第57話 雷撃閃光の突撃剣
フィールドには爆煙が立ち込めていた。上昇していくそれは、いつの間にか空に消えてなくなっている。
周囲の観客だった生徒達の騒ぎ声が、辺りの音を支配していた。驚き、興奮、不安……浮かんでいたのは様々な表情。
そんな中、微量の驚きと興奮を持ち合わせた青年が身を乗り出した
「くぅー!!使ったな、≪パトリオットブレイバー≫。ラグ、お前が教えた技ってあれだろ?」
「……うん。春人くんはエネルギー操作が上手かったからね。これなら使えるんじゃないかなって思ったんだ」
ラグが春人に行った修行は「一部の箇所にエネルギーを集める」というものだった。
少量のエネルギーを集中させるのであれば、難しい事ではない。
しかし、ラグの教える技≪パトリオットブレイバー≫の場合、その操作エネルギー量はとてもじゃないが「少量」と言えるものではなかった。だからこそ、春人は大量のエネルギーを操る事に多くの時間を費やした。
そして今、フィールドで≪パトリオットブレイバー≫が使用された。修行の成果もあり、コントロールはしっかりと出来ている。
それがシルキの興奮する理由の一つだった
「なかなかの威力だよな。創造者のお前が使う「オリジナル」には流石に及ばないが、間違いなく、春人が今まで使った技の中で最高の威力だぜ」
「……ゲージも二つ使ってるからね。勝負を決めようと思ったんじゃないのかな。だけど……」
シルキとは対照的に真剣な表情を浮かべるラグ。それを見てシルキは苦笑しつつ「ハァ」とため息をついた。
そして―――
「あの技はまだ成長段階。完成されていない。決して「切り札」なんかじゃない……ってか?」
「うん。だから……」
苦笑するシルキにラグも同じような顔をした
「この戦いは、きっとまだ終わってはいないよ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「くっ……そ……っ!!」
春人のその声は微妙に震えていた。肩が激しく動き、呼吸が荒くなっている。黒い煙との距離は約20メートル。その中に揺れる人影に彼は動揺していた。
春人の突撃剣≪パトリオットブレイバー≫は確かに発動した。氷河への接近も成功し、あと僅かという所まで上手くいっていた。
しかし、氷河に届く数メートル前で突如、氷の壁がいくつも立ちふさがったのだ。もちろん彼はそれを次々と突破し近づいて行った。
けれども、あと三枚という所で、勢いはなくなってしまい、完全に防がれてしまったのだ。
それから彼は慌ててその場を離れ、今のこの状況に至っていた
「≪パトリオットブレイバー≫が届かなかった……?リミットバースト、ゲージブレイクも使ったのに……?それでもダメだったのか?これじゃ……」
「お前に勝ち目は無い、という事だ」
「くっ!!」
姿を現した氷の魔法師。彼は少し呼吸を乱しながら、煙の中から歩いて来た。それを見て春人が歯を食いしばる
「≪パトリオットブレイバー≫、あの突進力は確かにかなりのモノだった。実際≪フリージング・ハイシールド≫にゲージを二つ使っていなければ、攻撃は直撃していただろう。だが、お前のあの攻撃はあと一歩及ばなかった。それが現実だ」
氷河の一言一言が春人の胸に刻まれる。春人自身、ラグから与えられた課題を完全に終えていない事は理解できていた。
彼は言ったのだ。「これは切り札の「元」になる技」だと。だから春人自身、これを完成系だとは思っていなかった。
しかしそれでも、この日までに完成系は間に合わなかった。だから、威力が最高のこの技で勝負を終わらせたかったのだ
「(確かにアイツの言う通りだ。この状況……どうする)」
「さぁ、今度は……こちらからいくぞ!!」
思考する春人に対して、氷河が左手を軽く振った。すると≪アイスキューブ・キャノン≫が発動し、彼の後ろに氷塊が生まれる。それに抵抗する為、春人もカリバーを掲げ≪迅雷の風≫を仕掛けようとした。
