第62話 路地裏広場での出来事
氷河が一樹の本心を知ったあの日から数週間が経っていた。
仲間の輪に入る事に、最初は緊張気味だった氷河もすっかりと打ち解け、行動を共にすることが多くなっている。
今ではもう、一緒に昼食を食べるという事も当たり前になろうとしているくらいだ
「と、言うわけだ。理解できたか?」
「…………」
「ハル……! ハル……!」
ちなみに、あの時現れたゴーレムに関しては沼島先生に報告すると「生徒が気にするな。これは俺らの仕事だ」と言われ、先生達に任せる事になった。政府とも連絡を取り、調査を進めていくらしい。あの場に現れた理由などが分かるのも時間の問題だろう
「(出来れば、俺達も力になりたかったけどな。関わった以上気になるし……)」
「ハル! 気づいて下さい、ハルってば!」
「ん? 弥生、どうかし……うげっ!?」
弥生の声に反応した途端、頭に急な衝撃を受けた。チョークが割れて床に転がっている。どうやらそれを当てられたようだった。
頭―――正確には額についているであろう白い粉を掃い、教壇に目を向ける。そこにいたのは、指先に魔法弾を構え、こちらに笑顔を見せる沼島先生だった
「いたた……。チョークって結構小さいのに、なんて命中精度だ……」
「お前の仲良しなサルで何度も練習しているからな、いい加減慣れてもくる」
「えっ、ちょ、ぬーちゃん!? 教師が授業中に生徒をサル呼ばわりって、いいのかよ!?」
「知らんが間違ってはいないのだ、問題ないだろう。それより水上。俺の授業中によそ見とは、いい度胸だな。コイツを一発、食らっておくか?」
「い、いや、遠慮しておきます……」
「そうか。だったら大人しく授業を聞いてろよ。次同じことがあったら、今度は撃つからな。その時は、そこのサルも一緒だ」
「な、なんで!?」
「連帯責任だ」
騒ぐ良太を無視して沼島先生が黒板に目を向ける。それは久しぶりの、何気ない授業風景だった
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その日の放課後、俺達は学園を出て街に訪れていた。と言っても、何か用事があるわけではない。もう何度目になるか分からない、単なる寄り道だ。
時間帯が時間帯だけに、夕飯の買い出しに出ているであろう主婦や仕事帰りの大人たちが歩いており、それなりに賑わっているようだった
「ったくよ、ぬーちゃんもイジワルだよな。真面目に授業を受けてる俺の事、ネタキャラみたいに扱いやがって。それにあの言い方、俺がいつもチョークを当てられてるみたいだよな?」
「真面目って……実際にアンタ、机に伏せて爆睡してたじゃない。それにチョークだって一日一回以上は投げられてるでしょ? それで真面目なんて言えるのかしら?」
「チョ、チョークを毎日当てられてたのは先週までだ。今週は今の所、二日に一回ってペースになってんだぜ。さぁ、感じろ!! 俺のこの、圧倒的な真面目レベルの高さを!!」
「……アホだな」
「……えぇ。間違いなくアホだわ」
誇らしげな良太を見て、氷河と鈴が頭に手を当てながらため息をついた。
一方、良太は二人の会話がよく聞こえていなかったようで、表情を変えず得意げに微笑んでいる
「ハルくんがボーっとしてたって話しはよく聞くけど、今回はどうしたの? 眠かった……とか?」
「えっ、いや、違いますよ。その、考えてたんです。あのゴーレムの件がどうなったかなって」
「ゴレーム? カレブトロ洞窟の?」
「はい。考えれば考えるほどおかしいから、ちょっと気になっちゃって。それで考え事を」
「おかしい、か。本来現れるはずのないモノが現れて、しかも私たちを襲ってきたわけだもんね。それに関しては私も気になるかな……。ゆずちゃんや氷河くんにも連絡ってない?」
「私の所には、特にきてないですね」
「氷河くんは?」
「同様です」
陽花さんの問いに二人は首を横に振って答えた。
この学園の「特待生」は「学園の問題に対処する役目」を持っているはずだ。その特待生である俺達全員が何も知らないという事は、本当に進展が無いのかもしれない
「まぁとりあえず、これに関してはぬーちゃん達に任せていいんじゃねぇか? 俺達の力が必要な時にはちゃんと声をかけてくれるだろうしさ」
「それもそうだね。それに私達には来週にテストって問題もあるわけだし」
「うぉぉ、そうだった!! ヤベェ、全然勉強してねぇな……」
