第26話 謎の青年
「ハァ……ハァ……。クソッ、なんなんだよ、アイツは」
荒れた息を整えて、俺は地面に座った。隣では弥生が「大丈夫ですか?」と言って心配してくれる。そんな彼女に俺は「大丈夫」と伝え、色の変わった空を見上げた
男が剣を取り出して数十秒後、俺は早速襲われていた。相手の手には殺傷能力のある武器。それに対してこちらは何も無い。そうなれば選択肢は「逃げる」しかなかった。だから俺は走りまわって、アイツの目から逃れる事に専念した。そして今、物陰に隠れる事で姿を隠し休息を取っていたのだ
「いきなり襲い掛かって来くるとか……まるでゲームだな」
「でもハル、あの剣は……」
「あぁ、間違いない。本物……だったな」
言葉の通り、あの剣は本物だった。その証拠に服の裾が切られている。つまり、あの剣は殺傷能力があるのだ。気づけば俺は舌打ちをしていた
「けどあの剣……見た事あるんだよな」
「えっ、見た事あるんですか?」
「あぁ、前にやった「マジック・バトル・コロシアム」……でな」
俺達はあの対決の前日、武器の種類などが掲載された「武器図鑑」を見ていた。伝説、幻、高レベルなものは載っていないものの、多数の武器が載っているその中で、俺はあの武器を見た事があった
「デザインや大きさも情報と同じだ。まるで……ゲームの中から取り出したみたいにな」
「と、取り出したって……ここはゲームの中じゃないんですよ?」
「分かってる。だから、同じような物を作っただけと思うけど……。でも殺傷能力まで再現してるなんてな」
「……どうします?戦うと言っても、ここはゲームの世界じゃありません。武器も何もありませんよ?」
「あぁ。けど、アイツが人通りの多い所へ行けばかなり問題になるからな。何とかしたいけど……」
自分の右手を見た。俺には何も力は無い。特殊な格闘技を使えるわけでもなく、能力がある訳でもない。だってここは「現実の世界」だ。想像上の力を持っているはずもなくて、それが当たり前。そんな状況で、果たして何が出来るか、どうやったらこの場を凌げるか。頭をフル回転させて考える。
その時だった
「……そこか」
「っ!!」
衝撃と共に背中にあった建物は破壊され、粉々に散った。幸い瓦礫は当たらなかったものの、遮るものは無くなり、俺の瞳にアイツの姿が見えた。先ほどと変わらず、剣を持ってこちらを見ている
「隠れる場所は無くなった。もう、遊びは終わりだ」
「くっ……」
威圧感のある瞳がこちら見ていた。その瞬間、背筋が凍るような感覚に襲われ、体の動きが止まりそうになった。だけど、その時だった
「…………」
「……ハル?」
「水上春人。貴様……何のつもりだ」
俺は弥生の前に立った。そんな俺を見て、ローブの男が舌打ちをする
「お前がソイツの前に立った所で何かが出来るわけではない。そもそも、お前達2人を抹消するのだ。そんなことをしても意味が無いという事が分からないのか?」
「分かってる。俺に何も出来ないことぐらい分かってるさ。けど……コイツは戻ってきてくれたんだ。もっと思い出が欲しいって……言ってくれたんだ。そんな願いを叶えてやりたい。俺だってもっと、コイツと一緒に居たい。だから……弥生は消させない。俺も消えない。お前なんかに……絶対負けない!!」
いつの間にか勝手に口が動いていた。けれど出てきたのは間違いなく本心だった。頭ではこの状況が絶体絶命なのは理解できている。でも……それでも、俺は―
「……戯言はいい。まずはお前から……消えろっ!!」
男は地面を蹴りあげ、俺の目の前に現れる。もちろん、俺には何もできない。それでも、体は決して動かさない。何も出来なくても、弥生を守りたいから。
「ハル、危ないです!!」
「っ!?」
そして、俺は目を閉じ、暗闇の世界へと誘われた
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……あれ?」
開けた瞳に飛び込んできたのはローブ男だった。俺の目の前で止まって歯を食いしばっている
「俺は……斬られてないのか……?」
状況の理解が出来ず、頭の回転が遅くなっていた。そんな中、次に確認できたのは剣だった。それは俺を切り裂くことなく、他の剣によって止められている。そして最後に確認出来たのは―
「彼の言葉は戯言なんかじゃないよ」
「なっ……お前は……」
