第66話 不穏な風
炎刀が何度も空を切り裂いた。感じるのは妙に軽い感覚。
それは攻撃をラッシュさせるという意味では良い状態なのだろうが、現状は違う。刀が軽いわけではない。
攻撃が一切当たってないのだ
「クソッ!!」
良太が眉を潜めながら呟く。
彼は元々、刀の扱いに慣れていた。もちろん本物ではないが「剣道」という形で竹刀を手に取り、時には大きな大会に出た事もあった。
喜ばしい勝利、悔やみきれない敗北、それらを何度も味わいベテランと言えるだけの経験を積んでいる。
だからこそ、今の状況に舌打ちせずにはいられなかった
「さぁ、どうした? まさかこれで終わりではないのだろう?」
「コイツ……言わせておけば、図に乗りやがって」
距離を取ったノワールに良太はまた小さく舌打ちをする。戦闘が始まって数十分、良太の攻撃は一度も命中していない。全てが避けられてしまうのだ。
そして、それは―――
「≪アイスキューブ・キャノン≫!!」
「おっと!! ふぅ、危ない危ない。危うく攻撃が当たってしまう所だったよ。まったく、油断ならないねぇ」
「……戯言を」
後方で爆発する氷を背に、ノワールが微笑する。余裕の微笑み。それが氷河の屈辱感を刺激し、彼に不快感を与える。
良太が前衛、氷河が後衛というスタイルで臨んだこの戦い。始めは有利と思われたこの状況だが、それは大きな間違いだった
「(この状況、決してこちらが押せているではない。むしろ五分五分……いや、奴が一度も攻撃を仕掛けてこない事を考えると、こちらが押されているか)」
氷河は不思議に思っていた。
この数十分、ノワールは全く攻撃を仕掛けてきていない。彼の持っている≪ライラック・プルード≫や≪スパラニッシュ≫がこちらには効かない、と判断したわけではないだろう。実際、それらが使われればダメージを受けてしまう場面は何度もあった。
しかし、彼は発動の素振りすら見せない
「おいお前、なんで攻撃して来ないんだよ? 悔しいけど、隙なら何度もあったはずだぜ?」
「ほう、自分の欠点をちゃんと理解しているのか。強者の証だな、それは。だが、キミは勘違いもしている。攻撃をしてこない、のではない。攻撃をしないであげている、が正解だ」
「……意図的に攻撃をしていない、とでも言うのか?」
ノワールが頷く
「その通り。キミ達の力が見たかったのでね、観察に専念させてもらったよ。案の定、素晴らしい力だ。特待生とは言え、学生にしてこの実力。並みの魔法師より上なのは間違いないだろう。だが、それでは……足りないんだよ」
「足りない……?」
「そうさ、足りない。その力では、面白くない。さぁ、見せてくれ。キミ達の実力……この程度ではないんだろう?」
「……貴様、一体何が目的だ?」
「ハハッ、変な事を言うねぇ。さっきも言っただろう? キミ達と、戦う事だと―――ッ!!」
ノワールが地面を蹴り上げた。刹那、良太がアロンダイトを目の前に構え、歯を食いしばり攻撃に耐える態勢に入った。
そして訪れたのは衝撃。鋼と鋼がぶつかり合う音と共に、彼の周囲で小さな風が発生する
「くっ……ぁっ!!」
僅かに聞こえる声が途絶え、良太は吹き飛ばされた。
その身体は直線状に飛んでいき、設置された魔法壁に衝突する。その周囲を覆い囲むのは砂煙。その影響で視界が悪くなり、彼の安否が確認できない
「良太!!」
「≪スティールハンド≫。拳を硬化させる魔法さ。なかなか使い勝手がよくてね。純粋に魔力を帯びて身体能力を向上させた後に使うと、まるでディレクトリでも持っているかのように戦えるんだ。不意をつけば、威力はご覧のとおりさ」
「……そうか、随分と使い慣れているようだな。だが、一つ忠告しておくとしよう」
「忠告?」
「あぁ。そのレベルの技では、ヤツは……落ちない」
「ッ!?」
氷河の小さな笑みと共に空を切る鋭い音がした。同時に、立ち込めていた砂煙を貫きながら、一筋の赤い閃光がノワールの前に姿を現す。
