第38話 休息
「……はぁ、今日はかなり疲れたな」
帰り道、俺は静かにそう呟いた。
シルキさんとの戦いの後、俺はしばらく彼の家で寝ていた。目が覚めたのはついさっき。大体1時間程眠っていたそうだ。その間キノさんが回復魔法を使っていてくれたらしく、身体の調子は良くなっていた
「結局シルキさんには負けて、謎が増えただけだったな」
「謎ですか……。でも、しっかりディレクトリは手に入ったじゃないですか。それが今回の目的でしたよね?」
「それはそうなんだけど、あの剣だって京也さんが持って行っちゃっただろ?なんか実感湧かないんだよなぁ」
そう、京也さんはその場で別れ、俺のディレクトリ「カリバーⅡ」を持って行ってしまったのだ。後日調整をしてから渡すとの事だったが、手元にない為、ディレクトリを貰った感覚があまり無いのだ
「(そう言えばあのディレクトリ「カリバーⅡ」って名前だったけど、ラグさんのディレクトリも確か「カリバー」って名前だったよな?もしかして何か関係あるのか……?)」
「あの……ハル?ディレクトリの事はともかく、身体の調子は大丈夫ですか?」
「えっ?身体?大丈夫だけど……って、あぁ。弥生には心配かけちゃったもんな」
「ホントですよ。ハルが倒れちゃった時はどうしようかと思ったんですからね?戦ってる時だって、元気が無くなったと思ったら、いきなり攻撃の勢いを上げますし……。私すごく心配したんですよ?」
「うっ、それに関しては申し訳ない……」
観客側から見ても、俺は明らかに無茶をしていたらしい。それに弥生が心配してくれている事は戦いの中で知っていた。となれば、俺は謝るしかない。だけど、ただ単に謝るだけで話しを終わらせたくは無かった。ちゃんとその「理由」も知っていて欲しかった。だから俺は、そのまま話しを続ける
「……けど、嫌だったんだよ」
「嫌……?シルキさんに負ける事がですか?」
「いや、それもなんだけどさ。何て言うか……それ以上に、お前の目の前で何も出来ずに負けるのが……嫌だったんだよ」
我ながら恥ずかしさのあまり自然と目線を逸らしていた。だけどあの時俺は弥生を見て、彼女との約束を思い出して、立ち上がる事が出来たのだ。だからこそ、謝罪と共に伝えるべきだと思った。
そんな言葉を聞いて、一瞬驚いた弥生がすぐに微笑してこちらに視線を向けてくる
「……ハル、それってもしかして「カッコつけたかった」って事ですか?」
「えっ!?いや、その、ち、違うぞ!?別にそういうわけじゃなくて、何て言うか。その……あぁもう!!なんて言えば上手く伝わるんだ!?」
予想外の一言に焦って言葉が出てこなくなった。だけど弥生は嬉しそうに笑みを浮かべて
「ふふっ、ありがとうございます。ハルのその気持ち、私はすっごく嬉しいですよ」
「なんか上手く伝わって無い気がするんだが……」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。ところでハル?さっき京也さんからもらったチケット、ちゃんと無くさずに持ってますか?」
「チケット?あぁ、アレだな。ちゃんと持ってるよ、ほら」
一旦冷静になり、ポケットから取り出したのは二枚のチケット。あの「ディレクトリ製作所」を去る際、京也さんに貰ったものだ。「今日は疲れただろうから、そのチケットでたっぷり楽しんでくるといいよ」なんて言われて受け取ったそれには「遊園地」という文字がある。どうやら遊園地に入場する為のチケットらしい
「おぉ、遊園地のチケットなんですね。ハル、早速行きましょうよ」
「遊園地か。そうだなぁ……」
弥生の言葉に少しばかり思考する。正直今日はかなり疲労しており、早く帰って休みたいという気持ちはある。しかし、せっかく出来た機会だ。リフレッシュも兼ねて、遊んでみるのも良い気がする。そして何より、弥生がそれで喜んでくれるなら……。そう考えた俺は彼女の言葉に頷いた
「よし、せっかくだし行ってみるか。時間もまだ遅くは無いしな」
「ホントですか?それじゃあ早く行きましょう!!時間は待ってくれませんよ!!」
興奮した弥生が俺に飛びつき手を握った。柔らかくて、小さくて、温かな手。それが俺の手と繋がって少々強引に引いてくる。意外と力が込められていた。彼女は純粋な少女の様にはしゃぎ、前へ前へと進もうとしている
「ほら、早く早く!!」
「分かった。分かったからそう慌てるなってば。そんなに急がなくても、時間はたっぷりあるんだぞ?」
「もう、何を言っているんですか?ハルとの時間は、一分でも一秒でも大切なんですよ?しっかり楽しみたいじゃないですか」
「…………」
「当然でしょう?」と言った顔をする弥生。その言葉はきっと正しいのだが、妙に嬉しい言葉でもあるので、内心ドキッとしてしまう。そんな事を知ってか否か、彼女は更に手を引いて俺の顔を覗き込んでくる
「さぁ、行きましょう?」
「……あぁ、そうだな」