しかし
「なっ……!?」
春人は言葉を失った。地面から感じる違和感。足元が氷に覆われていたのだ。力を入れてもなかなか動きそうにない。相手の動きを封じる魔法。予想外のその技に春人は驚きを隠せなかった
「こ、氷!?アイツの魔法か!!」
「『ハル!!来ます!!』」
「くそっ!!」
春人は氷河に注意を向けた。それと同時に発射される氷の塊。春人は内心で舌打ちをしつつ、カリバーを振り下し≪迅雷の風≫を発動させる。
しかし≪アイスキューブ・キャノン≫は≪迅雷の風≫と接触する直前、進行方向を変更した。四つ全てが大きく外側に向かい衝突を避け、それから屈折して春人に向かって飛んでくる。一方の≪迅雷の風≫は単純に直進し、氷河に軽々と避けられてしまった。
そして
「―――っ!?」
≪アイスキューブ・キャノン≫が春人に迫った。そのまま一つ、二つ、三つと当たり、最後の四つ目も直撃する。
小さな氷の結晶を含んだ爆発。その中から彼の身体が吹き飛ばされ、後ろの地面に転がった。それから足に力を込め、ゆっくりと立ち上がる
「『ハル!!大丈夫ですかっ!!』」
「……あぁ。直前に刀身で攻撃を受けた。受けたのは爆発の衝撃だけだ。って言っても、そのダメージが大きいんだけどな……っ!?」
「≪コールドディパニッシャー≫!!」
「ソ、≪ソールシールド≫!!」
大した間もなく、連続で仕掛けられる氷河の攻撃。それに対して春人は左手を前に出した。しかし、そこから展開されたのは防御性能の低い盾。故に、一瞬攻撃を防ぐものの、すぐに破壊されてしまう。だが、それで十分だった
「っ!!」
春人はその隙に左方に頭を抱え込みながら飛び込んだ。その一秒後、彼の背後を≪コールドディパニッシャー≫が通り過ぎていく。まさに間一髪だった
しかし、今の彼に余裕というものは無い。それを氷河が逃すはずもなかった
「……捕らえろ」
「ヤバッ!!」
咄嗟に回避を試みるが春人の周囲は即座に氷柱に囲まれ、閉じ込められてしまった。大きさは春人より少し高く、厚さがあるのは確かだった。その頑丈さの証拠にカリバーで斬りつけてみるが、傷は殆どついていない。少し欠けた破片が音もなく地面に落ちて行った
「この氷……攻撃しても殆どダメージがない!?」
「≪アイス・スピアレス≫の応用だ。ゲージを使って耐久力を底上げし、通常よりも大型の氷柱を作りお前の動きを封じた。維持魔力が大きいが故に長時間の維持は出来ないが、それも今は関係ないだろう」
「くっ!!」
落ち着いた声でそう言いながら、氷河がブリューナクの先端を氷柱に向けた。狙いは閉じ込められている春人。彼もそれが分かっているから、カリバーで柱を攻撃し脱出を試みる。しかしそれは殆ど意味を成していなかった。次第に呼吸が荒れ始め、数秒後には動きが止まった。
そして、その瞬間を待っていたかのようにブリューナクのゲージが二つ破壊された
「お前は確かに強くなっていた。この短期間でそこまで強くなったのは正直驚きだった。お前は俺の求める者になれたのかもしれない。だが、約束は約束だ。お前はもう俺に関わる事は無いだろう」
エネルギーが収束し、煌めく一つの結晶へと変化していく。巨大な冷弾。それは、以前春人に敗北を刻み込んだ技。その強さが分かるからこそ、春人は悔しそうな表情を浮かべる。
けれども、もう抵抗する手段は残されていない。悔いや寒気によって震える身体を何とか抑え込み、ゆっくりと目を瞑り、心の中で一樹に謝罪の言葉を呟こうとした。
その時だった
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「『……ハル。まだ、終わりじゃありません。作りましょう。≪パトリオットブレイバー≫の完成系を』」
「完成系……?」
不意に弥生の声が、彼の頭の中に響いた。強い意志を感じさせるそれに、小さな希望を持った春人は一瞬だけ黙り込む。しかし、答えはすぐに浮かんだ。それに応じて静かに首を横に振る
