第51話 カレブトロ洞窟と聞こえる声
少し息を切らしながら、手にしたカリバーを地面に突き刺した。一度大きく深呼吸をしてから顔を上げ、辺りを見渡す。
いない。さっきまでいた3匹のモンスターは消えている。どうやらあれで全部だったようだ。それを確認してから、カリバーのエネルギー刃を解除すると、同時に持ち手部分も空に消えた
「……さて、と」
軽く息を吐き、右手をポケットに入れて携帯を取り出した。起動させてフォルダを開き、さっき届いたメールを確認する
「……ここで合ってるんだよな?」
そこに書かれた文章を見て自問をしてみるものの、もちろん答えは分からない。そんな状況にため息を吐きながら、先に見える光を頼りに俺は足を進めた
「カレブトロ洞窟」、ファンタジアの街から見て北西部分に存在する大きな洞窟の名前だ。街との距離はあまり離れていないものの、さっきのような魔力暴走体である「モンスター」が現れるので訪れる人はそう多くはない。今に至っては、時間帯が夜という事で誰の気配も感じないくらいだった。
ではなぜ、そんな場所に俺がいて歩き続けているのか。それはつい数十分前に受け取ったメールがきっかけとなっている。
送り主も分からないバグのようなメール。その本文には「カレブトロ洞窟の奥」とだけ書かれており、怪しいのは明らかだった。もしかしたら、気にしない方がよかったのかもしれない。だけど俺は、そのメールから感じる「ある力」を無視する事が出来なかった。
『魔力』、本来ならばメールからは感じる事がないそれを、何故か感じたのだ。
だから、地図を頼りにここまで来てみたわけなのだが……
「ここ、何にもないよな……」
洞窟の奥は至って普通の場所だった。
岩石で作られた凹凸だらけの壁。天井には大きな穴が空いており、足元を月明かりが照らしている。それ以外の特徴と言えば、少し大きめの白い石があると言うことぐらいだろうか。
そんな光景に思わず戸惑いを隠せなかった
「このメール、やっぱりバグか何かだったのか?それともイタズラ……?まぁどっちにしろ、気にし過ぎただけっぽいな」
自分にそう言い聞かせ、寮に戻ろうと来た道へと振り返った。
帰って弥生に何か聞かれたら「イタズラに乗ってしまった」と伝えよう。多分笑い話ぐらいには出来るはずだ。
そんな事を考えながら、その場を去ろうとした。その時だった
「……っ!?」
背後から光が放たれ、反射的に目を瞑った。もちろん直視はしていないものの、その強烈さは周囲が明るくなっているのを見れば、自然と分かってしまうものだった。
振り向きながら腕を顔の前に構え、それが収まるのを待ってみる
「くっ……」
体にダメージは無い。確信は出来ないが、有害なものではないようだ。それから光が弱くなったタイミングを見計らって、ゆっくり視線を向けてみる。すると
「こんにちわ。キミとは初めまして……だね」
「えっ……?」
そこには1人の青年が立っていた。少し低めの身長に大きめの学園制服。髪は茶色だが、染めているわけではなく、地毛のようだった。大人しそうながら、明るい性格。そんな印象を受ける。
と、ここまでは普通の男子生徒。しかし、普通とは違う点が一つあった。それは―――
「か、体が透けてる……。幽霊?いや、もしかして「オバケ」なのか?」
「んー……。オバケとは少し違うかな。似たようなものだけど、僕の場合、肉体はこの世に存在していない。死後、意志の力だけがここに残っている。言ってみれば「思念体」かな」
「思念体……。もしかして、俺にこのメールを送ったのは……」
「あぁ、そうだよ。それ送ったのは僕だ。生憎、ここには携帯が無くてね。電気系の魔法を使って独自電波を流したんだんだけど、その結果単純な文章しか作る事が出来ないかったんだ。すまないね」
青年はそう言いながら、右手に電気の球体を出現させた。あれも電気技の一種なのだろうか。それはゆっくりと上昇し、周囲に光を行き届かせた
「けど、それでもキミは来てくれた。まずはその事に感謝するよ」
