第52話 再戦の約束
カレブトロ洞窟で一樹の話を聞いた翌日、俺は学園の屋上を訪れていた。時は放課後、数分前にはチャイムが鳴り今日の授業が終了している。
普通、このタイミングで屋上にくる人間はまずいない。殆どの場合は放課後になって、教室で喋ったり、帰ったり、部活に行ったりするからだ。
だけど今、俺と弥生はそこにいた。そしてもう一人、俺の数メートル先には男子生徒がいる。
いくつかの雲が浮いている空を彼は静かに見ている
「……なぁ、そこで何やってるんだ?」
不意にかけられた声に彼は反応した。と言っても驚いたわけではない。恐らくドアを開けた瞬間、俺たちの存在に気づいているからだ。その証拠に、彼は何事もなかったかのようにゆっくりと振り返った
「蒼天の空を見ている。何か問題でもあるか?」
「……いや、問題なんてないさ」
思わず苦笑いをした。ただ話しかけただけなのに発せられる威圧感。それは、あの魔法戦の後と同じもので、独特の冷たさを感じさせる。
それに警戒したのか、隣で弥生が反射的に身構えた。そんな彼女の肩に手を置き、落ち着かせてから俺は話を続けた
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「探すのに少し手間取った。クラスの連中に聞いても情報知ってるヤツは少なくてさ。具体的な場所が分かったのは昼休みの終盤で、結局会うのは放課後になったよ」
「……」
「氷河、俺達はお前に会いに来た。話したい事があるからだ」
「俺に話し……だと?」
「あぁ」
銀色に輝く眼鏡の奥で眉が動き、彼の表情が険しくなる。嫌悪感を抱いているのは明白だった。威嚇にも似たそれは、さっきの威圧感と同じようにプレッシャーをかけてくる。
だが、その影響を受けて引き下がるわけにはいかなかった。瞳に力を込めて、反撃をするかのような視線を向ける。
その時だった
「時間の無駄だな」
「えっ……?」
「俺は弱いヤツの相手はしない。俺より優れた何かを持っていると思わないからだ。そしてお前は、以前俺に負けている。そんなヤツの話しなど聞くだけ無駄だ」
「無駄って……おい、ちょっと待ってくれ。お前に関わりのある話しなんだ。ちゃんと聞いてくれよ」
「例え同じ特待生であっても、お前があの程度のレベルである事は分かっている。俺の考えが変わる事はない。さっさとここを立ち去るといい」
「なっ、なんでそんな酷い事を言うんですか!!ハルはちゃんとアナタに伝えたくて……」
「……弥生」
氷河の態度を見て興奮した弥生に、一声かけて落ち着かせた。彼女は口元を手で押さえてから、申し訳なさそうな顔をする。そんな彼女に小さく頷いてから、俺は一呼吸置いた
「……立ち去れ、か。それ、この話しに「一樹」が関わってるとしても、同じ事言えるか?」
「―――っ!?」
その瞬間、氷河の体がピクりと動いた。表情は一変し、驚きに染まっている。珍しく冷静さを失っているようだった。彼はそのまま、一時期の間を置いて改めてその名前を口にした
「一樹、だと……?」
「そうだ。「菊池一樹」。お前なら、この名前に聞き覚えあるよな?」
「……」
「頼まれたんだよ、氷河を連れて来てほしいって。一樹本人から頼まれたんだ」
「本人からだと……!?アイツはもうこの世にはいない。ウソをつくな!!」
「ウソなんかじゃない。本当の事だ。本当に、アイツから頼まれたんだよ。だから俺は今、ここに来てお前と話してるんだ」
「…………っ!!」
「氷河っ!!」
眉間にシワを寄せた氷河が俺達の後ろにドアに向かって歩き出した。そのまま隣を通りすぎ、ドアノブに触れようとする
「おい、ちょっと待てよ」
「うるさい。確かに、その名前は知っている。だが、お前には関係のない話しだ。その名前を理由に、お前の話しを聞くつもりはない」
「……なるほど。あくまで考えは変えないってか。分かった。それなら氷河、俺と再戦しようぜ」
「再戦……?」
その瞬間、氷河の手が止まった。隣では弥生が驚いた顔をして、俺の服の裾を引っ張っている。恐らく、止めようとしているのだろう。だけど俺は頷き、話を続けた
「あぁ。お前は弱いヤツの相手はしないんだよな?だったら、もう一回戦って、俺が勝ったら俺を信じてくれ」
「……バカバカしい。ついこの間敗北したお前が、たった数日で勝てる様になると思っているのか?」
「そんなの、やってみなきゃ分かんないだろ?」
「…………」
睨みつける氷河に俺は微笑を返した。言葉が途切れ静寂が周りを包み込む。それから彼がため息をついたのは数秒後の事だった
「いいだろう、もう一度戦ってやる。そこで、もしお前が勝てばお前の話しを信じよう。ただし、俺が勝ったら今後一切俺に関わるな。それがこちらの要求だ。いいか?」
「……分かった」
「日時についてはこちらで考えさせてもらおう。決まり次第、沼島を通して連絡する。……それまでに、少しでも実力をつけておく事だな」
その言葉を最後に、彼は屋上を去って行った