第14話 過去があって、今があって
「ねぇ、ハルくん。そっちは大丈夫?」
「………………」
「こっちは大丈夫なんだけど……って聞いてるの、ハルくん?」
「………………」
「もう、ハルくんってば!!」
陽花さんが怒りの籠ってない、だけど強い口調でそう言った。しかし俺は返事しない。いや、したくても出来なかった。その原因はこの状況にある。それをこの人は意識しているのだろうか?そう思った俺は恐る恐る聞いてみる
「あの……陽花さん」
「うん?」
「なんでこんな状態になってるんでしょうか?」
俺の言葉に陽花さんは「えっ?」と言った顔をする。まるで「なにか問題が?」みたいな雰囲気。多分だけど意識していないのだろう。俺は「ハァ」とため息をついた
「えっと……何かおかしい?」
「おかしいですよ。なんで、なんで……なんで陽花さんが俺の布団で一緒に寝てるんですか!!」
「あっ、ちょっとハルくん!!しーっ!!」
陽花さんが口元に手を当てて「静かに!!」と促した。もちろん俺だってうるさくつもりはないので、すぐに黙った。すると陽花さんは胸に手を当てて一安心している
「もう、リクや弥生ちゃんに迷惑かけちゃったらどうするの?」
「いやいや待って下さいよ。確かにリクや弥生も一緒ですけど、俺と陽花さんが同じ布団で寝るっておかしいじゃないですか!?」
「うーん……でも、布団ってこの大きなのが1個なんでしょ?」
隣で弥生やリクがスヤスヤ眠る中、ちょっと拗ねたように陽花さんが言った。一方の俺はと言うと、言われた現実が正しすぎて、一瞬動揺してしまった
「た、確かにそうですけど……しょうがないじゃないですか。元々1人だったし……っていうか、ベットもあるんですよ!?俺がこっちで寝て、ベットに陽花さんって感じでもいいじゃないですか」
「弥生ちゃんやリクは?」
「弥生は元々布団が好きだから……俺がソファーで寝て、弥生が布団、陽花さんとリクがベットで……ほら、完璧じゃないですか」
「だけど、それじゃあみんなで一緒に寝られないよ?」
陽花さんは普通に言ってくるものの、まずそこがおかしい。これだけ寝る場所があるのに、なんでわざわざ俺を含めた「みんな」で寝たいのか。それが不思議でたまらなかった
「えーっと、まず俺と陽花さんが一緒に寝るってことがおかしいと思いませんか?」
「えっ?なんで?」
「……ハァ。だって俺達は異性なんですよ?それ、気になりませんか?」
「あ、あぁ……なるほど。そういうことね」
陽花さんは浅く頷いてそう言った。だけど、本当に納得はしていない。それはその様子からも読み取れる。そして一呼吸置いた後、陽花さんは話しを始めた
「ハルくん、ちゃんと私を女の子として意識してくれてるんだね」
「あ、当たり前じゃないですか!!」
「ふふ、それは素直に嬉しいよ。けどね、お願い。今は誰かと一緒に居られる幸せって言うのを感じさせてくれないかな?」
「誰かと、一緒に居られる幸せ……?」
「うん。あのね、ちょっとだけ私の過去の話し、聞いてもらえるかな?」
俺が黙って頷くと、陽花さんはニコッと頬笑み天井を見上げた。それから数秒の沈黙が訪れ、陽花さんの「ふぅ」という声が寂しく響き渡る。そしてそれを合図にするように彼女の過去の話しが始まった
「……私ね、1人暮らしを始めてもう数年になるの」
「数年って……この学校に入る前からってことですか?」
「そう。普通の人がまだお父さんやお母さんが一緒に暮らしてる時期に私は1人暮らしを始めたの。別に両親が死んじゃった訳じゃない。2人とも外国に行ってるの。仕事の関係でね」
「えっ、それじゃあ陽花さんだけここに残ったってことですか?」
「うん。けどね、別に両親が見捨てたわけじゃないの。ちゃんと一緒に行こうっても言ってくれた。だけど、私がそれを拒んだの」
「……それはなんでなんですか?」
本当は聞くべき事じゃないかもしれない。そう思いつつ、だけどこの話しを理解するためには必要だと思い、思い切って聞いてみる。すると陽花さんは少し無理に笑顔を作り、答えてくれた
