第69話 悲しみの再会
数日後、異変は一気に姿を消していた。破損した校舎は魔法によって大方修復され、授業通常通り行われている。
中には休校を期待したヤツらもいたらしいが、被害を受けのは一部の教室だけだ。となれば、普段通りの授業でも文句は言えないだろう
「ノワール」の襲撃。沼島先生によると、学園に侵入した際の彼は、高度な変装魔法を使ってセキュリティを突破していたそうだ。だから怪しまれず、学園内に侵入する事が出来た。
その影響を受けてあの日以降、更に強力な察知結界魔法を学園内に張っている様だが反応は全くないらしい
また、ノワールとの戦闘で負傷した良太と氷河はあの後、すぐに目を覚ました。幸いな事に、両者とも軽いかすり傷で済んでいるので、今では殆ど治っているとの事だった
一見、問題の無いように見える日常。普通ならそう感じ取っていいのかも知れない。
しかし、俺達は違う。変化は、確実に訪れていた
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「それ……マジなのか?」
信じられない。そんな感情の込められた一言が良太の口から放たれた。その正面にいる俺は頷き、彼と視線を合わせる。
放課後、俺達はゆずの研究室に集まっていた。メンバーは特待生5人とオバケの3人、それと沼島先生。それぞれが適当な椅子に座り、真剣な顔をしている。
集まった理由はもちろん、この間の美加さんや望月さんに関しての報告だ
「あぁ、本当だ。俺達はあの場所で望月って人に会った。すぐどこかに移動したから戦っては無いけど、良太に「もっと剣の腕をあげておけ」って伝えろって言われた」
「望月さん……。望月さんがここにいるのか……?」
「なぁ良太。あの人って一体誰なんだ? お前の知り合い……なんだよな?」
問いかけると良太が首を縦に振った。それから僅かな間をおいて、彼は俺達に語り始めた
「望月さんは俺が入ってた剣道部の先輩だ。すげぇ強い人でさ、俺が剣道を始めたのもあの人の強さに憧れたからなんだ。実際同じ部に入ってみれば、面倒見もよくてよく指導してくれた。かなりお世話になってたんだ」
「なるほど。その達人は、お前の剣術を育てた恩人……という事か」
「あぁ。憧れの先輩。それが望月さんなんだけど……おかしいんだ。あの人はさ、数年前に行方不明になってる」
「行方不明……?」
「最初は事件じゃないかって事でニュースになったり、警察も捜査をしてたんだ。けど手掛かりが何も見つからなくて、結局お手上げ。今でも行方不明のままなはずだぜ」
「そんな人がファンタジアにいるとなると……春人さん達と同じように、特待生としてスカウトされたって事はないでしょうか?」
「いや、それは無いよ。俺達がこっちに来てることは魔法で口止めされているとは言え、両親や一部の人は知ってるし、友達にだって「転校」や「留学」みたいな何かしら理由が出来たって伝えているはずだ。少なくとも、行方不明なんて事にはならない」
納得した良太が「そうだよな……」と頷く。
実際、俺がここに来る時も母さんや先生は「ファンタジア」や「魔法」についての説明を受けた上で、移住する事を許可してくれているのだ。
周囲にバラさないように軽い口止め魔法が掛けられてはいるらしいが、事情が話せないからと言って「行方不明」なんて事になるのは明らかにおかしい。
そんな事を考えていると、今まで黙っていた沼島先生が小さく咳払いをした
「紫乃原、確かお前の友人の天川も今回姿を見せたんだったよな? その子は何か言ってなかったか?」
「それに関しては何も。美加からは私たちが敵同士なんだって事しか聞けませんでした。その理由も結局分かってません」
「なるほど。まぁ話しを聞く限り、望月と天川は組んでいる可能性が高いって事か。二人共にそれなりの実力者っぽいし……ったく、ダルいな」
「ハァ」とため息をつく沼島先生。すると彼は思い出した様な表情を浮かべて俺に視線を向けてきた
「そう言えば水上。望月達はお前の親父さんの話しをしていたと言っていたな。それについてはどうだ? 何か分かりそうな事は無いか?」