火炎を纏ったそれは、先ほど吹き飛ばされたはずの良太だった。
彼は右手に持った刀―――アロンダイトを素早く頭上に構え攻撃の態勢に入る。ゲージが一つ使用され、炎を纏った純粋な打撃が目の前の男に向けて振り降ろされた。
しかしノワールはタイミングよく地面を蹴り上げ、当たる直前で回避した。抉れる地面を間に良太とノワールの視線が交差する。その一瞬でノワールは後退し、再度良太との距離を取った
「ほほぅ、あの攻撃を受けてすぐに動けるとは……。キミ、かなり頑丈な様だね」
「あれぐらいの攻撃でダウンなんてしてらんねぇ。こっからが本番だ。いくぞ、鈴!!」
「『分かってるわよ。……リミット、バースト!!』」
「んでもって≪プロミネンス・レーザー≫!!」
限界を解かれた良太の左手から炎の光線が放たれた。しかし、ノワールはすぐに魔法を発動させ、目の前に土の壁を生成する。その結果、炎は壁を砕き、そして散った。
宙に舞う火の粉。崩れる土壁。
それらが完全に攻撃力と防御力を失った時、彼は背後に音と気配を感じた。
それはついさっき聞いた空を切るような鋭い音。それが何なのかを彼は瞬時に理解し、自身の拳を振り回す。
すると拳は刀と衝突した
「このヤロ!! 動きを読んでやがったのか……ッ!!」
攻撃を防がれた良太が一度刀を引き、他の方角から連続攻撃を仕掛け始める。しかし、その一つ一つの攻撃はノワールの身体に当たる前に、硬化した拳と接触し、弾き返される。
その時、ノワールが良太の足を蹴る体制に入った。屈んだ彼を見て、狙いに気付いた良太がバックステップで後方へ移動する。
不意の攻撃の意味が無くなり、「残念だよ」と苦笑するノワール。彼はゆっくりと立ち上がり、小さく頷いた
「攻撃が終了するとほぼ同時に移動し、私の後ろの取ったか。素晴らしい速度だな」
「≪ハイ・アクセル≫を使っても止められた。アイツ、やっぱり接近戦も慣れてやがるな……」
「『それに防御貫通効果のある≪フレア・ストライク≫』が防がれてる。あの鉄の手、かなり硬いわよ。どうするの、良太?』」
「へっ、決まってんだろ。硬い相手が目の前にいて、攻撃が通らない。なら簡単だ。もっと強い攻撃を当ててやればいい、だろ?」
「『……アンタってホント、おバカさんよね。けどそれが今回は妙に頼もしいわ』」
ため息と共にアロンダイトが再び炎を纏った。オレンジ色の炎。それは≪フレア・ストライク≫発動時の炎と同色だが、同じ技というわけではない。
それを察したのか、ノワールが≪スティールハンド≫を一振りし攻撃の態勢に入った。しかし
「ッ!? 足元が凍っている……。これは……」
「≪アイス・スピアレス≫、地を貫く氷槍によって貴様の動きを封じさせてもらった」
「……なるほど、キミも傍観者になるつもりは無いという事か」
「当たり前だ」
ブリューナクの先端を向けられながらノワールが不敵に微笑んだ
「面白い、面白いねぇ。強者との戦いは……やはりこうでなければ!!」
≪スティールハンド≫が解除され、素の状態となった両手を彼は大きく広げた。漂っていた風は次第に勢いを増し、荒れた強風へと変わっていく。
良太や氷河が思わず目を細めてしまう威力の風。その一部を左右の拳に纏いつつ、ノワールは再び笑みを浮かべた
「さぁ!! キミ達と私、どちらが強いのか試してみようじゃないか!!」
「っておい、分かってんだろうな? 数ではこっちの方が多い。お前今、不利な状況なんだぜ?」
「あぁ、分かっているさ。それで……それが、どうかしたかな?」
良太の言葉を聞いた瞬間、ノワールの拳が強く握られた。刹那、彼の魔力が一気に上昇し両手の渦も大きさを増す。
しかし変化はそれだけではなかった。彼の身体から発せられる僅かな「不思議な力」。それを感じた氷河はハッとし、叫んだ
「っ!? 良太、急いでコイツを倒せ!!」
「えっ?」
「技の発動を急げと言っている!! コイツはまだ何かを隠し持って……」