「フッ、バカだなサルよ。目の前の困難に対し、脳裏に浮かんだ真実を記せばいい。それがテストというモノ。加えて、期間がまだ一週間もあるのだ。まだ、焦るような時間ではないだろう」
「微妙な中二……。そう言えばお前、ハルと再戦の話しした時も「蒼天の空」とか言ってたんだっけか?」
「あの時の空は蒼かったからな。それを的確に表現しただけだ。何か問題でもあるか?」
「いいや、問題なんてねぇよ」
良太が苦笑いを浮かべた。その時だった
「……あれ?」
視界に入った人物を見て俺の足が止まった。それに気づいたリクが後ろを振り向き、視線を合わせて首を傾げる
「ハル、どうかしたの? 何か見つけた?」
「あぁ……。ごめん、弥生。バック、持っててもらえるか?」
「えっ、いいですけど……ホントにどうしちゃったんですか?」
弥生の言葉に返答もせず、学園バックを渡して走り出す。
向かうのは建物と建物の間。小さな広場へと通じている狭めなその道を先へ先へと進んで行く。息が少々荒れているが、関係ない。
俺が目にしたのは、子犬と少女が数人の男たちに囲まれているという光景だった。詳細に言えば、倒れた子犬を少女が抱きかかえ、それを20代前半の男たちが笑いながら囲んでいる状況。それは目にして、決して微笑ましいものではなかった。
俺は「助けなきゃ」という意思に身をゆだね、右手にカリバーを出現させる。
相手が魔法を使ってくるとしてもこれで応戦が出来るはずだ。不意打ちで一人に攻撃して、残りの三人は……何とかしよう。
そう思考しながら、現場である広場に出ようと―――その時だった
「おいおい、キミ達。こんな所で、一体何をやってるんだい?」
突如聞こえた声に、俺は急いで足を止めた。響き渡るその声は聞き覚えがある。しばらく会っていなかったが、とても古いわけじゃない。
その声の主は―――
「傷ついた子犬と少女を、大の大人が囲ってニヤついているなんて、あまり……いや、相当に目障りな光景だ。美しさの欠片も無い。その自覚はあるのかい?」
「なんだ、オメェは? コイツの兄妹か何かか?」
「なるほど、自分から名乗らずに相手に名乗らせるか……。いいよ、今はそれに乗ろうじゃないか。僕の名前は「神無月京也」。その子とは兄妹ではない。それどころか、彼女と僕は今が初対面だよ」
やれやれと言った態度と共に名を名乗り、余裕な微笑を浮かべた。
少し目立つ金色の髪。落ち着いた感じの黒いスーツ。間違いない。彼は以前、俺をシルキさんの店まで連れて行ってくれた京也さんだった。
そんな彼の言葉に一瞬驚いた男が今度はニヤリと笑った
「おいおい初対面かよ。だったら兄ちゃん、悪い事は言わねぇ。さっさとここから去りな。じゃねぇと痛い目、見る事になるぜぇ?」
「痛い目……か。僕を相手にどうやってそれを見せる気なのか、気になるね」
「気になる……だと? だったら教えてやるよ。つまり―――こういうことだ」
一瞬の間をおいて男は地面を蹴り上げた。土が宙に舞うとほぼ同時に、その右手には魔力が結集され鉄製の「剣」へ変化していく。
見たところ何か特殊能力があるようには見えない。が、それを持つ腕はかなり太く、それを使って繰り出される打撃が特殊能力を抜きにしても威力が高い事は明らかだった。
しかし京也さんは―――微笑した。それから目の前に迫ってくる巨漢を相手に、ゆっくりと右手を前に出す。
刹那、その手のひらから白い雪が放たれた。小さな粒は男の身体にいくつも命中し、凍結させていく。 助走によって生まれた速度は、巻き起こる風と共に失われていた。男は京也さんの1.2メートル前で完全に動きを封じられ、言葉も出ず口を開けたまま唖然としている。
「≪氷粒の嵐≫、これでキミはしばらくだが動けなくなったわけだが……さて、どうやって「痛い目」とやらを見せてくれるのかな?」
「……」
「ふむ。こんな感じで彼は黙ってしまったが、どうする? キミ達が僕の相手、してくれるのかい?」
京也さんの視線に少女を囲っていた男たちは怯え、両手を上げた。降参という意味なのだろう。それを察したのか、京也さんも一度ため息をついてから、ポケットから携帯電話を取り出した
「……もしもし、こちら神無月。ターゲットの集団を押さえました。これからそちらに連れて行きますので、転移魔法を持った魔術師さんをお願い出来ますか? 場所は、えーっと……」
少女に近づき、頭を撫でる京也さんの優しげな声が響き渡った