第81話 【No.2≪空間転移(ディメンジョン)≫】
「ほらほら!!どうしたの、陽花!!」
「ッ!!」
美加の放つ≪シャドーバレット≫を陽花は右側に飛び込んで避けた。だがすぐに次の影弾が撃ち込まれ、陽花はそれをルミナスで払って打ち消す。
ルミナス自体の強度はあまり高くないが、衝突部分に魔力を集めれば何とか無効に出来た。
それを最後に止まった攻撃。陽花は呼吸を整えながら、立ち上がった
「攻撃、してこないの?しないなら、こっちからどんどん攻撃しちゃうよ!!≪ナイトメア・カノン≫!!」
美加は片手を陽花に向け、影の砲弾を放った。バレットの何倍も大きな攻撃。
さすがに打撃で打ち消す事は出来ず、避けたとしても小規模な爆発によってダメージを受けてしまうだろう。そうなれば対処方法は限られてくる
「ゲージブレイク、≪ハイドロキャノン≫!!」
ゲージのブレイクとほぼ同時に水の砲弾が放たれた。
両者の砲弾がぶつかり合い、魔力の多く注ぎ込まれた≪ハイドロキャノン≫が≪ナイトメア・カノン≫を突破する。
その先にあるのは美加の姿。だが、彼女は杖を出現させ冷静にカードを読み込ませた。
彼女の右手が迫る水砲弾に向けられる
「ふふ、≪ブラック・グラビティ≫!!」
現れたのは影の渦。それは水砲弾を跡形もなく飲み込んでいく。
その後景に陽花は眉をひそめた。役目を終えた杖は影へ姿を変え、音もなく空中に消えていく。
≪ブラック・グラビティ≫―――ファンタジア学園で研究され禁断魔法とまで呼ばれたそれは、戦いの劣勢をガラりと変えていた。
空間に歪を発生させ、意図的に小型ブラックホールを作り出す魔法。
事前に得ていた情報は本当にただの知識でしかなかった。実際に目の前にしてみれば対抗策などなかなか思いつかない。加えて美加は威力を持った魔法も躊躇いなく放ち、攻撃を仕掛けてくる。
となれば―――
「(美加の攻撃に上手く対処しながら色々仕掛けてみて、対抗策を編み出していくしかないかな……)」
陽花が一度深く呼吸をした。美加に疲労している様子はほとんどなく、陽花を見て笑みを浮かべている
「この杖ってね、カードをロードする為に即席で作ってるんだ。だから一応、私のディレクトリ。まぁ能力はカードの読み取りしかできないからディレクトリって呼んでいいのか分からないけどね」
「……」
「どうしたの、話す余裕が無くなっちゃった?だったら……もっともっと追い込んであげる!!≪シャドーバレット≫!!」
「……≪バブルスプラッシュ≫!!」
美加の放った攻撃を陽花が泡を使って防御する。そして完全に防御しきった瞬間、ルミナスのゲージが光を放ち破裂した
「≪グラビティ≫!!」
「うわっと!?」
陽花がルミナスを向けると美加の周囲の重力が一気に強くなった。その結果、美加は地面に膝をつけ、苦笑いを浮かべている
「≪グラビティ≫……ったく、厄介な技だね。まぁこれは受けておくけど……」
「≪クリスタルパージェスト≫!!」
「そっちは受けてあげられないかな」
美加が再びカードロードし、小型ブラックホールを発生させる。つい数分前と同じように吸い込まれていく結晶たち。それらを構成していた魔力が虚しく宙に消えていく
「無駄だよ。陽花の攻撃は全てこの≪ブラック・グラビティ≫が飲み込んでくれる」
「だったら……ッ!!」
笑みを浮かべる美加。それに対して陽花はゲージを二つブレイクした。すると、美加の周囲に水の球体が三つ現れ浮遊する
「これは……?」
「≪ウォータースフィア≫発射!!」
陽花が指を鳴らすと球体が発光した。それから水の光線が放たれる。三方向からの攻撃。それらが自身に迫る中、美加は嘲笑した
「へぇ……でも甘いね、陽花!!≪シャドウ・イリュージョン≫!!」
瞬間、美加の姿が影の中に消えた。攻撃対象を見失った光線は衝突し合って消滅する
「≪ブラック・グラビティ≫は一つしか発生させられない。なら、多方向から攻撃すればダメージが通ると思った?残念、私にはそれ以外にも「避ける」って選択肢があるんだよ」