「……それより、どうして俺を呼んだんだ?何か用でもあるのか?」
刹那、右手に力を込めてカリバーを出現させた。電撃を纏ったエネルギーの刃が輝きを放ち、バチバチという音を発している。相手が攻撃態勢に入ればすぐにでも戦える状態だった。
すると、それを見た青年は慌てて首を横に振った
「ちょっと待って。違うよ、用事は確かにある。だけど、キミと戦おうってわけじゃない。戦闘以外の目的があるんだよ」
「ほかの目的……?」
「うん。だから警戒する気持ちは分かるけど、一旦ディレクトリを引っ込めてもらえるかい?」
「……」
少し迷った後、俺は構えるのを止めた。戦闘態勢だったカリバーの刀身の光も徐々に弱くなっていき、比例して電気音もなくなっていく
「ありがとう。そういえば自己紹介がまだだったかな。僕の名前は菊池一樹。今回、キミに「ある頼み」があって、ここに呼んだんだ」
「頼み……?」
「そうだよ。……単刀直入に言おう。キミへの頼みはただ一つ。連れて来てほしいんだ。僕の友達、「白銀氷河」を……ね」
「っ!?」
真っ直ぐな瞳で彼はそう言った
「白銀氷河、知っているだろう?ついさっき、魔法戦を行ったばかり……だよね?」
「……どうしてそれを知ってるんだ?見ていたのか?」
「まさか。僕はこの洞窟から出られない。キミ達の戦いを見ることは出来ないよ。だけど僕は電気魔法が得意でね。電子機器の情報を見る事ぐらいなら出来るんだ。つまり―――」
「沼島先生が記録したデータなら覗けるってわけか」
一樹が頷いた。
魔法の授業中に行った戦いは全てパソコンに記録されている、という事は聞いたことがあった。どこまで詳しく記されているかまでは知らないが、「誰と誰が対戦したか」に関してはほぼ確実に記録されているだろう。恐らく彼はそのデータを見て、魔法戦のことを知ったのだ
「僕と氷河との間には「とある事情」があるんだ。それがきっかけで彼は自分を責め続けている。だから、ちゃんと会って話がしたいんだ」
「事情?もしかしてそれって、氷河が人体凍結したって話しか……?」
「……なるほど、やっぱり氷河と同じ特待生だから、その話しを聞いていたんだね。そうさ。そして死んでしまった氷河の友達というのが僕、一樹だ。だけど、僕はその事を恨んでなんかいない。むしろ感謝しているんだよ」
「えっ、感謝……?」
「そうだよ。もしあのまま魔力暴走を起こしていれば、僕は家族や氷河を含めた友達を傷つける事になっていた。だけどあの時、氷河のおかげで誰も傷つけずに済んだんだ。だから僕は、彼に感謝している。それこそ、「ありがとう」って伝えたいと思っているんだ」
「だけどアイツは、氷河はそれをずっと後悔している。自分がやってしまった罪に苦しみ続けている……」
「その通り。だから僕が直接伝えたいんだ。「もうキミは苦しまなくていいよ」って。「僕はキミに感謝しているくらいなんだよ」って。伝えたいんだよ」
一樹の言葉は、その一つ一つがとても優しかった。きっと後悔していたのだ。大切な友人で、感謝している人物が、自分がきっかけで悔み続けているという事に、彼はずっと後悔していた。だから今、こんなに優しい顔が出来ているんだと、そう思える。だから―――
「だから春人くん、キミに協力してほしい。ここに氷河を連れて来てほしい。この頼みを、聞いてもらえないかな?」
「……本当なら簡単に「任せろ」って言っちゃいけないと思うんだ。事情が事情だし、軽く了解するのは部外者として無責任すぎるとも思う」
「春人く……」
「でも。大切な事だからこそ、何とかしたいっても思うんだ。俺が力になれるのであれば、力になって解決してほしい。だから俺は連れて来るよ、氷河を。ここにアイツを連れて来て、一樹と話してもらう。俺に出来るのはそれぐらいだけど、それで良いんだよな?」
「あぁ、それで十分さ。春人くん、よろしく頼むよ」
一樹がこちらに近寄り、透けた右手を差し出してきた。対する俺も手を出して彼と握手を交わす。
少し上で輝く球体の光が、妙に温かく感じた