「友達と……一緒にいたかったんだ」
「友達?」
「その頃、とっても仲の良い友達がいたの。その子と離れるのがどうしても嫌でね、だから無理矢理ここに残ったの」
「無理矢理って……そんなの親御さんは許してくれたんですか?」
「最初は許してもらえなかったよ。だから何度も何度もケンカして……。だけど最後にはおばあちゃんの管理するマンションで住むことを条件に許してくれた」
「なるほど。……それから、1人暮らしを始めたんですか?」
「うん。元々お母さんの手伝いとかをやっていたから思ったより苦じゃなかった。一緒にいたかった友達とも遊べたし環境としては最高だったの。けどね、そんな平和はずっと続かなかった」
「…………」
「友達がね……行方不明になったの」
「……えっ?」
「最初はね、私も嘘だと思ってたの。何かの間違いじゃないか、ただちょっと出掛けてるだけじゃないかって。そう思っていたし信じたかった。だけど、3日経っても1週間経っても、それこそ1年経っても何も連絡は無かった。私も彼女の家族もずっとずっと待ってたけど何もなかったの」
「…………」
「それからね、あの子の家族は引っ越しちゃったの。その時、私言われたんだ。「あの子は死んでしまったとは決まっていない。きっとどこかで生きている。だからもし、あの子の事を覚えていてくれるなら、引っ越しちゃった友達って覚えてもらっていいかな?」って」
「つまり、亡くなっていなくなったのではなく、引っ越していなくなった……と」
「うん。そういうこと。だからね私はずっとそう思ってる。そして、あの子が家族と引っ越して2年後、リクやハルくんと出会ったの。それまで1人暮らしだった私にとって、リクとの生活はとても楽しかった。やっぱり誰かがいるっていいなってそう思えた。更にハルくんや弥生ちゃんと出会ってよりそう思うようになったの」
「…………」
陽花さんの過去、それがあまりにも悲しくて俺は何も言えなかった。すると陽花さんはこちらを見て優しく微笑んだ
「だから、今誰かと一緒にいる幸せを感じさせて。お姉さんからのお願いです」
可愛く言っているものの、心の奥できっと悲しく泣いているのだろう。その笑顔が無理をしているのは明らかだった。陽花さんは自分の過去を話してくれた。だったら俺の過去も話すべきじゃないだろうか。そう思ったその時、俺の口は勝手に動きを始めていた
「実は……ですね」
「ん……?」
「実は俺の父さんって俺が小さい頃に死んじゃってるんですよ」
「……えっ?」
「と言っても7歳の頃なんで微妙に覚えてはいるんですけど、死んでるんです。仕事中の事故で」
「っていうことは……それからはお母さんと2人?」
「妹がいるんで3人で暮らしてました。けどやっぱり寂しかったんですよ、父さんがいないって。それから1人暮らしを始めて尚更そう感じました。だから陽花さんの気持ち、全部ではないかもですけど分かります。俺達って結構似た者同士だったんですね」
俺の苦笑いに陽花さんは共感してくれた。お互いに辛い過去を持っている。だけどちゃんと分かってはいるのだ。そんな過去があったからこそ今がある。お互いに出会えている。それに関しては紛れもない事実であり、きっと喜ぶべきことなのだろう。
「さて、それじゃあそういうわけで寝よっか。結構遅くなっちゃったし、明日遅刻しちゃったら大変だもん」
「そうですね。さっさと寝ちゃいましょう」
俺達はお互いに天井を見上げ目を閉じる。耳を澄ませば弥生やリクの寝息が聞こえて、なんとなく安心出来る。そうだ、こんな話しを良太以外にしたのは初めてだ。それもこれも弥生やリクのおかげ。彼らがいたからこそ、俺は陽花さんと出会って話すことが出来た。そう思うと、隣にいる弥生に感謝をしたくなり、彼女の方に体を回した
「ありがとな、弥生」
「ふにゅぅ…………」
まるで返事をしているかの様に笑った弥生を見て、俺も自然に微笑んでいた