第79話 隠れた契約者との対峙
「≪フリージング・ハイウォール≫!! 今だ。行け、姫宮!!」
「はいっ!! ≪アイアン・スラッシャー≫!!」
魔法獣の突進攻撃を氷河の氷璧が防御した。刹那、魔法獣の身体が後方へ弾かれ、僅かな隙が生まれる。その瞬間、ゆずの右手のグングニールが鋼の力を纏って振り降ろされた。
対象はバランスを崩し、回避行動のとれない魔法獣。その狙い通り攻撃は命中し彼らは大きなダメージを受ける。
すると、耐え切れなかったのだろうか。その身体を維持することが出来ないようになり、元の純粋な魔力へと戻ってしまった。
宙に舞い散る星々の様な魔力を視界に捉えつつ、氷河とゆずが魔法を解除する
「いいタイミングでの攻撃だった。さすがだな、姫宮」
「氷河さんの防御こそ、高い性能じゃないですか。あの衝撃を完全に受け止めるなんてすごいですよ」
「ふっ、あれくらいは当然だ。以前受けた水上の≪パトリオット・ブレイバー≫や良太の突進技ほどじゃない」
「なるほど。もっと高いレベルの同系統攻撃を見てきたからこその性能、ってわけですか」
ディレクトリを構え直しながら微笑むゆず。そんな彼女に、氷河も同様の顔をして返す。
しかし、それは数秒の事だった。すぐさま背後に黒い影が現れ、咆哮と共に二人に襲い掛かる。
その数は全部で三匹。距離が徐々に縮まり、爪を使った切り裂き攻撃が命中しようとした。
が、三匹の動きは、あと少しという所で停止した。その身体は凍てつき、まるで氷の像の様に宙に浮いている
「甘いな。氷結の槍柱≪アイス・スピアレス≫だ。会話を交わしているからと言って油断している訳ではない。大人しく、元の姿へと……還れ」
氷河がパチンと指を鳴らすと氷が砕け散り、魔法獣の姿が元の魔力へと戻っていった。
彼はそれを気に留めず、ゆっくりと空を見上げる。暗く漆黒に染まったそこには、いくつかの星が輝いていた
「……アイツらは、もう戦闘を始めているだろうか?」
「かも知れませんね。もしかして氷河さん、心配ですか?」
「そういうわけじゃない。が、全くしていないと言えば嘘になるな。なんせ、あの場に向かったのは俺達の仲間なのだ。気に掛けていても、おかしくはないだろう?」
「そうですね。でも、きっと大丈夫ですよ。三人共負けるはずがありません。だってほら、氷河さんの言う通り私たちの「仲間」ですから。それに未羽さんや愛琉さんも一緒なんです。もちろん三人の戦いに手を出すことは無いと思いますけど、道中のサポートならしてくれるはずです」
「そうだな。では俺達は、アイツら帰ってくるべき場所を守護するとするか」
「はいっ!!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「てやぁぁぁっ!!」
未羽のマーティが魔法獣を切り裂いた。一気に分散し魔力へと戻ったそれは、彼女の視界から消える。
しかしその奥には、獣の身体を持った新たなそれが待ち構えていた。獣は魔力が完全に分散されたタイミングで足に力を込め、一気に未羽に襲い掛かろうとする。
だが、その身体には即座に衝撃が走り、動きが止まる。それから間もなく姿を元々の魔力へと変え、空気中に消えていった
「ありがとう、愛琉。助かったよ」
「いいのよ、これぐらい。それよりどうするの? コイツら、倒しても倒してもキリがないわよ?」
「それでも今はひたすら倒すしかないよ。魔法獣は無限に生まれてくるわけじゃない。倒していれば必ず終わりは来るはずだよ。まぁ、一掃すれば一気に終わりに近づくと思うけど、まだキミの「アレ」を使うわけにもいかないだろう?」
「まぁ、確かに。アレはなるべく温存したいところ……ねっ!!」
苦笑した愛琉が銃口を構えた。その先にあるのは地面から生える様に生まれてくる魔法獣たち。
それに狙いを定めて、そして
「―――ッ!!」
彼女は引き金を引き、弾丸を放った。それが弾けて爆発し、魔法獣にダメージを与える。その瞬間、未羽と愛琉はそれぞれ逆の方向に向かって走り出した。
それから一度止まり、周囲の魔法獣にディレクトリを構え、魔法の発動準備をする
「……≪スプリテッド・ガン≫!!」
愛琉の声と同時に、純粋な魔力弾を撃ち込む魔法が発動した。それは数秒間に渡って放たれ続け、次々と魔法獣を消し去っていく。
だが、愛琉の動きが止まる事は無い。バックステップで少し距離を取り、その隙に周囲の状況を確認する
「(右に三体、左に二体。後ろに四体ってところかしら。だったら……ッ!!)」
思考しながら愛琉はゲージを一つブレイクした。その途端、ガラティの先端が回転し独特の機械音が鳴り始める。
再び、狙いを定める愛琉。そして一、二秒も経たない間に持ち手のトリガーに力が籠められ、次の魔法が発動した
「≪スプリテッド・ガトリング≫!!」
刹那、高速回転する部分から続々と魔弾が放たれた。彼女はその場で一回転し、周囲の魔法獣に次々とダメージを与えていく。
一発一発の威力は劣るものの、その連射性能は≪スプリテッド・ガン≫の比ではない。単発の威力より撃ち数を重視した魔法、それがこの「ガトリング」なのだ。
