第37話 覚醒の時
シルキさんとの戦闘が始まって数十分後、俺は激しく息切れしていた。身体も全体的に疲労し、動きが鈍くなっている事は自覚している。そんな中、辛うじて「魔力」は残っていると確信していた。しかしそれは、最初の≪イマジネクト≫以降魔法を使っていないからだ。正確には「使えないから」と言うのが正しいかもしれない
「……まさか、普段運動をしていなかった影響がこんな所で出るなんてな」
思わず苦笑いした。いくら魔法で強化されていると言っても増強できる体力には限界が存在する。そして今の俺はそれが底を尽きようとしている危機的状態。そんな状態から戦っていく為には、少ない体力で的確にダメージを与えていくしかないのだが、それもそう簡単にいく訳ではない
「(シルキさんは多分、まだまだ体力を残している。分かっている魔法も、ハンマーによる打撃≪プラッシュハンマー≫と、拳で殴りつける≪ティベルト・バースト≫のみ。隠し玉だって持ってるはずだ。そんな場面で素人の俺が確実にダメージを与えるのは……)かなり、ムリそうだな」
悔しいが現実はその通りだった。持論に対して自信過剰になってる訳ではないが、今のシルキさんの外見的状態を見てその可能性が一番高いと判断する。しかしこれでは俺に打つ手は無い。つまりそれは―
このまま「負けを認めなければならない」と言う事になる
「それは……流石に嫌だな」
俺は静かに剣を構えた。確かに状況的に不利ではある。元々勝つ事が難しいとも考えていた。だけど、このまま終わるのは納得いかない。まだ「何も出来てない」のに終わるなんて、それだけは何としても避けたかった
「―ッ!!」
重い足を動かし、俺は走り出した。警戒したシルキさんがハンマーを構えて様子を見ている。観察されている事は明らかだった。もしかしたら「何か策を思いついたか?」なんて思っているのかもしれない。だけど、そんな考えは関係ない
「はぁぁぁっ!!」
俺は声を上げて剣を振った。しかし最初よりも速度が低下しているそれは、難なく綺麗に避けられてしまった。しかし、俺の攻撃が止む事は無い
「―ッ!!―ッ!!―ッ!!―ッ!!―ッ!!」
俺は剣を振り続けた。刃は何度も空を切り裂き、何度も音が鳴った。もし動かない木などが相手であれば、いくつかの傷を付けられただろう。しかし相手はシルキさんだ。大振りの攻撃は一回も当たる事無く、俺の体力だけが削られていく
「―ッ!!―ッ!!ハァ……ハァ……」
「どうした、終わりか?」
「くそっ!!―ッ!!」
「挑発」だと分かっているその言葉に乗せられ、俺は攻撃を続けた。刀身が上下左右に向けて切り込まれ、更に激しさを増していく。しかしその分体力は更に削られ、動きが段々鈍くなる
「―ッ!!ハァ……ハァ……」
「……隙アリだ」
「ッ!?」
攻撃が止む一瞬を狙ってシルキさんが攻撃を仕掛けてくる。技では無いただの「物理攻撃」。しかしそれは今の俺には十分な攻撃となり、そのまま直撃。数メートル先まで飛ばされ倒れてしまった
「くっ……クソッ!!」
倒れた身体を起こそうとしたその時、急に力が抜けていった。立ち上がれなかった。身体の疲労はもちろんピーク達している。しかしそれ以上に「もう何もできない」という感情が俺の中で大きくなり、精神的なダメージを与えていた
「(闇雲な連続攻撃も当たらず、ただ俺の体力を消費するだけ。何とかしようと思ったけど……)どうすればいい……?」
「≪プラッシュハンマー≫!!」
「なっ!?」
突然聞こえた声に反応し、顔を上げた。そこに居たのはハンマーを構え、叩きつけようとしているシルキさんだった。エネルギーは十分に溜めこまれ、今にも発動しそうになっている
「ヤバい……っ!!」
刹那、身体は無理矢理だが動くようになり、反射的に右側へ飛び込んだ。その瞬間、鉄槌は地面に激突し大きな音を立てた。その衝撃で俺はまた吹き飛ばされ地面に転がる