「立派な1つの強い気持ち。1つの……「力」だよ」
「くっ!!」
怯えたように男は剣を弾き、後退した。気づけば俺の横には一人の青年が立っていた。
白の夏制服に中にはオレンジのTシャツ。黒いズボンを穿いており、体格に特徴がある訳でもない。見かけは普通の男子学生。
しかし、その右手に持たれた物は間違いなく巨大な「大剣」だった。それを一度クルッと回し、肩に乗せた彼は優しい笑みを浮かべながら俺達に視線を向けてきた
「ふぅ、危なかったね。ケガとかは……ない?」
「あ……はい」
「弥生ちゃんも大丈夫?」
「はい……大丈夫です」
唖然としながら答える俺達を見て、青年は優しく笑った。しかしその表情はすぐに変わり、視線もローブの男に向けられる。別段、威圧感があるわけではなかった。だけど感じたのは圧倒的な強さ。それを持って彼は、もう1度俺達に振り向き微笑んでくれた
「ちょっと待っててね、あの人を……倒しちゃうから」
彼はそう言って地面を蹴りあげ、さっき男がしたように距離を縮めた。男が慌てて剣を構え、2つのそれがぶつかり合い、鍔競り合いが起きていた
「一体……どうなってるんだ……?」
「わ、私の名前も知っていました。ハルのお知り合い……ではありませんよね?」
「あぁ。でもそうなると一体……」
「私が呼んだんだよ」
「えっ……?」
戸惑う俺達の後ろから、足音と共に聞き覚えのある声が聞こえてくる。そこにいたのは、さっき教室で会った先輩、陽花さんだった。学校帰りだったらしく、制服のスカートが風で靡いている
「よ、陽花さん!?なんで……ここに?」
「言ったでしょ?あの人……私が呼んだんだって」
「呼んだって……あの大剣持った人ですか?」
「うん。でも間に合ってよかった。たまたま通りかかっただけなんだけど……。まぐれに感謝だね」
「あの……状況がよく分かんないんですけど……」
「まぁ……とりあえず、あの人を見ててもらえるかな?」
「はぁ……」
陽花さんに言われた通り、俺は再び大剣使いの人に視線を移した
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そこでは、まるでゲームの様な戦いが繰り広げられていた。だけど互角というわけではない。圧倒的にあの大剣使いの人がローブの男を押している。ローブの男が青年の攻撃をギリギリで避けていると表現するべきだろう
「っ!!……っ!!……っ!!」
「なるほど、結構素早いんだね」
「クソ!!誰かと思えば……なんで、なんでお前みたいなヤツがこんな所に居るんだよ!!「ファンタジア」に居るんじゃなかったのかよ!!」
「普段はそうなんだけどねぇ、ちょっと用事があって。たまたまここに来ちゃってたんだよ」
「くっ!!」
素早さで何とか避けていた男も体力が無くなってきたのか、動きがどんどん鈍くなり、攻撃の避け方が甘くなっていく。そして―
「……悪いけど、ここで終わりにしようか」
「なにっ!?」
「カリバーッ!!」
「了解です。プラズマチャージ」
大剣が電子音で喋ると、剣は電気へと姿を変えて拳に溜めこまれ、激しい音を立て始める。それを見て大技が来ると予測出来たのだろう。必死に回避しようと試みるローブの男。しかし、消耗した体力では適切に応じる事が出来ず、逃げ遅れ状態となってしまう。それに対して大剣使いの人の拳は、今ににも破裂しそうなくらいの眩い光を放っていた
「くそ……っ!!」
「……≪デンインパクト≫!!」
言葉と共に雷撃を纏った拳は彼の体に命中し、その場に大きな衝撃を起こす。そして声も出ぬ間に体を吹き飛ばし、そのまま近くの木に激突。幸い折れる事は無かったものの、その衝撃故に葉っぱは大量に落ちてローブ男の体に降り注いた。
彼の完全な敗北だった。さっきまで俺を追い詰めていた男は、大剣使いの人に圧倒されて今、こうして倒れている。そんな彼に対して大剣使いさんは「ふぅ」と息を吐いただけ。まるで力の全てを出し切っていないような、そんな仕草だった
「お待たせ。ちょっと時間がかかっちゃって、ごめんね」
優しい笑顔でこちらに歩いてくる大剣使いさん。そんな彼の姿を見て俺は確信した。きっとこれから「何か」が始まる。俺がオバケに……弥生に出会ったように、普通じゃ体験できない「何か」がきっと始まるんだ。
そんな予想に、俺は不思議とワクワクしていた