陽花の後方から聞こえる声。言いながら美加は満足気な表情を見せた。
≪ブラック・グラビティ≫発動以降、陽花の攻撃は届いていない。加えて≪シャドウ・イリュージョン≫の回避性能まであるのだ。魔法弾などを使う遠距離戦が得意な陽花にとって相性の悪い相手である事は間違いなく、圧倒されているのも事実だった。
だが、陽花は冷静な顔をしていた。挑発的な言葉に反応を示さない。
彼女はこれまで収集した情報を整理していた。情報を組み合わせて、美加の使う魔法―――主に≪ブラック・グラビティ≫と≪シャドウ・イリュージョン≫の特徴を分析し、対抗策を考える
「黙っちゃって……それじゃ面白くないでしょ!!」
「『陽花、くるよ』」
「うん……!!」
美加の動きに反応しリクが声をかける。
コネクト中、パートナ同士の思考は共有と非共有とに分ける事が出来る。もちろん共有していれば意識は思考に集中し、周囲の状況を把握できなくなってしまう。そこで現状、陽花が思考しリクが状況把握を行っているのだ。
声に反応した陽花は美加の放った≪シャドーバレット≫を後方に飛んで回避する
「ほらほら、そんな甘い回避じゃ……避けきれないよっ!!」
「ッ!!」
追加で放たれた五つの≪シャドーバレット≫。その瞬間、陽花はルミナスのゲージを一つブレイクする
「(この状況じゃ全部を≪グラビティ≫で狙えない……。だったら!!)」
陽花はルミナスを強く握って振り下した。一、二発目を打撃よって破壊し、三発目は右側に飛ぶことで回避。残った四発目と五発目は≪グラビティ≫を使って地面に叩きつけ爆発させる。
しかし
「……まだだよ」
美加は陽花がノーダメージで済ませることを計算に入れていた。爆煙が少し薄くなってきたその瞬間、陽花の足元に魔法陣が描かれ光を放ち始める。
一方の陽花は着地したばかりだった。すぐに反応して動けば回避に間に合ったかもしれないが、陽花にその様子はない。
きっと、避けられない。
そう確信した美加は嘲笑しながら右手を振った
「≪ナイトメア・フィールド≫!!」
刹那、魔法陣を中心に黒い膜が発生した。それは瞬く間に大きくなり、辺りの空間を包み込む。大きさは決して大きいとは言えないが、それでも大人が二、三人が入るほどの規模だ。内部では黒い霧が漂っている
「ふふ、≪ナイトメア・フィールド≫。対象者を内部に閉じ込めてダメージを与える魔法。ダメージの総量はそこまで大きくないけど、結界系の魔法だから中に閉じ込められれば脱出までの時間はダメージを受ける事になる」
「そっか、美加はそんな魔法まで使えるんだね」
「……ハァ。絶対、ダメージ受けてると思ったんだけどなぁ」
ため息を吐きつつ、美加が後方に視線を向けた。そこにいるのは今≪ナイトメア・フィールド≫の中にいるはずの陽花。彼女は少し息を切らしながらも、確かにそこに立っていた
「ダメージなら受けてるよ。咄嗟の事で反応が遅れちゃったから一、二秒分のダメージなら受けてる」
「言ったでしょ。総量は大きくないって。たった一、二秒じゃ少し気分が悪くなる程度だよ。……それで、どうやって脱出したの?アレって結界系だから、膜を壊すか私が解除しないと出られないはずなんだけど?」
「それ以外にも出られる方法はあるよ。膜を壊さずに結界から抜ける方法。美加なら分かるでしょ?」
「ん……。あぁ、なるほどね。空間移動系魔法。それなら特殊な結界じゃない限り、膜を破壊せずに他の場所に移動―――脱出する事が出来る……か」
美加は攻撃が当たらなかった事を悔しむ様子もなく微笑した
「へぇ、それが陽花の切り札……陽花の霊技なんだね」
「それは違うよ、美加。これは私だけの霊技じゃない」
「えっ……?」
「(ねぇ、リク?)」
「『(うんっ!!)』」
陽花がルミナスを両手で構え力を込める。瞬間、強まった光が収縮しゲージが二つブレイクされた。
纏う魔力が一気に増加し、代わりに紫水晶が光を放ち始める。
そして彼女は―――言った
「私と私のパートナー「リク」の霊技……【No.2≪空間転移≫】だよ」