「えっと、確かに名前は出してたんですけど、詳しい事は分かりません。しかも俺の父さんは昔、事故で亡くなっているはずなんです。だから余計に関係が分からなくて」
「そっちもそっちで分からない事だらけってか……。だったら考えてても仕方ないな」
再びコホンと咳払いをし、彼は俺達全員を瞳に映した。それから数秒の間をおいて、少し引き締まった表情へと変わった。
それに気づいた俺達は自然と背筋を伸ばし、彼の言葉に耳を傾けた
「何はともあれ、その望月達はこの学園で暴れているわけだからな。紫乃原たちの事情も分かるが、だからと言って放っておくわけにもいかない。そこで、学園を守る役目を担う特待生であるお前達にアイツらを何とかしてほしいわけだが……どうだ?」
「ふむ、了解した。確かにこの学園で起こった問題だからな。俺達が動くのは当然の事だ。引き受けよう。だが、良太達は事情を抱えている。今回の問題に主軸となって関わるのは負担が重すぎるだろう。ゆえに、俺と姫宮で戦闘を行い……」
「いや、氷河。先輩との戦いは俺にやらせてくれ」
「良太……」
突然の良太の言葉に、氷河が不安げな表情を浮かべた
「しかし、大丈夫なのか? 相手はお前の恩師なんだぞ? そんな人を相手にお前は戦う事が出来るのか?」
「問題ねぇ。そういう関係だからこそケリをつけなきゃならねぇんだ。それはほら、俺だけじゃないはずだぜ。なぁハル、陽花さん」
「あ、あぁ……そうだな」
「…………」
「あれ? 陽花さん…………?」
無言の陽花さんに良太が首を傾げた。沈黙が辺りを覆い、妙な緊張感を発生させる。
そして彼女は、静かに、小さな声で言い放った
「ごめん。その件に関しては、ちょっとだけ考えさせてもらっていいかな?」
「……えっ?」
その瞬間、良太の表情が唖然としたものに変化した。周囲にいる俺達の視線も、全て彼女に向けられる。
そして少し戸惑った様な良太が話しを続けた
「ちょ、考えるって……どういう事ッスか? 答えはもう出てるじゃないッスか。陽花さんは美加さんと友達で、その美加さんは悪い事してる。だったら、それを止めてあげるのが友達ってモンじゃないんッスか?」
「うん、私もその通りだと思うよ。良太くんの言ってる事は間違ってないと思う」
「だったら……」
「だけど、戦うって事はそれなりの覚悟が必要だよね? 相手が大切な人なら、なおさら。だからその覚悟が無い今は、良太くんの意見に賛成する事はできないよ」
「そ、そりゃあそうッスけど……。でも、だからこそ、俺達が止めなきゃなんねぇんじゃないッスか!? それとも陽花さんはこのまま、ずっと会えなかった友達を放っておいていいんッスか!?」
「……ごめん、やっぱり少し考えさせて。私、ちょっと外に出てくるね」
一瞬の間をおいて、俯いていた陽花さんが外へ出て行く。それが単なる気分転換でない事は明らかだった。
ハッとした良太が視線を落とし、歯を食いしばる
「……今のは少し言い過ぎじゃないのか?」
「あぁ……ごめん。勢いで言っちまった。けどよ……どうすりゃいいんだよ……」
氷河の言葉に良太が頭を抱えた。そこにいつもの楽観的な雰囲気はなく、隣にいる鈴ですら黙って彼の背中を擦っている。両者の気持ちが分かるからこそ、かけるべき言葉が見つからない。
そんな時だった。ふと隣を見てみると、困惑した顔のリクが陽花さんの後を追いかけようとしていた。それに気づいた俺は自然と彼の手を握って、追いかけるのを止めていた
「ハル……?」
「リク、俺が行ってくるよ。ちょっとここで待っててもらえるか?」
「でも……。うん、わかった」
一瞬反論しようとしたらしいが、彼は素直に頷いてくれた。すると弥生が俺に近づき、小声で俺に呟いた
「ハル、たぶん陽花も色々と混乱しちゃってると思います。だから良太は私たちに任せて、ハルは陽花の事をお願いしますね」
「あぁ、ちょっと行ってくるよ」
弥生の優しい表情に見送られ、俺は教室のドアに向かって歩いて行く。
そして沼島先生とすれ違った瞬間―――
「悪い。頼んだ」
発せられた小さな声に頷き、俺は走り出した