第68話 隠れた契約者
「…………」
少女は無言だった。
学園の女子制服に身を包み、俺達を見るその瞳は深く深く沈んでいた。
こちらの存在には気づいている。しかし反応が何もない。只々、視線を向けるだけ。その瞳は、以前の氷河の様に冷たく、寂しい。
そんな彼女の事を放っておけず、俺は声をかけようと足を前に進めた
「あのどうしたんですか? もしかして避難出来なかった生徒だったり……?」
「…………」
「ここは今危ないんです。だから避難を……」
「邪魔だよ」
「―――っ!?」
彼女の小さな呟きに俺は足を止める。刹那、彼女の背後から黒い閃光がいくつも放たれ、迫ってきた。
攻撃魔法である事は間違いない。その数は合計で4つ。その見た目や発動準備時間から察するに威力は比較的低そうだが、これから何があるか分からない事を考えると、当然ダメージは受けたくない。
慌てて一歩引き下がり、カリバーを構え防御しようと試みる。が、その攻撃が俺に届く事は無かった
「≪グラビティ≫」
後方から発せられたのは聞き鳴れた声と魔法名だった。閃光はその全てが重力によって地面に叩きつけられ、周囲に音を響かせながら同時に爆発する。
吹きかかる爆煙。それをカリバーの一振りで薙ぎ払い、数歩後ろに移動した
「ありがとうございます、陽花さん。助かりました」
「…………」
「陽花さん?」
返事が無い事を不思議に思い、振り返ってみる。すると陽花さんにしては珍しく、驚愕した表情を浮かべていた。その視線は真っ直ぐ屋内に向けられており、そこにはさっき攻撃を放った少女がいる
「陽花さん、どうかしたんですか?」
「……美加」
「えっ……?」
「美加、なんだよね?」
恐る恐ると言った感じの質問を聞いて少女が頷いた。そして
「そうだよ、陽花。私はアナタの友達……天川美加だよ」
そう言って、彼女は堅かった表情を急に崩して微笑んだ
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「天川……美加? 陽花さん、あの人は陽花さんの友達なんですか?」
陽花さんがコクリと頷いた
「うん。前に私の過去について話した事があったよね?」
「えっと、あの引っ越した陽花さんの友達の話しですよね? って、もしかして」
「そう。その友達っていうのがあの子、美加なんだよ」
陽花さんの説明を聞き、美加さんに目を向けると彼女は「こんにちわ」と笑顔を見せた。
思い出されるのは、以前、陽花さんから聞いた「行方不明の友達がいる」という話しだった。突如失った大切な友達。
その話している時、抱えた悲しみを抑えるように、普段と違い少し強がっていた事を今でも覚えている。その事を考えるとこの再会は本来、喜ぶべき再会なのだろうと思う。
しかし現実は違った。陽花さんは喜ぶどころか、この状況に戸惑いながら警戒している様に見える。
そしてその理由はすぐに彼女の口から告げられた
「美加。なんでアナタがここにいるの? さっきは何で、ハルくんに攻撃を仕掛けたの?」
「なんでここにいるのか、か。それはね、私がアナタ達と同じ魔法使いだからだよ」
「アナタが魔法使い?」
「そっ。そしてその子を攻撃した理由はその子、ううん。アナタ達が私の「敵」だからだよっ!!」
「≪グラビティ≫!!」
言い終わった美加さんが表情を変える事もなく、片手をこちらに向けた。その瞬間、彼女の背から再び閃光が放たれ俺達に襲い掛かる。
それに対して陽花さんは冷静に対処した。≪グラビティ≫によって再び閃光の軌道を曲げ、さっきと同じ様に爆発させる。
だが、そこから先の展開はさっき同じではなかった
「隙アリ、≪ナイトメア・カノン≫」
「なっ……ッ!!」
後方から聞こえた声に振り返ると、そこには黒い球体があった。大型の魔力弾。威力が閃光より高い事は確かだが、対抗出来ない訳ではない。
俺はゲージを1つブレイクし、カリバーを勢いよく横に振った。発動したのは≪迅雷の風≫。三日月型となった黄色いエネルギー波は弾に接触した瞬間に爆発し、両者の魔法が無効化される。
それは突如、訪れた「チャンス」だった
「―――≪パトリオット・ブレイバー≫!!」
