第25話 新しい時
「お化け少女と契約Ⅱ」がついにスタート!!
ハルや弥生達の新たな物語が今、始まる―
弥生達「オバケ」が戻ってきて数週間が経過した。と言っても、何か特別な事があったわけじゃない。普段通り、一緒に学校へ行き、帰り、同じ時間を共に過ごす。まさに「普通」という言葉が相応しい、そんな毎日を送っていた。
そしてそれは、今も変わらなくて―
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ふぁぁぁあ、今日も良い1日だったなぁ……」
俺はあくびを済ませた。体を伸ばすと気持ちが良い。誰もいない放課後の教室というシチュエーションが、余計に解放感を感じさせる。
そんなことを思いながら、教科書を仕舞おうとバックに手を伸ばす。すると、その隣で妙に目を細めた少女がこちらを見ていた。いわいる「ジト目」というヤツだ
「ハ~ル~?なんでそんなにあくびをしてるんですかぁ~~?」
「えっ?そりゃあ、さっきまで寝てたからだけど……?」
「「だけど?」って普通に答えないでください!!まったく、授業中に寝るなんて一体どういうことなんですか?おまけにみんなが帰る時も寝たまま。いくら後ろの席だからってバレたらどうするつもりなんですか?」
「大丈夫だって、多分バレない。バレたら……まぁ、その時はその時でなんとかするよ」
俺の意見を聞いた瞬間、彼女はため息をついた。まるで母親の様な反応。それが面白くて内心笑ってしまう
「はぁ……、そんなことしてると成績が落っこちゃいますよ?そしたらまたテストを受けないといけないんですよ?それでもいいんですか?」
「それはそうだけど……って、そう言えばお前だって授業中寝てただろ。いくらオバケだからってそれ、人の事言えるのか?」
「うぅ、そ、それは……。だって数学って難しいんですもん……」
少女は頬を膨らましてそう言った。
『小鳥遊弥生』
あの時、消えた彼女はもう一度俺の元へと戻って来た。記憶が曖昧で詳しい事は分かっていないが、弥生曰く「奇跡が起きたんですよ」だそうだ。俺はそんな彼女の言葉を思い出しながら、改めてその姿に目を向けた
「……」
「……ハル?どうかしましたか?」
急に黙りこんだからか、弥生が首を傾げた。確かに弥生は戻ってきている。それは間違いない。だが「変化が無かった」かと言えばそれは違う。少しだが変化はあった。それは―
「いや、弥生も少し大きくなったなぁって思ってさ」
言葉の通りだった。弥生は少し成長して俺の前に現れたのだ。正確にいえば、彼女がこの学園に入った時の容姿、つまり俺と同い年の姿になって今ここに居るということになる。そんな俺の言葉が気に障ったのか、彼女はまた少し膨れた。いや、呆れたと言った方が正しいかも知れない
「大きくなったって……。ハル、一応言っておきますけど、これが本来の姿ですからね?前の私は少し小さかっただけですからね?」
「いや、今でも十分小さいと思うけど……」
「なっ……。い、一応これでもハルと同い年なんですよ?見て分かりませんか?」
少し背伸びした弥生が胸を張った。見事なドヤ顔。身長は確かに伸びているものの、以前と比べて驚くほど変化がある訳ではない。そして張った「それ」も少し膨らみが大きくなっているものの、劇的変化は見られなかった。ただ―
「うーん…………」
「ほら、見て下さいよ」
弥生がその場でクルッと回った。フワッとスカートが舞い、彼女の可憐さを感じさせる。ドキッとした。この感覚は弥生がこの姿になってから感じる事が多くなったものだ。だから一番の変化は「見えない何か」というのが正しい答えかも知れない
「ね、成長してるでしょう?」
「ど、どうだろうな?」
まるで心を見透かしたように笑った弥生に、俺は思わず顔を背けた。それが不服だったらしく彼女は「むぅー」と頬を膨らまして怒っている。すると
「ふふ、照れちゃってるんだよ。ねぇ、ハルくん?」
「なっ……何言ってるんですか、陽花さん!!」
教室のドア付近から聞こえた声に反応し、視線を向けた。そこには、紫の美しい髪を靡かせ、こちらを見て笑っている女性がいた。陽花さんだ。彼女は動揺している俺を見て、更にイタズラそうな笑みを浮かべる
「だって弥生ちゃん、すごく可愛いもん。今のスカートが舞った姿にだって、実はドキッとしたでしょ?」
「そ、そりゃドキッとはしましたけど……って、何言わせてるんですか!?」
「ふふ、やっぱりハルくんは可愛いなぁ。ねぇ、リク?」
「モグモグ……ん、なぁに?」
陽花さんの足元ではリクがドーナツを食べていた。陽花さんに反応したようだが、何の事か理解できておらず首を傾げている。そんな彼を見て陽花さんは「ごめんね、何でもないよ」と言った。
リク、彼は弥生と違い姿は変わっていない。オバケになる前からこの容姿だそうだ。つまり、元々弥生とは年が違っているということになる。それでもこれだけ仲が良いのはきっと、彼の人懐っこさ故なのだろう
