第5話 先輩
「ようやく……終わったか」
俺は目の前の机に体を伏せ、「ふぅ」と息を吐いた。放課後、授業と言う名の呪縛から解き放たれ迎えるその時間はまさに天国。自由と言う名の楽園時間と言っても過言ではない
「お疲れ様でした、ハル」
声に反応して顔だけを右に寄せて見るとそこには弥生が立っていた。笑顔でこっちを見てると思えばその手にはカバンが握られている。どうやら帰るスタンバイをしているらしい。お礼を言った俺は体を起こしてそれを受け取り、教科書達を入れていく
「あの……ハル。ちょっとお話しを良いですか?」
「ん? いいけど……どうかしたのか?」
妙に元気の無い声。それを疑問に思いつつ、俺は反射的に返事をしていた。すると弥生は周りをキョロキョロして人がいなくなったのを確認し、俺の耳元に近づいた
「実はその……さっきの廊下を歩いていたらですね、全く知らない人に出会っちゃったんです。それからなんと……声を掛けられたんですよ」
「声を掛けられた……って、えっ?」
俺は思わず手を止めた。冷静に、「オバケ」について思い出してみる。
弥生はオバケだ。詳しことは未だに知らないが、とりあえず一般人には見えないようにしてあるっていうのは覚えている。だけど今、弥生は出会ったと言った。しかも声をかけられている。
それはつまり、見えていないと出来ない事だ
「弥生、声を掛けられたって……」
「はい。だから私もビックリしちゃったんですよ。まさか姿を見られるなんて思ってもいませんでしたから」
「…………」
弥生の顔を見ると彼女も困惑の表情を浮かべていた。どうやら、からかっていると言うわけではないらしい。しかし、それはそれで厄介だ
「弥生は普段、見えないようにしているんだよな? どういう人なら見えるんだ?」
「ハルのような契約している人には見えると思います。それ以外にもあるかもですけど、私はそれしか知りません」
「ってことはその人も契約をしている……ってことか?」
「分かりません。けど私以外にもオバケはいるはずです。それを考えるとあり得る話しではあります」
「なるほどな。まぁとりあえず、その人には会ってみる必要があるかもってことか。……と言っても何百人の中から1人を探すっているのはかなり骨の折れそうだよなぁ……」
ハルの通うこの学校には、極端に多くは無いものの、それなりの数の生徒がいる。それを考えると不可能に近い気がしてしまうのも無理はない。
と、その時だった
「そこで何をやっているのかな?」
「えっ……?」
突然聞こえた声に俺は教室の出入り口を見た。するとそこには1人の女子生徒が壁にもたれかかってこっちを見ている。
紫の綺麗な髪に赤色の瞳、身長は俺より少し低いくらいだろうか。腕に腕章を付けた彼女は落ち着いた表情でこちらを見ていた
「もう下校時間のはずだよ? 教室残ってる必要なんてないと思うけど……」
「あぁ、すいません。ちょっと考え事をしていまして、大丈夫です。もう帰りますから」
弥生に合図を送り、俺はもう1つの出入り口へと向かって行った。確かに下校時間にこんな所にいるのは不自然だ。考え事は家でも出来る。だったら今すべきなのは一旦帰宅することだ。俺はそう考えていた。
すると背後から妙に色っぽい声が響いてきた
「へぇ、この場から逃げちゃうんだ。わざわざ私から来てあげたのになぁ」
「えっ? 来てあげた……?」
「そう、だって私の事、探してたんでしょ?その子と契約した……水上春人くん」
「ッ!?」
俺は驚きを隠せなかった。この人は、俺が弥生のパートナーだと言う事を知っている。しかも名前まで把握済みということはパートナーだと言う事以外についても、それなりに調べてきているのだろう。対してこちらには全く情報が無い。そう考えると自然に不利な気持ちになっていた
「……なんで、俺の名前を知っているんですか?」
「だってキミ、その子と一緒にいるでしょ? だから少し調べさせてもらったの」
優しく微笑んでいるものの、俺は一瞬も気を抜けない。
この人は弥生が見えるが味方とは限らないのだ。もしかしたら弥生を狙ってここに現れたのかも知れない。その場合、俺は何としても弥生を守りたかった。だから俺は弥生を自分の背後に移動させつつ、謎の彼女を睨みつけた
「……俺じゃなくて弥生が狙いですか」
「えっ?」
「弥生は渡しません。弥生のパートナーは俺なんです。彼女は……俺が守ります」
俺は弥生の前にそっと手をかざした。
弥生はまぐれだけど俺をパートナーに選んでくれた。だったら俺にはそれに答える義務がある。いや、俺の意志でそれに答えたい。そう思って歯を食いしばった。
その時だった。彼女の少し驚いた顔が一変し、怪しく頬笑み始めた
「……へぇ、やっぱり男の子なんだね。いいね、そう言うの。立派だと思うよ」
「どういう事ですか?」
「そうだなぁ……。あなた今、私のこと敵だと思って話してるでしょ?」
「当たり前です」
気付けば、自分でも驚くほどキッパリと答えていた。しかしそれの何がおかしかったのか。やはりこの人は「ふふふ」と笑っている。いかにも余裕を見せつけているようだった
