第67話 紫色の暗雲へ
「いかにも、怪しい雲だねぇ」
「『ホント!! ホント!!』」
陽花さんがため息を交えてそう言うと、コネクト中のリクが返事をした。姿は見えないが恐らく「うんうん」と頷いているのだろう。俺はそれを想像して微笑した。
リンクコネクト中のオバケの意思を、外部の人間に伝える方法が無いわけではない。弥生達パートナー側のオバケが望めば、その声はコネクトしている人間以外にも届くようになっているのだ。
だからリクの声が聞こえたわけだが、恐らく彼は事態を把握している訳ではない。
その証拠に―――
「……なぁリク? どう怪しいか分かってるのか?」
「『もちろんだよ。紫色の雲なんて珍しいもんね。僕もね、あの雲からならブドウが落ちて来てもおかしくないと思うんだ』」
「ブ、ブドウ……?」
「『え、えーっと……リク? いくら紫だからって、ブドウは落ちてこないと思いますよ』」
弥生の苦笑いに「そうなの?」と残念がるリク。しかし彼はため息を吐きながら
「『でも、あの雲はやっぱり怪しいよね。見てたら……なんだかすっごくイヤな予感がするんだもん』」
「…………そうだな」
子供ゆえの純粋な気持ちを言葉にした。しかしそれは的確な感想と言えるだろう。何故ならこの場にいる全員が、彼と同じ意見を持っているのだから
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
陽花さんや沼島先生たちがフィールドに訪れたのは連絡の、約5分後の事だった。電話で「良太達が倒れている」と言ったからか、医療用の簡易機器を背中に背負い走って来ていた。
そして到着するなり数名の教師が彼らの手当てに入り、陽花さんとリク、沼島先生は俺の元に集まってくる
「ハルくん!! ハルくんは……大丈夫? ケガとかしてない?」
「陽花さん……大丈夫です。俺が来た時には良太達のバトルは終わってましたから」
「そっか、だったらよかったぁ」
陽花さんがホッと胸を撫でおろした。しかしその後ろにいた沼島先生は、それとは正反対に眉をひそめた険しい顔をしている
「そう言えばゆずはどうしたんですか? ここにはいないみたいですけど……」
「ゆずちゃんなら体育館でみんなの護衛をしてくれてるよ。警戒してないといけないからね」
「なるほど……何かあったわけじゃないのか、よかった。それであの、良太達は大丈夫なんですか? アイツらは直接ノワールと戦って、それで……負けたみたいで……」
「それに関しては心配ないよ。受けたダメージのショックで気を失ってるだけ、なんですよね。ぬーちゃん先生?」
「あぁ。まぁ多少の傷は負っているが致命傷ってわけじゃない。正直な所、手当何てせずに放っておいても良いレベルだと思っているくらいだ」
「いや、それは流石にダメですよ……」
「それより水上、ノワールとかいうヤツの姿が見えないがどこへ行ったか、分かるか?」
「それが逃げられて……分かりません」
「そうか、逃げられたか……」
彼は腕組みをして黙り込んだ。学園に侵入した謎の人物。それに関しての情報を何かしら入手しておきたかったのだろう。
だから俺は、知っている情報を話し始めた
「けど、今すぐに戻ってきて襲撃してくるって事は無いと思いますよ」
「どうしてそう言い切れる?」
「実は連絡する少し前、俺とノワールは戦う寸前でした。それこそ、カリバーⅡを構える段階まで準備が出来る程に。でも「事態が変わった」とか言ってアイツから戦いを中止したんです。そして今、事態は大きく変わっていない」
「アイツにとって都合が悪いというこの状況は変わっていない。だから襲ってくる事は無い、という事か」
「はい。まぁ若干、直感的な部分も交じってますけど」
「バカ。そんな理屈、9割が直感だよ。……でもまぁお前のその予想が仮に当たっていたとしてだ。次の問題……アレはなんだ、魔法か?」
沼島先生の視線の先にあるのは紫色の雲だった。あの校舎の上に出現しているそれに大きな変化は見られない
「あれを見てノワールが撤退したんです。確か「彼らが目覚めた」とか言ってたな……」
「彼ら? 彼らってのは誰の事だ?」
「分かりません。名前までは言ってませんでしたから」