「……あ、危なかった」
砂煙が晴れると、俺がさっきまで居た場所には鉄槌があった。地面は小さくではあるが抉れ、小石が散っている。今の攻撃、あと少し回避が遅れていれば直撃だったかもしれない
「直撃してたら完全にやられてたな。助かったよ……ありがとう」
それは剣に向けての言葉だった。あの時、俺は剣をハンマーに当てる事で振り下ろされる位置を微妙にずらし、回避率を上げたのだ。咄嗟に思いついた策だったが、何とか成功したらしい。しかし
「けど、この状況……」
それはあくまで回避が成功しただけ。この戦いで俺が絶体絶命なのに変わりは無かった
「…………」
思わず無言になって考え込んだ。このままでは終わりたくない。だけど勝つ見込みは愚か、ダメージを与える策ですら思いつかない。自分の持つ意思と現実との差。それはあまりに大きく違い、戦いに対する意欲を削ぎ落としていく。すると
「なぁ、春人。お前、今本気で俺と戦ってるか?」
「えっ……?」
シルキさんのその言葉はあまりに予想外だった。最初に失敗はしたが魔法は使ったし、闇雲ではあったが連続攻撃だってした。それらを知った上で、彼は俺に聞いて来た。だから俺は正直に答えを返した
「当たり前ですよ。本気です。けれど勝つどころか、まともなダメージすら与えられない。これが、俺の実力なんです」
「だったらお前は、その武器の名前が分かったのか?」
「いや、未だに分かりませんけど……」
「言ったよな。ディレクトリの名前が分かるのは「ディレクトリが主を認めた時」だって。あれはそのまんまの意味なんだよ。共に戦って、主の全力を知った時、ディレクトリは名前を教えてくれる。それがまだって事は、お前はまだ全力じゃないってことなんだよ」
「そんなゲームみたいな事、あるわけ……」
「確かに普通に考えればあり得ないかもな。けど、このファンタジアはゲームみたいな事ばっかりだってお前はもう、知ってるだろ?」
「…………」
「ホントに、全力なのか?」
シルキさんのその眼はとても真剣だった。その眼を見てしまったからこそ、俺は俯き黙ってしまう。全力を出しているつもりだ。けれど、未だにディレクトリの名前は分からない。
もしかして俺はまだ全力では無いのだろうか。無意識に力の出力を制限し、根を上げているのだろうか。そんな疑問が頭に浮ぶ。その時だった
「お前の思い描く「想像」ってのは、そんなものか?」
「ッ!?」
ハッとした。何か今までとは違う感覚。疲労した身体全体に電気が走るかのような、そんな感覚だった。そんな俺を見て、シルキさんは話を続けた
「ここはな、ファンタジアだ。想像すれば、それがお前の力になる。お前は本当に全力でイメージしたか?身体の疲労ってだけでへばって無いか?お前は……自分の相棒の前で、このまま負けるつもりか?」
「…………」
俺は小さく首を動かし、観戦者を見た。弥生。俺のエンゲージパートナー。彼女は心配そうにこちらを見ていた。そして俺の中に、彼女との会話の記憶が甦ってくる
―――
「これからのファンタジアでの生活……一緒に頑張ろうな」
「……はい、もちろんですよ」
―――
その時の彼女の笑顔を思い出して、俺は歯を食いしばった。そうだ、俺は弥生と約束したんだ。一緒に頑張るって、約束したんだ。だったら、ここでこのまま終わる訳にはいかない。このまま、倒れて負けるなんて……出来るはずがない
「………っ」
俺はゆっくりと立ち上がった。目の前にはシルキさんがいる。彼はただ真っ直ぐと俺を見ていた。そして何とかではあるが、完全に立ち上がり俺も視線を彼に向けた
「……立てるみたいだな」
「……えぇ、自分でもかなりビックリですよ。疲れてるのに、それでも気持ちで起きる事が出来た。弥生には……ホント、感謝ですよ」