「ところで、ハルくんはもう帰るみたいだけど……真っ直ぐ家に帰るの?」
「えぇ、そのつもりです。他に用事もありませんしね」
「そっかぁ、そうなんだ」
「あ、もしよかったら陽花とリクも一緒に帰りませんか?みんなで一緒に帰るのは楽しいですよ」
「ふふ、ありがと。でも今日はちょっと用事があって……。だからまた今度ってことでどうかな、弥生ちゃん?」
「用事ですか……それならしょうがないですね。また今度一緒に帰りましょう」
「うん。それじゃあ行こっか、リク」
「んん……ごくん。うん、行こっ!!」
陽花さんの声に、ちょうど食べ終わったリクが、元気良く返事をした。ポケットから出したウエットティッシュで手を拭いて、ここから去る準備を済ませる。そして2人は俺達に軽く手を振りながら階段へと歩いて行った
「さて、俺達も帰るか。弥生」
「そうですね」
弥生が頷いたのを見て俺はカバンを持ち、教室を後にした―
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夕方、空気を少し冷たく感じた。しかし時期が夏の後半だからちょうど良い。緑の木々が並ぶ道を俺と弥生の2人だけで歩いていた
「ハルー、今日のご飯は何が良いですか?」
「そうだなぁ……冷蔵庫の中に卵があったと思うし、オムライスとかって……作れるか?」
「オムライスですか?もちろん作れますよ。ハルはオムライス、好きなんですか?」
「まぁな。けど自分で作ると失敗するんだよな、これが」
「フフフ、任せておいて下さい!!とーってもおいしいオムライスを作ってあげますから」
張り切った弥生がトンと自分の胸を叩いてアピールした。もちろん顔は見事なドヤ顔。そんな彼女を見て、俺は思わず微笑んだ。
その瞬間だった。彼女が表情を変え首を傾げた。そして辺りを見渡して、もう1度首を傾げ唸り始める
「ん、どうした弥生?」
「ハル、この道ってこんなに人がいませんでしたっけ?なんだかいつもより少ない……というより、居ない気がするのですが」
「……言われてみればそうだな」
この時間帯は普段、仕事帰りの社会人や散歩している人がいるはずだ。人数は多いわけではないが、いつもある程度は賑わっている。だけど今、ここに居るのは俺と弥生の2人だけ。そのほかの人は全く見当たらなかった。更に、よく見てみれば空の色もいつもと違う。怪しげな薄紫色。それらが俺達に不安を与え、同時に異常を示していた
「これはちょっとおかしいな……」
「ハル。私、なんだか嫌な予感がしてきちゃいました……」
「嫌な……予感?」
「えぇ、何かが近づいてくるような。そんな予感もします」
「近づいてくるって……」
彼女の言葉に「ゲームかよ」と言いたくなったが、それは目の前で起きた出来事によって遮られてしまう。
まず感じたのは風。吹き飛ばされはしないが、それでも思わず足を止めてしまう程の強風。それが俺達に襲い掛かり、周囲の葉っぱを吹き飛ばした
「くっ……なんだよ……」
俺は目を細めて前を見た。視界が狭まり正確な状況は把握できない。それでも目を凝らし、現状を知ろうとした。
すると、そこにはさっきまでいなかった「人」が1人立っていた。まるでゲームに出てくるような黒いローブを身に纏い、顔すらも隠している
「お前が……水上春人か?」
ローブの人間がそう言った。声質的にどうやら性別は男らしい。相変わらず顔を見せてくれる気は無いらしく、誰かが全く分からない。
しかし、それでも確実に読み取れるものはあった。それは「敵意」だ。だから俺もそれなりの反応を返す
「だとしたら……どうするんだよ?」
「決まっているだろう。もちろん……「抹消」だ」
「っ!?」
思わず一瞬距離を取った。彼はどうやら俺を殺すつもりらしい。もちろん、死ぬのは嫌だが、今ここには弥生までいる。もし彼女に何かあったら……そう考えると俺はいつの間にか弥生の体を抱えていた
「ハ、ハル!?」
「ごめんな弥生、でも今は我慢してくれ。コイツ……相当危ないみたいなんだ」
「…………っ」
警戒する俺を見て、少し黙っていたローブの男が服で隠れていた右腕を外に出した。特別太い訳でもない普通の腕。それだけを見れば、そこまで驚きもしなかっただろう。しかし、その「手」を見た瞬間、俺は思わず目を見開いた
「なっ……」
目の前の状況に驚き、恐怖した。冷や汗が頬を流れ、体は自然と後ずさりする。すると、そんな俺を見て男はその「手に持ったもの」を構え、こちらに向けてきた
「な、なんだよ……それ」
気づけば自然と声が出ていた。目の前の事態を理解できず、心に思ったことがポロポロと零れて行く。目の前に現れたのは鋭い刃に木製の柄。
そう、それは―
「なっ、なんでその手に……」
「剣があるんだよ」