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お化け少女と契約《エンゲージ》  作者: 探偵コアラ
お化け少女と契約《エンゲージ》Ⅱ
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第70話 戦う覚悟

 陽花さんを見つけたのは、走り出して数分後の事だった。彼女は校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下から学園周辺の景色を眺めている。

 どこか寂しげな表情。それを目にした俺の身体は自然と前に進み、彼女との距離が縮んで行った。


 そして



「ここに居たんですね、陽花さん」


「ハルくん……」



 こちらを見た陽花さんは少し驚いた表情をしていた。

 しかし、その場から動く事は無く「見つかっちゃったね」と冗談混じりに言いながら、笑みを浮かべる。

 声色から察するに元気は無い様だが、話す事は出来そうだった



「どうしたの、こんな所に。もしかして、ハルくんも外の景色を見たくなっちゃった……とか?」


「違いますよ。陽花さんが心配で追いかけてきたんです」


「心配で追いかけてきたって……。もうハルくんったら、ストレート過ぎだよ」


「うっ、言われてみればそうですね。すいません……。っと、忘れてた」


「ん?」



 苦笑しながら言う陽花さんに謝りつつ、俺は上着のポケットに手を入れる。それから一個の缶を取出して、陽花さんに差し出した



「これは?」


「途中で買ったブラウンの缶コーヒーです。前に氷河に関して相談に乗ってもらった時に、陽花さん、ブラウンのコーヒー飲んでたじゃないですか。だから好きなのかなって思って。俺からの奢りです」


「ハルくん……。でもこれ、コーヒーじゃなくてココアって書いてあるよ?」


「えっ!?コ、ココア!?」



 陽花さんの言葉を聞いて、俺は慌てて缶に視線を向けた。

 実はコーヒーを買う際に、ココアも一緒に買っていたのだ。何となくついで買いしたモノだったわけだが、まさか間違って出してしまう事になるとは。

 「予め分けておくんだったな……」

 なんて事を思いながら、商品名を確認する。そこには「ココア」の文字が―――


 いや、違う。一瞬驚いたが、そこには間違いなく「ブラウンコーヒー」の文字がある



「えーっと、陽花さん? これ、ちゃんとコーヒーって書いてあるんですけど……。もしかして……」


「ふふ、正解。冗談だよ。ハルくんったら、困っちゃって可愛いなぁ」


「……ハァ。とにかく、飲んでください。せっかくホットを買ったのに冷めちゃいますから」


「うん。それじゃあ、ありがたく頂くね」



 イタズラな笑みを浮かべながら、彼女は缶を開けた。ゆっくりと昇っていく湯気。温かさの残っているであろうそれを一口飲むと、彼女は「うん、美味しい」と言いながら外の景色に目を向ける。

 空に雲は殆ど無い。夕日が輝きを放ち、建物や道、木々がオレンジ色に染まっている。とても綺麗な後景だった。

 しかしそれを見つめる陽花さんの表情は曇っている



「やっぱり、良太の意見には納得出来ませんか?」


「えっ……?」


「美加さん達と戦って、止めるって話しですよ。陽花さんはその意見に納得してないんですよね?」


「それは……」



 突然の事だったからか、陽花さんが言葉を詰まらせた。それから頷き、小さな言葉で返事をしてくれる



「そうだね、今の状態じゃ納得は出来ない。私にもね、止めたいって気持ちはあるんだ。それにあの時の美加は少し性格が変わっていたから、その辺の事も詳しく聞きたいって思う。でもね、それでも私は戦う事に賛成出来ない」


「それは覚悟がないから、ですか?」



 陽花さんが再び頷いた



「私、美加と戦うことに怯えてる。これが心の問題で、早く受け入れなきゃいけない事は分かってるんだ。今の状況を受け入れなきゃいけないのはもう十分に分かってる。けど、それでも私は怖い。何のために、この恐怖を乗り越えて戦えばいいか分からない。だから、覚悟が決められない」


「……」


「ごめんね。結局、私の心が弱いんだ」



 彼女は申し訳なさそうに言った。

 それはとても弱々しくして、今にも消えそうな声。もしかすると、初めて聞いた陽花さんの弱音だったかもしれない。

 そんな彼女の言葉を聞いて、俺はふと前に弥生が言っていた事を思い出した



「見える世界が……違う」


「えっ……?」


「少し前、氷河に関して悩んでいる時に、弥生が掛けてくれた言葉です。それぞれに見える世界を、それぞれが見て何かに気付く。そうやって自分の見える世界を広げて、理解して、友達になっていく。アイツはそう言ってました」


「見える、世界……」


「そうです。確かに、親しい人とぶつかり合うのはすごく辛いと思います。でも、ぶつかり合うからこそ、見えるモノもあるかも知れない。戦うからこそ、分かる事があるかも知れない。そう思いませんか?」


