第24話 真実
「小鳥遊……弥生?」
俺はアルバムに書かれた名前をもう一度読んだ。見間違いなんかではない。そこには俺の知っている彼女の名前が書かれている。
更に同じページに貼ってあった写真。12人の生徒が写ったその写真には、各自の名前が書かれており、名前と顔が分かるようになっていた。それに気付いた俺は反射的に「小鳥遊弥生」を探していく。そして彼女を見つけた時、思わず声を上げた
「なっ……」
そこに写っていたのは弥生によく似た女の子だった。俺の知っている弥生とは少し違うものの、小柄な体格や髪の色、そして何よりこの笑顔は俺の見た事がある弥生の笑顔そのものだった
「どういうことだよ。なんでここに弥生が……」
訳の分からない事態に混乱し頭を抱え込む。その時だった
「見つけちゃったんですね、それ」
「あっ……」
背後から聞こえた声に反応し振り向いた。するとそこには、1人の少女が立っていた。青い髪を靡かせ、綺麗な瞳で俺を見つめてくる。弥生。俺の探した彼女が、音楽室の入口に立っていた
「弥生……お前……」
「まったく、勝手にアルバムを見るなんて……ダメですよ?後からバレて怒られたらどうする気ですか?」
「そんなことはいいんだよ!!弥生、このアルバムの写真はどういうことなんだ!?なんでお前がここに写ってるんだ!?なんで……ここにお前の名前が書かれてるんだ!?」
「ふふ、ハル、落ち着いて下さい。そんなに一気に聞かれたら、質問に答えられませんよ」
焦りを隠しきれず、色んな質問をする俺に弥生は微笑んだ。まるで全てを知っているような優しい笑顔。それを保持しつつ、彼女は教室の窓まで一歩一歩噛みしめるように歩いていく。俺はそんな彼女の姿を見つめる事しか出来ない。
そして、俺から見て彼女と窓が重なる位置に着いた時、弥生は足を止め話しを始めた
「分かりました。お話しましょう。私はですね、ハル。元々この学校の生徒だったのですよ」
「えっ……」
俺の顔を見て「やっぱり驚きましたね」と弥生が笑った
「と言っても私がここに通ったのは1回だけですから、生徒と言えるかどうかは難しい所なんですけどね」
「1回って……どういうことなんだよ」
「……ハルはこの学校の校門前で起きた事故について知ってますか?」
「……あぁ。入学式の日、帰り際に起こった事故だよな。今年あった事だからもちろん知ってるけど……」
この学校では今年、事故が起きていた。入学式の日に校門前で起こったという事故。俺は当時現場にいなかった為詳しいことはあまり知らない。
と、そこまで考えた時、さっきの話が思い出される
「まさか……お前……」
「はい。その事故に遭ったのが私、なんですよ」
その瞬間、寒気がした。さっき鈴から話しを聞いた時みたいな嫌気を抱く感覚。それが全身を一気に駆け巡り、少し胸が苦しくなる
「事故に遭った時の事は結構覚えてます。即死ではありません。しばらく意識はありました。周りで誰かが悲鳴を上げて、誰かが救急車を呼んで、誰かが必死に手当してくれる。けど分かってたんです。あぁ、もうダメなんだなって。自然と、分かっちゃったんですよ」
「分かったって……それって……」
「はい。もう死んじゃうんだなって分かっちゃったんです」
「仕方ない」といった顔で弥生が苦笑いした
「ダメって分かって諦めて。そんな時、欲しかったなって思えるものが、ふと、頭の中に浮かんできたんです」
「欲しかったもの……?」
「はい。それは……「未来」です」
風に靡く髪を押さえて弥生が言った。その切ない瞳とムリに作ってる笑顔がより一層悲痛に感じて、俺の胸を痛めてくる。
だけどそんな俺の心情とは間逆に、作られた笑顔は本物の笑顔に変わり、背後の窓から覗く夕日と同化して見えた
「ふふ、驚きました?私が欲しかったのはそんな当たり前の日常だったんです。ごくごく普通に暮らしてて、迎えるはずだったちょっと先の未来。あと少しで手に入るはずだった普通の未来。だけど、私はそれを手に入れることが出来なかった」
「…………」
「友達と遊んで、時にはケンカして、テストに苦労して、良い点を取るときもあれば悪い点を取ることもあって、普通にお喋りして、先生の授業で寝ちゃって怒られたりして、好きな教科にワクワクして……たくさん、たくさん、たーーーーっくさんの思いで作られた毎日。それって凄く素敵だと思いませんか?」
「……確かに、素敵だな」
