第30話 水上美咲
「は、ハル……にぃ?」
目の前の少女が驚いた表情でそう言った。さっきまで騒がしかった空気が一気に静まり、寂しい沈黙が訪れる。少女は俺に視線を向けたままだった。その影響からか、陽花さん達の視線も自然と俺に向けられる
「えっ?ハルにぃ……?」
「あの……ハル?これってどういうことなんですか?」
弥生が小首を傾げながら聞いてきた。隣にいるリクや陽花さん、ラグさんも不思議そうな顔をしている。当然と言えば当然か。きっとこの状況を理解しているのは、俺と、相手方の少女だけなのだから。そんな事を考えていると、弥生が顔を近づけてきた
「ハールっ!!」
「えっ?」
「「えっ?」じゃありません。どういうことなんですか?説明をして下さい。みんな、今の状況が分かんなくて困ってるんですよ?」
「そうだよ、ハルくん。もしかして、この子とハルくんがラブラブな関係なのかなーって、すっごく気になってるんだから」
「そうですそうです……って、えぇ!?ら、ラブラブっ!?そうなんですか、ハルっ!?」
「いやいや、絶対違うって分かるだろ!?というか陽花さんも冗談言わないでくださいよ!!」
俺の反応を見て、陽花さんが笑っている。あの顔は絶対に俺の反応を予測していたのだろう。しかも弥生はそれを信じ込んでしまったのだ。思わずため息が出てしまう。そんな様子をラグさんはキョトンと見ていた
「と、とりあえず座ろう。イスも近くにあるんだし」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
それから俺達はさっきのイスに座った。美咲の周りいた人たちはどこかへ行ってしまい、俺達と美咲だけになっている
「それで、実際のところはどういう関係なの?」
「どういう関係って……兄妹ですよ、兄妹」
「兄妹?ってことはハルくんの妹さんってこと?」
「そういう事です。けど俺が学園に通い始めてから別々に暮らしてたんですよ。だから久々の再会なんです。なっ、美咲?」
「……うん」
美咲は俯きながら頷いた。どうやら恥ずかしがり屋な性格は、今でも変わっていないらしい。するとそれを察したのか、陽花さんが美咲に近づきしゃがみ込んだ
「こんにちわ、私はね、紫乃原陽花って言うの。呼び方は美咲ちゃん……で良いのかな?」
「……うん、大丈夫」
「ありがとう。あっ、そうだ」
頷いた美咲を見て陽花さんが優しく微笑む。すると何かを思い出した様に自分のポケットを探り始めた。興味があるのか、美咲が体を少し前に出して視線を向ける。そして陽花さんは、何かを取りだした
「あのね、お菓子あるんだけど……」
「ッ!?」
「もしよかったら食べる?」
「うんっ!!食べる!!」
お菓子を見て瞳をキラキラさせた美咲に陽花さんがお菓子を渡す。アメだった。それを袋から出すと美咲は早速頬張り幸せそうな表情を浮かべた
「お前、相変わらずお菓子が好きなんだな」
「うん、だって美味しいんだもん」
「当たり前でしょ?」と首を傾げる彼女を見て思わず笑ってしまった。やはり数年会って無くても変わっていなかったのだ。それがなんとなく嬉しい。けれど、そのタイミングで俺の中に1つの疑問が生まれてきた。
それは―
「……そう言えば、なんで美咲はここにいるんだ?」
「えっ……?」
「ここに来たってことは美咲も魔力持ち……なのか?」
「……うん」
彼女は静かに頷いた。別段責める事も無いのに、落ち込んでいる様に見える。それを察したのか、弥生も陽花さんも俺に視線を向けてくる。ちゃんと意図を伝えろと言っているのだろう
「別に怒ってるとかじゃないんだぞ?別に持ってる事が悪いわけじゃないし。俺や陽花さんも持ってるわけだしな」
「ハルにぃも陽花さんも……魔力持ちなの?」
「そうだよ。まぁ弥生ちゃんやリクは違うんだけどね」
「えっ、それって……どういうこと?」
「弥生ちゃんやリク君はオバケなんだよ。エンゲージパートナーって言えば……分かるかな?」
「うん、それなら……分かる。さっき教えてもらったから」
ラグさんの説明に美咲が納得したらしい
「……でも、ちょっと待てよ?美咲はそれを誰に聞いたんだ?」
「さっき、研究所に行った時に説明されたの。魔法を使える人の中にはごく稀にパートナーになる子がいるって。その子のことを「エンゲージパートナー」っていうんだって」