「……それで、その力ってのはそれで終わりか?それとも……まだ何か仕掛けてこれるか?」
「もちろん……まだ終わりじゃありませんよ!!」
その瞬間から、一気に迷いは無くなった。身体全体からどんどん力が溢れてくる。それはとても心地よい感覚だった。そして俺は右手に力を込め、剣を強く握りしめた
「うお……うぉ……うぉぉぉぉぉ!!」
そしてさっきと同じように連続攻撃を開始する。力一杯に剣を振り、何とかシルキさんに当てようと奮闘する。しかし彼のレベルは予想通り高く、その攻撃をまたもや全て避け始めた
「やぁっ!!はぁっ!!てやぁっ!!」
それでも俺は攻撃を続けた。もう体力的には限界だった。腕には激痛が走り、足は小さく震えている。しかしそれでも、俺は振りを止めなかった。湧き出てくる力を全て注ぎ込み、攻撃にのみ集中する
「はぁっ!!―ッ!!はぁっ!!―ッ!!……はぁぁっ!!」
「おい、どうした!!お前のイメージはここまでか!?これぐらいで……もう限界か!?」
「っ!?」
「見せてみろよ。お前の……「想像」と「意思」の、力を!!」
刹那、二つの言葉が俺の頭に流れ込んできた。それは、新たな力の名前。目覚める為の最後の鍵。その一つを、俺は発動した
「「リミット……バースト」ッ!!」
その言葉と共に、心の奥底で謎の力が解き放たれ、全身を駆け巡った。軽くなる足。痛みの無くなった腕。そして弥生との約束を守るという「意思」と、思い描く「想像」が俺の胸を高ぶらせている。
そして、俺はやっと理解した。右手に持った剣から強い意志を感じる。よく見ると刀身にはヒビが入っていた。だけどそれは戦いの中で出来た傷では無い。覚醒への予兆。新たな姿へ目覚める準備が出来た事を示している。そして俺は、頭に浮かんだもう一つの名前を
―叫んだ―
「いくぞ!!カリバー……Ⅱ(セカンド)!!」
その瞬間、刀身が割れて粉々に砕け散った。それは覚醒が始まった証。魔力が一気に収束し、新たな刃を生成する。今までの鉄製の刃ではない、エネルギー製の刃。この姿こそが、カリバーⅡの本来の姿。そして、このタイミングで名前を知らせ目覚めたという事は、同時に俺を「主」として認めたという事になる
「―ッ!!―ッ!!―ッ!!―ッ!!―ッ!!―ッ!!―ッ!!―ッ!!」
今までよりも速い速度で剣を振るった。エネルギー製となった刃は軽さを増し、使い勝手がよくなっている。今まで余裕だったシルキさんも鉄槌を持つ手を速く動かし、俺の攻撃を処理していた
「へっ、なんだよ。やればっ!!出来るじゃねぇか!!」
攻撃を防ぎながらシルキさんは嬉しそうに笑う。やっと分かった気がした。俺は簡単に諦めて、全力を出していると思い込んでいたのだ。だからシルキさんは俺に問い続けた。「それが本気なのか」と。それはこの覚醒の為であり、俺の更なる成長の為の問いだったのだ
「流石だぜ、春人!!お前の力!!霊力や魔力だけじゃねぇ!!想像も意思も!!お前は……きっと、これからもっともっと成長出来るぜ!!」
「ありがとうございます!!けど、俺は1人じゃ戦えません!!俺は!!自分だけじゃ、弱いんです!!だから!!」
「あぁ、だったら仲間に助けてもらえ!!仲間と一緒に強くなれ!!そして……大切なものを護れるように……なれっ!!」
「なっ……!?」
猛攻の中、シルキさんは一瞬の隙を見抜いて俺に攻撃を仕掛けてきた。目視では分かるものの、身体がそれに対応できない。剣が空を裂き、シルキさんが懐に入ってくる。そして
「くっ!?」
「≪リーフメガ・パニッシャァァァァァー!!≫」
力込めた拳が俺に激突し、身体を大きく吹き飛ばした。そのまま壁に衝突し、地面に落下してしまう
「やられ……ちゃいましたね」
「まぁな。けど……良い戦いだったぜ」
近づいてきたシルキさんにそう言って頬笑みを交わし、俺は意識を失っていった