「だから私は願ったんです。そんな毎日を味わってみたい。全部じゃなくてもいいから少しでも「望んでいた幸せ」を心に持ちたい……って。そしたら私はオバケとして、そのチャンスをもらいました」
「チャンス……」
「ハル、実はですね、私ウソを付いてたんです。始めて会った時に私は「怖がらせる試練がある」って言ったと思います。だけど本当はそんな試練ありません」
「「やり残したことがある」か……」
ふと、呟いたその言葉を聞いて弥生は少し驚いた様子だった
「あはは、予測されちゃいましたか」
「あぁ、なんとなくな。けど、なんでウソなんて付いたんだ?別にバレちゃいけないようなことじゃ……」
「バレちゃいけなかったんですよ。もし知られれば、強制的にあの世に戻される。そういう仕組みらしいんです」
「なるほどな……」
「それじゃあハル?私が何をやり残したか……分かりますか?」
「もちろん、予想出来てる。けど弥生、それはお前の口から聞かせてもらっていいか?」
「……むぅ、こんな時でもそう言うこと言うんですね」
「ごめん。でも直接聞きたいんだ。お前の声で、お前の意思で、お前の口から聞きたいんだ。だから、頼む」
「……「大好きな人達と一緒の時間を過ごしたい」ですよ」
弥生が笑って言った
「だけどハル?それに加えてもう1つ、私がやり残したことがあるんですよ」
「もう1つ……?」
「この教室に来る事です」
弥生は辺りを見渡した。木製の天井、マットの敷かれた床、いくつか置かれた机やイス、楽器、そして窓。彼女はそこから外を見て空を見上げた
「私は合唱部に入部するつもりだったんですよ。だからそこの写真に載っていて名前も書かれているんです」
「歌が……好きなのか」
「はい。大好きです。自分が歌って、それを誰かが聞いてくれて、嬉しそうに笑ってくれる。だから私は歌が好きです。そしてここは、そんな私にとって楽しみな場所だった。もう1度来てみたかった。だから、それが心残りだったんです」
「……」
「けど、今ちゃんとここに来れました。大好きな人達と楽しい時間も過ごせました。もう……心残りはありません」
「……おい、弥生?」
異変に気付き駆け寄ろうとすると、彼女の足元から小さな光の球が1つ、浮上して空中に消えた。するとそれが引き金になった様に次々と現れた光の球が浮上し消える。そして俺の目の前で予想外の事が起き始める
「(弥生の体が……消え始めてる!?)」
言葉の通りだった。夕陽の光を遮っていた彼女の体は徐々に薄れていき、こちらに光が当たってくる。もうつま先は完全に消えており、それに連鎖して光球の数も増えていく
「お、おい、弥生!!」
「ハルと契約してから毎日が凄く楽しかったです。リクや鈴ともこの世界で遊べて、陽花や良太との思い出も増えて、ハルと一緒の時間を過ごせて、私はたくさんの幸せを味わいました。だから、ここでお別れなんです、ハル」
「なっ、なに言ってんだよお前。そんなの……嘘だろ……」
「だって、この世に残した私の未練はもう無くなっちゃいました。だからあとは消えるだけ。この先に選択肢なんて無いんですよ」
「待てよ!!勝手に消えるのか!?遊びも思い出も、時間もまだまだこれからだって言うのに、お前は……お前は……それでも勝手に消えるのかよ!!」
「ハル……ごめんなさい。それでも、消えちゃうんです」
俺の怒鳴り声にも怯えず、こちらを向いて弥生は微笑んでいた。光の球は数を変えずに浮遊と消滅を続けている。知識は無いが察した。弥生は本当に消えている。徐々に徐々に、だけど確実に消えている。この世界から、この時間から、俺の前から、存在が無くなろうとしている
「ハル、それじゃあ最後に一言だけ言わせて下さい」
「ダメだ!!言うな!!絶対に言うな!!言ったら消えるんだろ、いなくなるんだろ!!だったらダメだ!!口を閉じろ!!」
「……今まで、本当に」
「黙れェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!!」
「ありがとう」
俺の叫びは意味を成さず、弥生の言葉が発せられる。すると、光は更に強さを増し、彼女の体を包んで行く。そして俺が見たのは
涙をボロボロ零し、
悲しさも苦しさも切なさも感じさせない瞳で、
「笑顔」とは程遠い、だけど「笑顔」を見せている
弥生だった。
そして、弥生は
「この世界から消えた」