「私はキミ達の敵なんかじゃないよ。ただちょっと用事があっただけ」
「……はい?」
「私は……私のパートナーがその子に会いたいって言ってたから連れて来てあげただけなの」
「私のパートナーって……あなたはやっぱり契約を……」
「おいで、リク」
俺の言葉を最後まで聞かず、ドアに向かって優しく手招きをすると、入口に隠れていたであろう小さな少年がヒョコっと顔を覗かせた。どうやら様子を伺っているらしく、辺りをキョロキョロ見渡している
「ほら、ここがリクの来たかった場所でしょ?」
「うん、えっと……あ、いたいた。おーい、弥生ちゃん」
「えっ、この声……リクですか?」
俺の後ろに隠れていた弥生が顔を出した。すると、向かい側の少年も笑顔になり走ってくる
「弥生ちゃん、久しぶりだね!!」
「お久しぶりです。でも……なんでここにわたしがいるって分かったんですか?」
「近くに弥生ちゃんがいる気がしたんだ。だからいろんな場所を探して……。そしたら、ここで弥生ちゃんに会えたんだよ」
「なるほど、そうだったんですね」
少年の説明に弥生が頷いている。特に驚く様子もなく、普通に話している。だけど俺は忘れていなかった。弥生はオバケだ。つまり普通に話せる人は限られているはず。じゃあこの少年は一体なんなのか、そんな疑問が俺の頭の中を駆け巡る
「その子はリク。その……弥生ちゃんって子と同じオバケなのよ」
「同じオバケ……」
「そっ。この子のお願いで私はここに来ただけ。だから敵じゃないの。分かってもらえた?」
彼女の言葉に俺は戸惑いつつも頷いた。否、頷くしかなかった。この状況は驚きだが現実だ。受け止めなくてはならない。
つまり、さっきまで俺が持っていた警戒心は無駄となり、ただ単に目の前のこの人に対して失礼な事をしただけとなってしまった
「その……さっきはすいません。警戒してしまって……」
「その事なら気にしてないから大丈夫。それに、あの時のキミって、なんだかカッコよかったと思うけど?」
優しく微笑む彼女に俺は一本取られた気がした。そんな時、ふと彼女の胸に付けられたリボンに目がいった。その色は間違いない、この学校で最上級生を現す「青色」だった
「あの……もしかして上級生の先輩……ですか?」
「うん。紫乃原陽花って言うの。よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
手を差し出してきた先輩に俺も慌てて手を差し出し握手した俺よりも少し小さい手。しかし何故だろう。この人はかなり実力を持っている気がした。無論、何の実力かは全く分からない。だけど、何か大きな力、俺はそれをこの人から感じ取っていた
「…………」
「あれ? もしかして私と手をつないだら離したくなくなっちゃった?」
「えっ?」
「だってほら。手、ずっと繋いだまんまだよ?」
「あ、あぁ!! すいません」
悪いと思い、俺は慌てて手を離した。するとそんな様子に先輩は「クスクス」と笑っている
「もう、慌て過ぎ。ホントに可愛いんだから」
「か、可愛いって……俺、男なんですけど?」
「なんて言うか……弄りたくなっちゃうの。分からないかなぁ?」
「分からないですし、分かりたくもありません」
「ハァ」とため息をついた俺を見て先輩が笑いながら適当な机に座った。落ち着いているようで良く笑う人だ。俺がそう思った時だった。まるで呼んでいるかのようにズボンの裾が引っ張られた。弥生達だ
「ハル、紹介しておきますね。この子はリク。私のオバケ仲間さんです」
「こんにちわ、リクだよ」
「うん、こんにちわ。って、オバケ仲間……? ってことはお前も試験を……?」
「試験? 試験って……」
「ハ、ハル!!」
リクが喋ろうとしたその瞬間、弥生が大声で俺を呼んだ。しかしこの近距離だ。話すとしてもそんな大きな声で話す必要はない
「や、弥生。この距離なんだからそんな大声出さなくても良いだろう?」
「ごめんなさい……。でも、時間を見て下さい」
俺は弥生に言われた通り時計に目をやり時間を確認した。時刻はちょうど5時前。外の部活が本格的に活動を始める時間だ
「時間って……5時前だろ?それがどうしたんだ?」
「どうしたって……さっき先生の話しを聞いていなかったんですか?」
「えっ? 先生の話し? 何か言ってたか?」
「今日は先生達の会議があるから、生徒は5時までに校内から出なさい……って話でしょ?」
「あぁなるほど。ってなんで先輩が知ってるんですか」
「ウチのクラスでもその話しがあったの。それじゃまぁ今日はここでお開きとしましょ。また明日学校で会えるわけだしね」
先輩が机から降りるとリクが近づいた
「それじゃあね、バイバイ」
「またね、弥生ちゃん」
「はい、また明日です」
小さな手を振り、弥生が彼女たちを見送った。そして訪れる静かな時間。いきなり迎えたその雰囲気に俺は思わずため息を吐いていた
「他のオバケ……か。けどまぁ、これでとりあえずだけど謎は解決したわけだ。それじゃあ俺達も帰るか」
「はい」
俺はカバンを手に取り、弥生と共に教室を出た