第72話 未羽の実力
空には小さな雲がいくつか浮いていた。殆どが青色で雨雲は訪れる気配すら感じられない。きっと夜には、星が綺麗に見えるだろう。
そんないい天気の中フィールドに立った二人を俺達は少し離れた位置から見守る。
先に言葉を口にした余裕そうな表情を浮かべる「未羽」だった
「さぁ良太くん、始めようか。そちらの先手でどうぞ」
「おいおい、掛け声ありのカウントダウン式じゃなくていいのか? 俺に先攻を譲る事でワンターンキル、やっちまうかも知れないぜ?」
「構わないよ、やってみるといいさ。ボクを相手にして出来るのなら……だけどね」
「へっ、言ってくれるな」
腰を低くし、良太がアロンダイトを構えた。一方の未羽は笑みを浮かべたままディレクトリを一振りして、彼が動くのを待っている。
「ワンターンキル」、それは魔法バトルで使われる俗称の一つだ。
先攻後攻、互いの初撃で相手を倒す事を指す言葉。その難しさから滅多に起こるような事ではない。だから今、良太が言ったそれは未羽に対する軽い「挑発」なのは明らかだった。
そしてそれを彼女は笑って了解した。「出来るものなら」と付け加えて。つまりそれは、彼女に余裕がある事を意味しているわけだ。
それを分かっているから、良太の顔が苦笑から真剣なモノへと変わっていく
「……いくぜ、≪ハイ・アクセル≫!!」
「ッ!!」
良太が魔法を発動し地面を蹴り上げた。それは戦い開始の合図。彼はすぐに距離を詰め、未羽の前に現れる。
振り上げられる良太のアロンダイト。しかしその時には既に未羽がバックステップで一歩後方へ下がり、回避の態勢に入っている
「ちっ、だったら!!」
それを察した良太はアロンダイトを振り上げたまま、ゲージを一つブレイクした。刀身が追加の魔力を帯び、赤く発光する。
そして
「≪プロミネンス・レーザー≫!!」
「へぇ、―――ッ!!」
熱を含んだ紅の光線が放たれた。しかし未羽は手に持ったディレクトリの刃でそれを切り裂き、攻撃を無力化する
「げっ、マジかよ!?」
驚く良太も同様にバックステップで後方へ移動し、今度は彼女と距離を取る。それからアロンダイトを肩に乗せ、更にゲージをブレイクした
「ボクのバックステップに合わせて届く攻撃に切り替えてきたか。なるほど、いい判断力を持ってるんだね」
「そりゃ、どうも……ッ!!」
言い終わると同時に良太が再び走り出した。それに合わせて未羽がディレクトリを握りしめ、応戦態勢に入る。
彼女の手にあるのは「マーティカルソード」という名前の剣型ディレクトリだ。刀身は鉄製で、長さはロングソード並みに長いが、横幅はあまりなく俺の持つカリバーⅡのような「大剣」とは言えない。他の特徴は、手元にある素手を護るための円形の装備。付近にあるゲージは「八個」と良太より三つ多い。
そんな「各上」と言える相手にアイツはどう挑むつもりなんだろうか。そう考えたその時、彼はさっきとは違う動きを見せた
「鈴!!」
「『えぇっ!!』」
未羽の数メートル前まで接近した良太が宙に跳んだ。背中に構えたアロンダイト。その刃が火炎を帯び、渦巻いている
「また、≪プロミネンス・レーザー≫かい? 悪いけど、ボクにあれは効かないよ」
「あぁ、だから変えるさ。今度は「数」で勝負だ」
良太がアロンダイトを未羽に向けるとその剣先に赤いコアが現れた。それはすぐに発光し、魔法発動の準備が出来ている事を示している
「数って……」
「いけっ、≪マグマ・ショット≫!!」
未羽の言い終わらないうちに、コアから複数の球が放たれた。大きさや色はコアとほぼ同等。合計四つのそれが未羽に向かって降り注がれる。
しかし、彼女は冷静さを崩さない。構えていたマーティカルソードを操り、一つ目の球体を見事に切って見せる。
威力を失った良太の攻撃。しかしそれは切られた直後、爆発を起こし辺りを黒い煙で覆った
「―――くっ!!」
余裕の削がれた未羽の声。その後、見えなくなった黒い煙の中で三回の爆発音が聞こえる。攻撃を全て切って無効化したのだろうか。となれば、攻撃を仕掛けた良太は一体……。
そう思った瞬間
「≪クリムゾン・パニッシャー≫!!」
直前の爆発音よりも激しい轟音が響き渡り、視界を遮っていた黒煙を吹き飛ばした。
目を向けてみると、良太は地面に着地しており、地面は大きく抉れている。相当な威力だったのは間違いない。