その一言をキーとして魔法が発動し、カリバーの刀身に光と魔力が込められた。本来であれば少しでも多く魔力を注ぎ込みたいのだが、この状況ではそんな時間はない。
最低限の魔力を込め、纏わせ、地面を強く蹴って前方に飛び込む。目の前に広がるのは黒煙たち。だが、すぐに黒煙とは違う色の何かが視界に入りこんだ。更に、感じる魔力。美加さんに間違いない。
そう判断し、即座に刀身を突き出す。
その時だった
「ふふ、≪シャドウ・イリュージョン≫」
微笑、魔法名の宣言と共に視界に入りこんだモノが消えた。≪パトリオット・ブレイバー≫が空中を切り裂き、黒煙を風で吹き飛ばす。
美加さんの姿はそこに無かった。少し顔を上げてみると、その数メートル先には彼女が立っている。その足元にあるのは黒い影。彼女は何事も無かったかのような余裕を見せつつ「へぇ」と目を細めた
「即席的な発動だったにも関わらず、使ってる魔力に乱れが無い。キミ、魔力の扱いが上手なんだね」
「今のは純粋な高速移動? いや、違う。感じた魔力が一瞬で消えた。って事は陽花さん、あれって……」
「うん。「瞬間移動」だね」
陽花さんが複雑そうな表情で頷いた。
瞬間移動―――名前の通り瞬時に物体を移動させるそれは、とても便利な技だ。魔法ごとに様々な制約があったりするが、それを考慮しても、一瞬で物体位置を変えられるというのは強力であり、敵にすれば厄介な能力である事は間違いないだろう。
だが、陽花さんがこんな表情をする理由はきっと「それ」ではない。
彼女を悩ませる別の理由。それは―――
「あれ? 陽花たち知ってるんだ。この魔法」
「えぇ、もちろん。だってその瞬間移動は、私の可能性の1つだから」
「可能性……?」
美加さんの問いに、陽花さんが頷いた。
陽花さんの―――正確に言えば俺達の中には、今はまだ使えない魔法が眠っている。もちろんそれは使えるかもしれないという「可能性」であり、確実でない以上使える様になる事はないのかもしれない。だがそれは、逆に使える可能性も十分にあるという事だ。
そして陽花さんの中には「瞬間移動」系の魔法が眠っている可能性が高い事が分かっていた。
自分の持つ可能性が、突如襲い掛かってきた過去の友人と同系統。それに反応せざるを得なかったのだろう
「あぁ、そっか。陽花もこの系統の魔法、使えるかもなんだね。うーん。相手側にこれと似たような技を使われるっていうのは、ちょっと厄介かなぁ」
「だったら、戦わなくてもいいんじゃないの? そもそも、私たちが敵対する理由なんて……」
「あるんだよ、それが。私はね陽花、アナタと戦わなきゃいけないの。だって……」
「止めろ、天川」
「望月さん」
突然聞こえた青年の声に美加さんが話しを止めた。その後方からゆっくり「コツコツ」と小さな足音を立てながら、一人の人物が姿を現す。
少し高めの身長。黒い髪は荒々しく逆立ち、警戒しているのか鋭い瞳をしている。加えて鍛えられているであろう、しっかりした体格だ。気迫で負けない様にと意識するものの、圧力を感じている事は確かだった
「それは彼女に伝えるべきことではない。お前も分かっているだろう?」
「えぇ、分かってますよ。つい言っちゃいそうになったんです。ありがとうございました、望月さん」
「構わんさ。それより、こんな所で遊んでいる場合ではない。「水上先生」が目を覚ました」
「水上……ッ!?」
その言葉に反応したのは美加さんではなく俺だった。それを見て青年が「そうか」と落ち着いた態度を見せる
「お前が水上先生の息子、水上春人か。だったら仲間に「猿渡良太」というヤツがいるだろう? ソイツに伝えておけ。「剣の腕をあげておけ」とな」
「ちょっと待て。お前は一体……」
「さぁ、天川。先生も待っている。ここを離れるとしよう」
「了解です。それじゃあね、陽花。今度はちゃんと決着、つけようね」
「おい、待てって!! このッ!!」
この場を離脱しようとする二人を止める為、俺は瞬時に≪ソニック・イレイザー≫を発動した。剣先から一筋の電撃を放ったものの、届く数秒前に彼らの姿は消え、電撃は空を舞って自然消滅してしまう。
逃がしてしまった。その悔しさを俺は抑えられなかった
「クソッ!!」
短い怒鳴り声は校舎に響いて空しく、徐々に消えていく。今の俺には拳を握り、歯を食いしばる事しか出来なかった