「良い眼をしている。その、通りだよ」
しかし時は遅く、氷河が言い終わる前にノワールが両腕を真横に構えた。右手の先には氷河が、左手の先には良太がいる。
狙いは完璧に定まっていた。ノワールが小さく何かを呟くと、その手に渦巻いていた風は弾丸のように放たれ、両者の元へと向かう
「くっ!! ゲージブレイク!! ≪フリージング・ハイウォール≫!!」
「この風……叩き潰すぜ、鈴!!」
「『選択肢がそれしかないのは分かってるわよ!!』」
「「『≪クリムゾン・パニッシャー≫!!』」」
氷河が氷壁を作りだす一方で、良太は技を続行した。
≪クリムゾン・パニッシャー≫、彼がリミットバーストを習得する際にシルキに教わった打撃魔法だ。
炎を纏わせて斬りつける、というシンプルなモノだがそれ故に扱いやすく、純粋に込める魔力量を増やす事で威力アップが期待できる。それを理解したうえで、良太はゲージ3つ分の魔力をこれに注ぎ込み使用した。
氷壁と風弾。火炎斬撃と風弾。それぞれがぶつかり合い、辺りに衝撃が広がった。そして
「……どうやら私の勝ちのようだね」
そこにはノワールが立っていた。数メートル先には良太と鈴、氷河が倒れており武装は解除されている。
彼らの武装は気絶すると解除される。リンクコネクトも同様、基本的には気絶など意識を失う事をきっかけに強制的に解除される。それ知っていた彼は、勝利を確信しゆっくりと息を吐いた。
その時だった
「なっ……これ、どういうことだよ……」
非難のサポートを終え、訪れた春人は驚愕の表情を浮かべた。
彼の眼に映るのは、倒れた仲間の姿。フィールドは荒れ、その中でノワールだけが立っている。
戦った事は明らかだった。それを考えた上で、脳が勝手に状況を理解する
「良太と氷河が……負けた、のか」
「その通りだよ。彼らはよく頑張った。だが私の方が一枚上手だった様でね、この結果さ。それにしても、十分に楽しめた。彼らが目を覚ましたら感謝していたと伝えてくれ」
「ふざけるなっ!! お前は俺が……ここで倒す!!」
「ほほぅ、この状況で剣を抜くか。別に私は構わないよ、更に楽しい戦いが…………ん?」
嬉々としたノワールが、ふと、校舎に視線を向けた。研究室とはまた違った校舎を見つめ、急に口を閉ざしてしまう。
そして数秒後、視線を戻したノワールは首を横に振った
「すまない、残念だがキミとは戦え無さそうだ」
「戦えない……? 逃げるのか!?」
「そうじゃないさ。ただ、事態が一変してしまった。どうやら「彼ら」が目覚めてしまった様なんだ」
「彼ら……?」
「そう。恐らくキミもここで戦闘をしている場合ではなくなると思うよ。私も、戦い以外で彼らに関わるのは避けたい。だからこれはお互いの為を想っての中断だ。納得出来ないかもしれないが、そこは無理やりにでも納得してくれ。それじゃあ、また会おう。特待生……水上春人くん」
「おい!! ちょっと待て!!」
春人の声も空しく、ノワールは風と共に姿を消した。辺りを見渡すが彼はどこにもいない。どうやら注意を逸らして逃げたわけでは無さそうだった
「移動系の魔法か……? 弥生、アイツがどこに行ったかって分かるか?」
「『分かりません。それよりハル、向こうの校舎の方見てみて下さい』」
「校舎……?」
弥生に言われ、ついさっきノワールが視線を向けた校舎を春人が見た。その上空には紫色の雲が発生しており、渦巻いている
「あれを見てノワールには何かが分かったのか。確か彼らとか言ってたけど、みんなに避難してもらったのはあそこじゃないし……。どういう事なんだ?」
「『怪しいのは確かです。ハル、良太たちを助けましょう。それから……』」
「あぁ、あそこに行ってみよう」
春人が携帯を取出し、陽花に連絡した。すぐ来れるとの事で数分もすれば、教師たちと共に駆けつける事だろう。
用件を終えた彼は携帯を仕舞い、再び校舎に視線を向ける。フィールドには不穏な風が漂っていた