「もう何度も何度も挑んださ。想像はもう何度もやった。けど、それが現実にならないんだ。今の俺の力じゃ、そこには届かない」
「『でも、このままじゃ負けちゃいますよ? いいんですか、このまま終わっても』」
「良いわけじゃない。けど、今の俺の力じゃこれが精一杯だったんだ。だから、もう……」
「『大丈夫ですよ』」
優しい、声が響いた。彼の身体の震えが止まり、肩から力が抜ける。感じる温度は変わりないはずなのに、何故か温かい気がしていた
「『確かに、ハル一人じゃ出来ないのかもしません。でも今、ハルは一人じゃない。私も一緒です。二人でやれば、出来るかもしれないじゃないですか?』」
「弥生……」
「『だからハル、二人で「想像」しましょう。完成したハルの「切り札」を』」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「さらばだ。水上……春人」
寂しげな別れの言葉と共に、氷河が槍を横に振る。それが合図となって、巨大な冷弾≪コールドティアズ・バレット≫が春人に向かって放たれた。
白い冷気を纏ったそれは、地面に薄い氷の膜を作りながら、徐々に距離を縮めて行く。春人を閉じ込めている柱に変化は無い。観客の殆どの頭の中に、春人の敗北が予測された。だが―――
「っ!?」
いくつかの閃光が辺りに広がった瞬間、氷河が目を見開いた。衝撃によって発生した風が彼の身体に直撃する。微妙な冷気を含んだ風。宙には煌めく氷の結晶がいくつも降下してきている。それが氷河の作り出したモノだという事は明らかだった。
状況の分からない彼はすぐさま視線を正面に向ける。閃光はもう収まっていた。その代わり、白い煙の中から同色の刃が姿を現す
「弥生、ありがとう。今度こそ一緒だ。……いくぞ!!」
「『はい!!ゲージ……』」
「「『フル・ブレイク』ッ!!!!」」
一部のパーツが稼働し、魔力ゲージの全メーターが砕け散った。同時に、刃は今までにない程力強く輝き、周囲には風と小さな稲妻が発生している。それはまるで、押さえられていた力が解放されたかのように宙を舞い、暴れる。そして
「「『≪ライトニング・パトリオットブレイバー≫』ッッッッ!!!!」」
彼等の「切り札」が発動。地面を蹴り上げ、猛スピードで氷河に向かって飛び込んでいく
「今更……突破できると思ったかっ!!」
予想外の展開に眉をひそめるものの、氷河は冷静に対処。数分前と同じく≪フリージング・ハイシールド≫を複数発生させ、突進を防ごうとした。
しかし一枚目が容易く砕かれ、盾は次々と壊されていく。宙に舞う青い結晶。氷河の拳には自然と力が込められていた。
そして春人が、ついに最後の盾を打ち壊し、氷河の目の前で剣を振り上げた
「うおぉおっ!!」
「まだ……俺の盾は、残っている!!」
雄叫びを放つ春人に負けじと、残った三つのゲージを使って氷河が≪フリージング・ハイシールド≫を展開した。それでも止まらない春人の攻撃。勢いをつけて振り降ろされた刃が衝撃と共にぶつかり合った
「―――ッ!!」
「―――っ!!」
互いが力を振り絞り、剣と盾に魔力を注ぎ込んだ。それに比例して増す輝き。
すると、どこからともなく「ピキッ」という音が鳴った。一度目のそれが起点になったように、続いて同じ音が増えていく。そして
「なっ……」
氷河の盾が分解した。まるで割れたガラスの様に煌めきながら、散っていく。それから、春人の攻撃が彼に直撃、その身体に大きなダメージが与えられる。
―――事はなかった
「えっ……?」
思わず春人も小さく呟いた。彼の手元にあるカリバー。しかしその刀身は氷河の盾同様、砕け散ってしまっている。だから、振り降ろしても、氷河に当たってはいなかった
「……あーあ、ちくしょう。俺の……負け……か……」
着地した春人は、苦笑しながら地面に倒れこんだ