第39話 ラノンパーク
そこはとても賑やかな場所だった。愉快な音を奏でる楽器。楽しげな人々の声。漂ってくるお菓子の甘い匂い。その全てが高揚感を抱かせている。
辺りを見渡すと家族連れにお年寄り、若いカップル達が楽しそうに話しながら歩いている。そんな彼らに、着ぐるみ達が風船をプレゼントしていた
「ここが「ラノンパーク」か」
そこには様々なアトラクションが建てられていた。ジェットコースターにコーヒーカップ、メリーゴーランドにオバケ屋敷。そして巨大観覧車。遊園地の定番と言えるであろうそれらは、外見的には日本にあるものとあまり変わらない。その影響だろうか。俺自身、初めて来る場所にも関わらず、何故か少しだけ懐かしさを感じていた
「……これも全部魔法で補助されてるんだよなぁ」
その呟きと共に、俺は入場ゲート前でもらったパンフレットを開いた。最後のページを開き、一番下にある文章を見てみる。間違いない。そこには「遊具は全て魔法によって補強されております」と書かれていた。つまり、これら全てに魔法がかけられているという事になる
「不思議なのはどんな魔法を使ってるかだよな。一言で補助って言っても色々あるだろうし、そもそも魔力元が謎だ。誰かが魔法を使ってるのか。それとも……」
「ハール♪パンフレットばっかり見てないで、前を見て下さいよ。ほらほら、こんなに楽しそうな乗り物ばっかりですよ?」
「っと、そうだな。折角来たなら楽しまなくちゃ損だよな」
パンフレットを折りたたみ、ポケットに仕舞った。すると弥生が辺りを見渡し、綺麗な瞳を輝かせている。どの遊具も気になるのだろう、今すぐにでも遊びたそうだった。そんな彼女に微笑し、近くにあった地図ボードに視線を向ける
「それで、どこから行く?結構種類があるみたいだから、弥生が行きたい所から回ってみようか?」
「いいんですかっ?それじゃあですね……まずはボートから行きましょう。まったりのんびり楽しそうです」
「ボートか。それだったらこっちだな。ほら、弥生」
「あっ……はい♪」
俺の差し出した右手を弥生が少し照れながら握った。思わずやってしまったわけだが、周りでは色んな人が手を繋いでいるのだ。だから
「(特別な事をやってるわけではない……はずだ)」
そう自分に言い聞かせ、俺と弥生はボートへと向かった
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ファイトー!!ファイトですよ、ハルー」
「……っ!!」
弥生の元気な声援を受け、俺は腕に力を込めて動かした。握った木製のオールが宙に円を描き、船がゆっくりと前進する。すると彼女は「おぉ!!」とご機嫌な声を上げた
「すごいですよハル、前に進んでます。それにほら、水面を見て下さい。魚が沢山泳いでますよ」
「ホントだな。……そうだ。せっかくだから、エサでもあげてみたらどうだ?乗る前にもらったヤツがあっただろう?」
「あっ、そうですね、あげてみます。……おぉっ!!あっという間に近寄ってきましたよ。もう、みんな食いしん坊なんですねぇ」
「仕方ないですね」と言った顔で弥生がエサをあげている。それを次々と食べる魚達。見た所「コイ」のようだが、やはり日本のものと大差ない。もしかして生物に関しては普通の国々と同じなのだろうか。そんな事を考えながら、身体を後ろに倒し頭上を見上げた。
空はとても綺麗な青色で、真っ白な雲が所々に浮いていた。時折当たる風が気持ちいい。ボートが程良く揺れていることもあって、徐々に眠気が強くなっていく
「(……っと、ここで寝たら流石にマズイな)」
何とか意識を取り戻し、改めて目の前を見て見る。弥生がコイを眺めていた。その横顔はとても楽しそうで、見ているこっちも思わず微笑んでしまう。それはとてもいい気分だった
「(ずっとこんな時間が続けばいいのに)」
そんな事を思いながら、まぶたが再び重みを増していった。適度な疲れが加わる事で睡眠欲は一気に上昇し、その快楽に身を委ね始める。それはとても魅力的だった。現実がどんどん曖昧になり、弥生の声も遠退いて行く。そして俺は――
「……えいっ!!」
「ふがっ!?」
眠りにつく事は無かった。力の入っていない優しいチョップが頭に小さな衝撃を与える。慌てて目を開けると、当たり前の事ではあるが弥生の姿が見えた。ジト目でこちらをしっかり見ている。どうやら機嫌が悪くなってしまったらしい
「あっ、えっと、弥生?もうコイにエサはあげなくていいのか?」
「もう全部あげちゃいました。それよりいつの間にか寝ちゃってるなんて……。一体どういう事なんですか?」
「わ、悪かったって。ほら、午前中戦闘をしたからさ、疲れてるんだよ。それで心地よくてつい……」
「あっ……それもそうですよね。ハルは疲れちゃってるんですよね。けど、そう言う事だったら私に言ってくれれば膝枕とかしてあげたのに……」
「えっ、膝枕……?」
「はい。……なんですか?もしかして「お前、身体が小さいのに膝枕なんて出来るのか?」とか思ってるんですか?」
「いや、そうじゃなくてさ……」
正直損をしたと思った。男ならきっと誰もが憧れるであろうロマン展開「膝枕」。そのチャンスが目の前まで来ていたのに、それをあっさり逃してしまうとは。妙な敗北感が胸に渦巻き、ため息をついてしまう。
そしてそれを何とかする為、膝枕のイメージを想像し始める――
「……って、俺は変態か!?色々危ない人間か!?」
「うわっ!?ど、どうしたんですかハル?急に叫んだりして……」
「えっ?あぁ、いや……何でもないんだ。驚かせてごめんな」
「それはいいんですけど……何か考えていたんですか?」
首を傾げた弥生の言葉。それはある意味図星であり、予想されているんじゃないかと思ってしまう。少なくとも、この話題を話し続ければ意外な所で気付かれてしまうかもしれない。そこで話題を変えることにした
「ま、まぁな。それより弥生、屋台に行かないか?ちょうど3時だし、おやつって事でさ。何か食べようぜ」
「いいですねっ!!そうと決まればハル。早速ボートを漕いじゃって下さい!!スタート地点に戻りますよ」
「うっ、そう言えばそうだったな。くそぅ、また漕がなきゃ……ダメだよな」
話題を変えることには成功したものの、現状は別の意味で大変だった。渋々オールを握り、さっきとは逆方向に漕ぎ始める。水しぶきが少しだけ跳ね水面に波紋が広がって行った。その美しい光景を見ながら、俺は数十分後の財布の重さに不安を抱えていた