「ハルくん……」


「……なんて言っても、俺も父さんの名前を出されてまだ混乱してるから、本当なら人の事言える立場じゃないんですけど……。でもそう考えたら、俺は納得出来ました。何も分からないから、今はぶつかってみる。単純ですけど、それじゃダメ……ですか?」



 俺の言葉に説得力があるかどうかは分からなかった。本来であれば、少しでも元気づける為にもっと気の利いた事を言うべきだったのかも知れない。

 けれど俺だって混乱してるし、不安だってある。そんな心境で言えたのは、この素直な気持ちだった。 果たして上手く伝わっているのだろうか。そんな事を思いながら、陽花さんの第一声を待つ。


 そして



「そう……だよね。ぶつからなきゃ、戦わなきゃ分からない事だってあるよね」



 彼女は小さく呟き、こちらを見た。その表情はさっきと違って笑っていて。目の前にはいつもの陽花さんがいる



「ありがと、ハルくん。私、勇気と戦う意味をもらったよ。まだ少し怯えてるけど、でも私はあの子の見ている世界を知りたい。私の見ている世界をあの子に知って欲しい。今なら、さっきよりも強くそう思える」


「陽花さん……」


「それにね、この怯える気持ちも消す必要はないと思えるんだ。この気持ちも含めて私の覚悟だと思う。だからハルくん、私も一緒に戦うよ。もう大丈夫。本当に、ありがとう」



 そう言って陽花さんが微笑む。


 照らす綺麗な夕日。吹き抜けていく心地よい風。

 

 それはまるで、彼女の決意を祝っている様だった



☆     ☆     ☆     ☆     ☆



 あれから俺と陽花さんは研究室に戻った。室内では暗い空気が渦巻いていたが、陽花さんと良太が和解した事で一気に変化を見せ、今では少し明るい雰囲気になっている。

 その場の全員が少しでも前に進めた影響だろうか。悲しい現状は変わってはいないが、そういう部分では嬉しさを感じる



「では、水上と紫乃原先輩、そして良太が戦闘を行うという事だが……実力的な問題はどうなのだ? 戦って勝てそうなのか?」


「えっ? えっと、それは……」



 良太の一言に俺は思考を巡らせた。

 甦るのは美加さんとの戦い。正直あの時の俺は、彼女の掌の上で踊らされていたと思う。

 俺が戦うのは恐らくいるのであろう父さんだが、その実力は美加さんや望月さんと同等と考えておいた方がいい。

 つまり、現状だと圧倒できる実力ではないという答えにたどり着く。


 それは陽花さんも同じだった様で



「少し戦っただけだから詳しくは分からないけど、有利ではないだろうね。美加達はまだ何か隠し持ってる感じだったし。私たちも何か秘策を持って戦いたい、かな」


「なるほど、「隠し持ってる」ですか。冷静な判断。流石です、紫乃原先輩」


「ありがと、氷河くん。けどその反応、もしかして何かあったの?」


「えぇ、あったんですよ。姫宮、頼む」



 氷河の視線にゆずが頷いた。それから俺達を見て、話し始める



「実は先ほど、学園に保管してあった「カード」が盗まれている事が分かりました」


「カード? それに魔法って入ってたのか?」


「はい、入っていました。しかもレプリカではなくオリジナルです。魔法名は≪ブラック・グラビティ≫」


「≪ブラック・グラビティ≫……黒い、重力?」


「そりゃまた単純な名前だな」


「正確には漆黒の重力です。空間に歪を起こして、小さなブラックホールを発生させる魔法。未完成で危険な事もあって、学園でも情報の流出を抑えていた禁断魔法と呼ばれる魔法の一つのです」


「禁断魔法……。そんな魔法が入ったカードが無くなっているのか?」


「あぁ。恐らく、この前の襲撃事件の際に盗まれたのだろうな。ここで怪しいのはノワールだが、当時、研究者集団から姿を消した者は一人もいなかった。よって、抜け出してカードを盗むのはまず不可能だ」


「じゃあ、カードを盗んだのは……」


「天川たちの可能性が高いだろうな。状況を聞くと、望月が後から姿を見せたという事は、それまでの間に盗んでいた可能性は十分にある。つまり、紫乃原の言っていた「隠し玉」が奴らにはちゃんとあるってわけだ。面倒なことにな」



 先生が「ハァ」とため息をつく。しかしそれから、沈黙が訪れる事は無かった



「だが、お前らは戦うんだろう? だったら簡単な話しだ。こっちも隠し玉を用意すればいい」


「隠し玉を……用意?」


「そうだ。その為に面倒だが、手を打っておいた。これから始めるのは修業だ」


「修行? って事は、呼んだのはラグさん達ですか?」


「いいや、違う。今あの人達は天川達の居場所を探して忙しい。だから今回呼んだのは……」



 彼は珍しくニヤリと笑って言った



「ラグさん達の友人だ」



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