だが、そこに未羽の姿は無かった。良太もそれが分かっているからか悔しそうに歯を食いしばっている。
避けられたのか? そう思い辺りを見渡すと少し離れた位置から、聞き覚えのある声が響き渡った
「へぇ、すごい威力だね≪クリムゾン・パニッシャー≫。あれは少々のバックステップじゃ避けきれないし、ボクのマーティじゃ防ぎきれない」
「……なるほど。だからお前は「飛んだ」のか」
「えっ……?」
俺は良太の言葉に思わず驚愕の声を漏らした。未羽は微笑み、小さく何かを呟き始める。すると彼女の背中に魔力が集まり、形が形成していった。
それは氷の―――翼だ
「よく分かったね。あの一瞬でこれの発動を見るなんて。案外、状況を把握してるじゃないか」
「たまたま見えたんだよ。それに俺が見逃しても、鈴がバッチリ見ていてくれる。んで、ソイツは何だ? 見た目の通り……羽か?」
「その通り。魔法≪残氷の翼≫によって作られたボクの翼さ。まぁ正直、羽と言ってもらっても構わないけどね」
彼女は背中の翼を一度、羽ばたかせてそう言った。その後、それは小さな氷の粒となって宙に消えていく
「だけどこれは、本当に空を飛べるわけじゃない。一時的な飛行を可能にするだけ。それに魔力の消費量もかなり多くてね。だから今は飛躍するために使わせてもらったよ」
「なるほど、そりゃ厄介な技だな。けど未羽、お前一つ見落としてる事があるぜ?」
「見落とし?」
「あぁ。マーティカルソードを見てみろよ」
良太に言われた未羽がマーティカルソードに目を向けた。
すると、その刀身にはいくつものヒビが入り、ボロボロになっている。恐らくあと数回、攻撃や防御に使えば破損してしまうだろう。
それは使用者である未羽も分かっているらしく「うんうん」と小さく頷きながら反応した
「あぁ、キミの攻撃を切り続けたらこんな風になってしまった事か。恐らく、あと数回したらこの形を維持できなくなってしまうだろうね」
「ディレクトリは少々パーツが破壊されても魔力を使って修理する事で元に戻る。だが、その修理にはそれなりに時間がかかるはずだ。少なくとも、戦いの最中に修理するのは無理だと思うぜ?」
「……なるほど。これでボクは今、不利な状況になってしまったっていう事だね」
「フフ、そういう……事だ!!」
「『……ってアンタ。それって未羽が攻撃を剣で防いでくれたから起こった偶然であって、別に狙ったわけじゃないでしょ? それをまるで狙い通りみたいに……』」
「う、うるせぇ!! 結果オーライってヤツだよ、結果オーライ」
鈴が何かしらのツッコミを入れられたのか、良太がその場で騒ぎ始める。そんな彼を見て、未羽は不敵な笑みを浮かべた
「けれど良太くん、ボクのマーティはまだ数回もつよ? まだキミの勝ちじゃない」
「そうだな。それじゃあ……決めさせてもらうぜ」
良太がアロンダイトを未羽に向けた。その刃が炎に包まれ≪プロミネンス・レーザ―≫発動時と同じ状態へと変わる。更にブレイクされる二つのゲージ。
しかし、未羽の表情が変わる事は無かった。それどころか、良太の攻撃を待っているかの様にも見える。
まさか―――まさか何か策を残しているのだろうか。そう考えた時にはもう、彼は魔法を発動していた
「≪コロナミック・プロミネンスレーザ―≫!!」
≪プロミネンス・レーザ―≫の強化版であろう魔法が良太の宣言を合図に放たれた。光線となった灼熱は元となった技より若干遅めながらも、真っ直ぐ攻撃対象である「未羽」に向かっていく。
しかしそんな状況でありながら、彼女は避ける姿勢を見せなかった。落ち着いた瞳で迫る魔法を見つめている。
そして、攻撃が直撃した
と、思った瞬間
「なっ……」
良太が唖然とした。驚きのあまり彼の身体が動くことなく数秒の時を経て、その背後で爆発が発生する。
反応したのは彼だけではない。見ている観客側の俺達も驚愕したり眉をひそめたりしている。唯一、愛琉だけは得意げな笑みを浮かべていた
「い、今のは……」
未羽に直撃する瞬間、彼女の前に「クリスタル」の様な物体が現れ、輝くと共に攻撃を吸収し、直進方向を変えたのだ。
そう、それは言うなれば
「俺の攻撃が……反射された……?」
絞り出したような良太の声。それに対して
「そう。これがボクの「霊技」【No.11 氷結反射】だよ」
彼女はそう言って、優しく微笑んだ