俺は苦笑いで頷き、彼女に引かれるがままに道を走って行った
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「おぉ!!見て下さいハル!!遊園地ですよ、遊園地!!すごーく大きいです!!」
弥生が瞳を輝かせて言った。目の前にあるのは遊園地の入場ゲート。水色と黄色で配色されたそれには可愛らしいキャラクターが描かれており、入場者達の注目を集めていた
「そう言えば、弥生達は前にもここに来た事あるんだよな?ってことは来るのは2回目ってことになるのか?」
「いえ、違いますよ。あの時はここじゃない遊園地に行ったんです。だからここに来るのは初めてですよ」
「へぇ、遊園地がいくつかあるんだな。島国だからそういう施設って一つかと思ってたけど、意外に発展してるんだな」
「それよりもハル、あの門に描かれたキャラクターってなんでしょう?何か生き物がモチーフ見たいですけど……日本じゃ見た事無いですよね?」
「確かに見た事無いけどファンタジアに生息してる動物じゃないか?ここだけにいる特殊な魔法生物……みたいなさ」
「うーん、けどそんなの聞いた事ありませんよ?」
「ここは唯でさえ不思議な事だらけなんだ。そういう非現実的な事も、もしかしたらって可能性はある。少なくともそう考えた方が楽しくないか?色々想像が湧き出てくるじゃないか。例えばそうだな……」
「……くすっ」
「えっ……?」
語りだす俺を見て口元に手を当てた弥生が微笑した
「え、えっと……俺、何か変な事言ったか……?」
「あ、そうじゃないです。ごめんなさい。ハルが凄く楽しそうに話し始めたんで……つい。悪気があったんじゃないんですよ」
「そ、そっか……」
「それにしてもハル、やっぱりこういうお話し好きなんですね。なんだかとっても生き生きしていましたよ」
「ま、まぁ好きか嫌いかと言われれば好きな方……かな」
彼女に返答しながら俺は少し前の事を思い出していた。以前、弥生が自分で想像を広げて楽しそうに語っていた事があったわけだが、今の俺はそれと同じ状態だったのだろう。それが何となく照れ臭かった。だから何か他の話しをしようと話題を考えた、その時だった
「おっ、ハル!!お前もここに来てたのか」
「えっ?」
聞き覚えのある声が耳に届いて来た。門を見て見ると1人の少年がこちらにむかって手を振っており、その横では小柄な少女がため息をついていた。距離が少し離れており見えづらいが間違いない。ファンタジアに来る以前から俺の友人だった同じ特待生「良太」だ。彼は走ってどんどん近付き、俺達の前で立ち止まった
「いやぁ、久しぶりだな。ファンタジアでは初対面か。元気にしてたか?飯は食ってるか?そして最重要項目、可愛い子は見つけたか?」
「…………えっと、どちら様でしょうか?」
「あっ、私はですね……っておい!!なんでそんな事言うんだよ。たった数日で忘れられるとか……ショックで号泣するレベルだぞ!?」
「あはは、ごめんごめん。ここで号泣するのだけは止めてくれ。流石にほら、哀れすぎるから……さ」
「いきなりガチ反応するなよ!!ネタに決まってるだろ、ネタに!!」
俺のからかいに相変わらずの反応を見せる良太。すると鈴が少し遅れてやってきた
「もう、恥ずかしいから大人しくしなさいって言ってるでしょ?」
「けどよ、久々の再会だぜ?嬉しく無い訳がないだろ?」
「それはそうかもだけど、もう少し落ち着きって言うのを持てないのかしら……?」
「よっ、鈴。変わらず苦労してるみたいだな」
「そうねぇ。ファンタジアに来ても安定のお猿さん脳でとっても苦労しているわ。……っと、久しぶりね。ハル、弥生。もしかしてアナタ達も遊びに来たのかしら?」
「そうですよ。今から入場する所なんです。鈴達はもう帰るんですか?」
「えぇ、帰りにちょっと寄り道していくけどね。まぁ幸い同じ寮の隣部屋なわけだし、また会う事もあるでしょ。それより、この遊園地って結構良かったからしっかり楽しんできなさい。ハルは屋台なんかもあったから、お財布が軽くなるのを覚悟しておくことね」
「うっ、マジかよ……」
鈴の言葉に弥生が「楽しみです♪」と嬉しそうにしている。ちなみにこの話しを聞いて良太は自分の財布を確認し、深いため息をついていた。きっともう軽くなっているのだろう。さっきはからかってしまったが、今はなんだか同情したくなってしまう
「それじゃあね、2人共。はしゃぎすぎて怪我しないようにね」
「了解ですよー!!」
良太と鈴が俺達と反対方向に進んで行き、それを弥生が見送っている。そして彼らの姿が見えなくなると、弥生はこちらに視線を向けて来た
「さぁ、ハル。しっかり楽しみましょうね」
「あぁ。けど財布に関しては程ほどにしてくれよ?」
「分かってますって♪」
楽しそうなその声に、俺もなんだか嬉しくなってしまう。そして俺達は入場ゲートを潜って行った