「ふむ……。まぁ何にしても、あの校舎は俺達教師でもあまり立ち入らない様な場所だ。そんな場所で、あんな正体不明の雲が出ているのであれば、誰がいるのかに関わらず調べない訳にはいかない。他にやらなくてはいけない事もあるのに面倒くさいな」
沼島先生が頭を掻きながらため息をつく。俺はあの雲に視線を向けた。
教師達でも訪れない様な校舎。怪しげな紫雲。そして、ノワールの言っていた謎の「彼ら」の目覚め。それらは俺に「不思議な不安感」を与えていた。
やはり、イヤな予感がする。それは弥生も同じだった様で―――
「『ハル、やっぱり私たちが……』」
「あぁ、そうだな」
俺は彼女の声に頷いた
「沼島先生、あそこには俺達が行きます」
「水上、お前らがか?」
「はい。理由は分からないですけど、俺も弥生もイヤな予感がするんです。だから俺達が行って、何かあるのか確かめてきます」
「ほぅ、随分と立派な正義感だな。それとも単なる好奇心か? まぁどちらでもいい。状況が状況だ。紫雲やあの場所にいる奴らに関してはお前に任せる。ミスって面倒な事、起こすなよ?」
「分かってますよ」
頭を撫でてくる沼島先生に、俺は苦笑しながら言葉を返した。嫌味っぽく言っているものの、彼はきっと心配してくれている。頭を撫でているのがその証拠だった。それを直接言わないのは彼の性格上、仕方のない事なのだろう。
そんな事を考えていると、隣で陽花さんの声がした
「よし。話もまとまった所で、行こっか。ハルくん?」
「って、陽花さんも来るんですか!?」
「もちろん。だって私もイヤな予感はしてるし。それに話しから察するに、あの場所にはハルくん一人で行くつもりなんでしょう? そんなキミを放っておくわけにはいかないよ」
「で、でも、今あの場所はすごく危険で……」
「だったら、これで文句ないよね?」
「えっ?」
小さく微笑んだ陽花さんがリクと手を取った瞬間、光の球体に包まれた。今日で二度目になるその光景に俺は思わず黙り込んでしまう。
数秒後、現れたのは衣装の変わった陽花さんだった。
頭には黒い三角帽子。紫色のブレザーとロングスカートを身に付け、その上にはケープとマントを合わせたようなものを羽織っている。以前彼女と「マジック・バトル・コロシアム」をプレイした時にも感じた「魔法使い」の様な印象。
それはきっと―――
「もしかしてそれ……陽花さんのコネクト状態……?」
「ピンポーン、正解。これなら行っても問題ないでしょ?」
「そりゃあ問題はないですけど……でも、いつの間に?」
「ふふ、良太くんが言ってたでしょ? 私達だってボーっとしてるわけじゃない。ちゃんと力を身に付けようって頑張ってるんだよ。だからハルくん、一緒に行こ?」
「…………そうですね。すいません。俺、勘違いしてたみたいです」
微笑む陽花さんに俺は苦笑しながら答えた。
彼女達だって俺や弥生と同じように努力し、力を手にしている。強くなっている。それをどうやら分かっていなかったようだ。
俺はカリバーを出しつつ、改めて陽花さんに視線を向けた
「それじゃあ、よろしくお願いします。陽花さん」
「うん。こちらこそ」
彼女は握手を交わすと同時に、帽子から顔を覗かせ笑顔を見せた
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「≪グラビティ≫!!」
そんな彼女と共に俺は足を進めていた。校舎の前には数匹のモンスターが出現しており、その一体一体を倒しながら進んでいる
「ったく、なんでここにモンスターがいるんだよ。この学園のセキュリティって大丈夫なのか……?」
「『それに関してはあとからぬーちゃんに聞いてみましょう。それよりハル、また来ましたよ』」
「あぁ、分かってる……さっ!!」
振り下したカリバーの刀身がモンスターを切り裂いた。彼らは数歩後ずさりをしながら倒れ、元の魔力に戻っていく。
周囲にモンスターはいなくなっていた。少しの疲労感を含めたため息をつきながら、陽花さんに視線を向ける。
すると彼女はなぜか驚いた表情をしていた
「陽花さん? どうかしたんですか?」
「ハルくん……あれ。あれを見て」
「あれ……?」
彼女の視線の先、数十メートル先にある校舎の内部。それに目を向け、俺も思わず驚愕してしまった。
そこにあるのは出現した黒いと白の魔法陣。
それと―――
「……………」
一人の、少女だった