「なるほど。それで、美咲ってパートナーはいるのか?」
「ううん、私にはいないの。パートナーがいるのは本当に珍しくて……。だから、今の話しを聞いてちょっとビックリしちゃってる」
本当にビックリしているのかと言いたくなるぐらい無表情でそう言った。確かに俺の周りでは弥生、リク、鈴……と3人もオバケがいるわけだけど、そんなに珍しいなら結構貴重な体験かもしれない。これから先オバケに出会う事も無いのだろうか。そんな事を思った
「そう言えば美咲ちゃん、ここに来たってことは魔力暴走の検査したんだよね?大丈夫だった?」
「うん、だいじょうぶだった。日本に帰っても問題無いって。だから今から帰ろうとしてたの」
「あれ?魔法学園は例えパートナーがいなくても、一般入学出来るはずだけど……」
「うん。先生達からは「訓練すれば強力な魔法になる」って言われた。けど、私はその……ちょっとこわいから」
「怖い……?」
「うん。だって不思議な力なんだもん。やっぱりわたしは……こわい」
「そうか……」
俯いた彼女はとても小さく見えた。美咲は性格上、昔から積極的ではなかった。新しい事に手を出す時はよく考え、慎重に判断する。今回も同じだ。考えて結果、まだ怖いのだろう。それなら無理をする必要はない
「ハルにぃ達は……帰らないの?」
「あぁ、俺達はここに住む事になってさ。だから魔法学園に通うんだ」
「そう……」
「……んまぁ、なんだ。魔法が必須ってわけでもないし、いいんじゃないか」
「ハルにぃは……そう思う?」
「あぁ。それにここに来るって事は母さんとも離れて暮らすことになる。ほら、母さんって何だかんだ寂しがり屋だからさ。誰かが近くに居てやった方が良いだろ?」
「……ふふ。うん、そうだね」
冗談混じりのそれに美咲が笑った。よく考えてみると魔法は確かに未知の力だ。今までは「楽しいモノ」とばかり思っていたが、きっとそれは人を傷つける事も出来る程強力で、危ないモノでもあるのだ。そう考えるとそれなりの覚悟も持っていかなければいけないだろう。それを今回、美咲に教えてもらった気がした
「……ってハルにぃ?なにをやってるの?」
「ん?ありがとなってお礼さ」
そう言って美咲の頭を撫でた。これもいつ以来だろうか。懐かしい感触を感じた。喜んでくれているのか美咲も笑顔でこっちを見ている
「……さて、それじゃあ美咲は帰らないとだな」
「えっ、あ……うん。ごめんね、ハルにぃ。せっかくひさしぶりに会えたのに……」
「帰る事か?気にするなよ。それに案外移動は簡単みたいだし、また会えるさ」
「うん。あのね、ハルにぃ」
「どうした?」
「私ね、ハルにぃの事……大好き。だから、またハルにぃがお家に帰ってくるの待ってるから。だから……ちゃんと長いお休みの時には帰ってきてね……?」
「あぁ。約束するさ」
その瞬間、美咲が抱きついてきた。力を込めて俺を締めてくる。痛くは無い。けれど一生懸命だという事が不思議と分かる。だから俺も美咲を抱きしめた。そして数秒後、お互いに力を弱め、離した
「それじゃあ、バイバイ、ハルにぃ。またね」
「あぁ、またな」
「陽花さん。それに弥生ちゃんにリクくん……ハルにぃを、よろしくおねがいします」
「はい、任せて下さい!!」
「ぼくたちがちゃんと一緒にいるから」
「美咲ちゃんもまた遊びにおいで。その時はしっかり歓迎しちゃうからね」」
「……はい」
嬉しそうに笑った彼女はホテルの入口へと向かい、こちらに大きく手を振って出て行った
「行っちゃったね、美咲ちゃん」
「そうですね」
「けどさっき春人くんが言ってた通り会えないわけじゃないし、手続きをすれば陽花さんが言ってた通りまた来る事も出来る。心配はいらないよ」
「ハル!!今度美咲が来た時の為にしっかりと魔法の勉強、頑張らないとですね」
「あぁ、その時はみんなで驚かせてやろう」
「おー♪おー♪」
陽花さんもラグさんも、弥生もリクも笑った。俺はとても良い仲間に恵まれているんだと改めて感じた。きっとこれには感謝をしなければいけないだろう
「それじゃあみんな、部屋に案内するから付いて来てもらっていい?」
ラグさんの言葉に全員が頷き、階段を昇っていく。そして俺達はロビーを後にした