第21話 パーティ計画
そこは、とても居心地の良い場所だった。近くに小規模な花壇があったりして、元々生徒に人気なこの場所には、学校側の計らいでベンチがいくつか設置してある。そのうちの1つに俺と弥生は座っていた
「ふん、ふん、ふ~ん」
その快適さ故か、弥生は鼻歌を歌っている。なんの曲かは分からない。多分オリジナルの即興なのだろう。それでも、楽しげなそのメロディは、彼女がご機嫌だということを俺に教えてくれる
「……」
そんな彼女を隣に俺は笑った。何か意図があったわけじゃない。だが、弥生のご機嫌な様子を見ると何故か笑顔になれた。すると、俺のその表情に気付いた彼女は不思議そうに首を傾げた
「ハル?どうしたんですか?何か良い物でも見つけましたか?」
「あはは、いや、何でもないよ。ホントここって良い場所だなぁって思っただけさ」
「なるほど、そういうことですか」
そう言った弥生は再び視線を前に向け、その瞳に景色を写す。しかし何故だろうか。それは数秒と持たず中止され、その目は再度俺を見つめた
「あの、ハル?」
「ん、どうした?」
「あの建物って何ですか?さっきから「ポンッ!!」って音がするんですけど……」
「あぁアレか。アレは弓道場だ」
「弓道場……ですか?」
「うん。確か陽花さんが部員だった気がするけど……。ちょっと見に行くか?」
「えっ、良いんですか?」
「少し遠くからさ。邪魔になっちゃマズイからな」
そう言って座っていたイスから立ち上がり、手を差し伸べる。すると弥生はその手を握り、俺の横に並んだ
「それじゃあ、行くとするか」
「はい」
初めて見るのだろうか、ワクワクしながら弥生が笑う。そんな笑顔に温かい気持ちになりながら、俺は弓道場へと向かった
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「こ、これはスゴいですね……」
フェンス越しに弥生が言った。その姿はまるで「怖いけど興味のあるものを見ている子供」の様だ。行動だけでなく、彼女の容姿も含めて今の例えはかなり正しい……と思う
「見て下さいハル、陽花の放った矢が的にしっかり当たってますよ。……ほら、また当たりました」
「おぉ、これはすごいな。大会とか出てるって話しは聞いたけど……それも納得できるな」
実際に詳しい訳でもないが、そんなド素人の俺から見ても陽花さんはスゴかった。だけどそれは「当てるから」ではない。例え外した時でも、弓や矢を丁寧に扱い感謝している。それに周りの人に気配りも出来ているようだった
「やっぱり陽花ってお姉さんって感じですね」
「確かに。けど周りの人も陽花さんだけ頼ってるわけじゃないし、きっと友達関係なんだろうな」
「あぁいうのって……なんだか憧れちゃいますね」
少し目を細めた弥生が温かい視線を向けた。その姿から本当に、心の底から憧れているんだということが分かる。だがなんだが少し切ない、そんな印象も受けた。そして俺は彼女の頭を撫でてやる
「わっ!!ハ……ハル?」
「憧れてるなら、これから実現してやろうぜ。部活じゃないけど、今のお前には仲間がいるんだ。似たようなことは出来るだろ?」
「……そ、そうですね。うん、確かにそうです!!私もみんなから頼られるような大人の女の子になりますよー!!」
「っておい、大人の女の子じゃ子供か大人か分からないぞ?」
俺のツッコミを無視して、弥生は校庭に走っていく。きっとさっきまで取っていた雑草の元へ向かうのだろう。だが、今重要なのはそこじゃない。今の彼女の表情、少し寂しそうなその顔が俺の脳裏によぎり、不安を抱かせる。だがそれ以上の手がかりがない以上、考えるだけ無駄かも知れない
「……まぁ、何かあれば弥生の方から言ってくるよな」
自分に言い聞かせるような独り言をつぶやいて、俺は弥生の後を追った
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「いやぁ、助かった助かった。ありがとよ、水上」
残りの草を取った後、訪れた先生が発した一言がそれだった。ちなみに弥生はしっかり虚空化して対策している。だから今度は見つからない……はずだ
「別に良いですよ。何か用事があったら出来ませんけど今日は幸い無かったですから」
「ウソつけ~。お前今日はデートの約束だったんだろ?んでもってどうだった?草・取り・デートは?」
「どうだってって……。別にデートなんてしてませんし。それに何ですか草取りデートって。何が悲しくて草取りながらデートするんですか」
「そりゃあお前、愛し合う2人の前にある壁なんてあって無いようなもんだろ?一緒に居られる時間、それが重要なわけだ」
「……良い事言ってるみたいですけど、結局草取りですよね?」
「ガハハ、まぁそうなんだけどな。とにかくありがとよ。俺も結構忙しいからさ、助かったんだぜ、割とホントにさ」
差しのべられた手を握り握手する。この先生なりの感謝の動作なのだろう。微妙に力が強く、痛い気はするが俺は必死に笑っていた
「ところでそのお礼と言っちゃなんだが……お前、明日このグラウンド使わないか?」
「えっ?」
「実は明日はここ、何の予定も無くてな。誰もいない状態なんだ。正直、校庭の真ん中で裸踊りしてもバレないレベルだ」
少しドヤ顔で言う先生。流石に裸踊りはどうなんだろうか?マズいんじゃないだろうか?そうは思ったものの、話しが余計な方向に行きそうだったので飲み込んだ。どうやら相当自由らしい
「そ、その例えはどうかと思いますけど……。でも本当にフリーなんですね」
「あぁ。それでな、実は学校側が「校庭を一切使わない状態の時のみ」って条件で先生に校庭を貸してるんだよ。その家族でバーベキューしたりする為にな」
「はい。けど、それがどうかしたんですか?」
「明日、俺の番なんだけどこの校庭を使う予定なんて何も無いんだよ。だからお前使わないかなぁって思ったんだ」
「お、俺が……ですか?」
意外な展開に驚いてしまった。だけど同時に「家族でバーベキュー」という単語も思い出され、俺の中で混ざり合う。しかも期間は明日だ。だったらちょうど良い
「せっかく草も取ってもらったことだし、どうだ?」
「そうですね……それじゃあありがたく使わせてもらって良いですか?」
「あぁ、構わんさ。カギは後から渡そう。帰る前に職員室に寄ってくれ。あと、このことは一応ナイショな。学園長辺りに見つかると厄介だからさ」
「あはは、了解です」
少し苦笑いした俺を後に先生が職員室に向かっていく。すると虚空化を解除した弥生が俺の手を握ってきた
「ハル?何か考えがあるんですか?」
「あぁ、ちょっと考えがな。……弥生」
「はい?」
「明日は……パーティだぞ」
「……はい?」
弥生は何が何だか分からないようで、小首を傾げる。そして俺は携帯電話を取り出し、メール操作を始めた。もちろん送り主は「良太」と「陽花」さんだ
「えっと……ハル? どういう意味か分からないんですけど……」
「まぁまぁ、良いから楽しみにしてろって」
「よく分かんないですけど、ハルがそう言うなら楽しみにしてますね!!」
ニッコリ笑った弥生。そんな彼女を見て俺はメールの文製作を続けた