり、今度は防御するのではなく、受け流すのが精一杯だった。
わずかに態勢を崩しながらも何とか耐え切り、砂煙と共に後方へと駆けて行った健次郎に目を向ける
「ほぅ、ギリギリだがアレを防いだか。手加減をしたつもりはなかったのだがな」
「ハァ……ハァ……。あの速度、≪パトリオット・ブレイバー≫と同じ様な魔法なのか。いや、それよりも父さんが持ってるあの武器は……」
「『間違いなくディレクトリですね』」
「あぁ。だけど、おかしい。どうしてディレクトリを父さんが……?」
「簡単な話さ。決まってるだろ、俺が歴とした魔法師だからだよ」
話が聞こえたらしい健次郎がそう答えた
「えっ……?」
「俺は魔法師だ。だから魔法の事もこのファンタジアの事も知っている。そう、お前が弥生と出会う前からな」
「じゃあ、仕事の事故で死んだっていうのは……」
「あぁ、俺は魔法師として仕事をしている最中に死んだ。魔法犯罪者を追ってる時に、不意を衝かれてな。だから今、俺は生きていない」
「だったら今、目の前にいる父さんは何なんだよ。思現機でも使ってるのか?」
「思現機なんて使ってないさ。まぁその辺りの事は、今はあまり話せないな」
瞬間、健次郎のディレクトリを持った右手が動いた。同時に彼の姿が残像となり、完全に消えた頃には春人の後ろで剣を構えていた。
咄嗟のことだったが春人の身体は反射的に動いた。振り向き、後方に飛んで振り降ろされる斬撃を避ける
「だが、全てを話せないわけじゃない。この戦いで負けた後、お前が普通の人生を歩めるように話せる事はいくつかある」
「……どういう事だよ、それ」
「難しい話じゃない。お前に俺の目的を教え、納得してもらおうってだけさ」
「納得?出来るわけないだろ。理由がどうあれ誰かを傷つけていい事なんてあるわけがない」
「果たして、そうかな?」
「……うっ!?」
刹那、春人は両足に痺れを感じた。それはすぐに治まったが自然と足を崩してしまい、両膝を地面に着ける体勢になっていた。
健次郎はその瞬間≪プラズマ・ショックウェーブ≫を放ち、春人を攻撃した。避ける事も防ぐこともできなかった彼は吹き飛ばされ、地面に転がる
「≪クロス・ショック・ドライブ≫で接近した時に、時限式の麻痺魔法≪ボルト・テッド≫を仕掛けた。効力は薄いが隙を作るには効果的な技だろう」
「くっ!!」
健次郎の説明に春人が歯を食いしばった。
―やはり実力差が圧倒的すぎる―
そう思わざるを得なかった。
辛うじて「リミットバースト」「ライトニング・パトリオットブレイバー」という手札を残してはいるがそれを使ったとしても、状況を変えられるかは分からない。いや、それだけではこの差は埋められない。
そして、彼の視界はすぐに黄色に染まった。
再び放たれた≪プラズマ・ショックウェーブ≫。それは春人の身体を飲み込み、ダメージを与える
「『ハル!?ハル……ハル!?』」
「大丈夫だ、弥生。まだ意識は失ってないよ」
頭の中で響く弥生の声。それに対して春人は笑顔を見せた。だが身体は指先を少し動かせる程度で、ほとんど動けない状態。悔しさで胸を一杯にしながら、春人はカリバーを強く握りしめる。
そんな彼の前に健次郎は立ち、そして右手に持ったディレクトリを消した
「さて、大人しくなった所で話を聞いてもらおうか。少し、長い話だがな」
そう言いながら健次郎は腕を組み、改めて春人に視線を向ける。対して春人は冷や汗をかきながら、言葉だけでも抵抗しようと試みる
「……どうせ身勝手な理由なんだろ?そんなの聞いたって、俺は納得なんかしない」
「身勝手?どうだろうな。確かに俺個人の意志だが、別に悪行というわけでもないさ」
「どういうことだよ……?」
「俺の目的はな、春人。お前と魔法との縁を切る事だ」