数秒後、周囲の魔法獣をほぼ片づけると今度は右手に持ったガラティのその銃口を空へと向けた。
その先にあったのは、ガトリングを空中に飛ぶ事で回避し、愛琉の隙を狙っていた二匹の魔法獣だ
「甘いのよ!! ≪バレッドレイン≫!!」
放たれ光線へと変わった魔力は、変則的な軌道を描きながら魔法獣の元へと向かって行く。
空中では魔法獣側に回避の手段は無い。
いくつもの光線が命中し、小さな爆発を起こした。その煙の中に獣の姿は見当たらない。それを確認すると、愛琉は思わず息を切らした
「ハァ……ハァ……」
「疲れている様だね、愛琉」
「……えぇ。けどそれは未羽、アンタもでしょ?」
「まぁ、そうだね」
背中合わせになった未羽が苦笑する。威勢よく質問をそのまま返した愛琉だが、彼女も内心で同じ反応を見せていた。
未羽と愛琉は春人、陽花、良太の霊技修行の相手をしていただけではない。修行が終われば、彼らの成長度合いを記録し、次に何をさせる必要があるか彼女達なりに考えていたのだ。それは毎日夜遅くまで続き、睡眠もまともに取れているとは言えない。
だから、今の状態は万全ではない。むしろ、調子は悪い方だ。それは、彼女達自身も理解していた。
しかしそれでも二人は、苦笑を少々無理やり微笑に変える
「未羽、頑張りましょ。ここを……あの子たちが返ってくる場所を、何としても守るのよ」
「ふふ、もちろんさ」
その瞬間、銃器と剣が構えられる音が響いた
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
同時刻、良太は前へ前へと足を進めていた。広がるのは荒野の様な景色。といっても、所々に僅かだが草木が生えており、酷く荒れているという印象は無い。
「……やけに静かね」
「あぁ。いかにもボス戦って感じがするぜ」
良太にしては珍しく緊張感の籠った笑いを見せる。
街門を走って突破し、その先で春人や陽花と別れて数分が経過していた。目の前に見える光は徐々にその強さを増していき、着実に近づいている事を実感させている。
そして
「あれは……。良太」
「分かってる、大丈夫だ。ちゃんとケリ、つけてやるぜ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
陽花は光の発生源を見つけた。そこにいるのは見覚えのある人物。今、この状況で、見間違えるわけもない
「やっぱり、来たんだ。陽花」
陽花の登場に驚く事も無く、少女は振り向いてみせた。やはり間違いない。彼女は陽花の友人であり、探していた人物。
そう―――
「結構、早かったね。私はてっきり、もう少し時間がかかるかと思ってたよ」
「美加……」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「父さん……」
春人の声が何もないその場に響いた。それに反応した男はゆっくりと振り返り、落ち着いた視線を春人に向ける。
水上健次郎。春人にとって父親であり、同時にこれから戦闘を行うであろう彼は、とても落ち着いた雰囲気を放っていた
「春人か。よくここまで来たな。街の周囲では魔法獣が暴走しているはずだが……あれはどうした?」
「友達や先輩……俺の仲間たちが戦ってくれてる。あれは、父さんがやったのか?」
「まさか。俺に魔法獣を生み出す魔法は使えない。ただ、ファンタジア市街の周辺で魔法獣が動きを見せていたからな。暴走する可能性が高いのは目に見えていたよ」
健次郎がフッと静かに微笑した
「それで、お前はここに何をしに来た?」
「決まってるだろ。父さんを止めに来たんだ。それに聞かなきゃいけない事も沢山あるからな。それを聞きに来たって事もある」
姿を消していたカリバーを呼び出し、右手で強く握りしめる。その意志に反応して、刀身に光が込められた。
それは、魔力の注ぎ込まれた証。薄暗い空間を切り裂くかのような閃光がいくつも放たれている
「父さん、ここで一体何をやってるんだ?」
「……お前には関係のない話しさ」
「それが関係あるんだよ。どうして死んだはずの父さんが生きているのか。どうして、このファンタジアにいるのか。そして、どうして……俺達と敵対してるのか。その全部を答えてもらわないと困るんだ。ファンタジア学園の特待生として、父さんの息子として」
「……そうか。だったら、力づくで聞いてみるといい。そこの「弥生」とリンクコネクトしてるって事は、それなりの準備をしてきたんだろう?」
「っ!? な、なんで、父さんが弥生の事を知ってるんだよ……?」
「おぉっと、これは喋り過ぎたか。だが春人、そんな事を気にしてる余裕はきっと無くなると思うぜ」
驚く春人に再び微笑し、健次郎が掌に魔力を注ぎ込む。それを見て春人は慌ててカリバーを構え直した。
彼が感じたのは強者独特の波動。油断していればすぐにでも倒されてしまう事を、春人は感覚的に察知していた。
「さぁ、俺を止めに来たんだろう? 出来るもんならやってみろ。お前の想像が、俺に届くならな」