第102話 腹が減っては話は出来ぬ
「んん……っ」
「おっ、目が覚めたか?」
目の前の少女がゆっくりとベットから上半身を起こした。まだ眠そうな目で周囲を見渡し、最後はこちらに視線を向ける。
俺は手に持ったゲーム機をスリープモードにして近くの机に置いた。状況を把握し切れていない少女に説明をするためだ
「あれ? 私は脱走してファンタジアに来て……ここは、どこ?」
「ここは俺の家、俺の部屋だよ。それより脱走って―――」
「あ、あなたの家って、まさか私を連れ込んだの!? イヤラシイ事をするために!?」
「そんなわけないだろ。家に連れて行けって頼まれたんだよ、キミに。覚えてないか?」
「……うぅ、確かに言ったわ。その、ごめんなさい」
海老衣は自分の発言を思い出したらしく大人しくなってみせる
「けど、あなたは私のお願いに応えてくれたのよよね? だったら、学園には……」
「言ってないよ。入り口からここに来るまで会った人もいなかった。だからキミが門の前にいたことも、俺の部屋にいることも誰も知らない。いや、俺以外だと一人だけ知ってるかな」
「えっ……?」
その瞬間、後ろのドアがノックされた。恐らく俺が会話をしているのを聞いて、海老衣が目覚めたのを察したのだろう。ちょうど紹介しようと思っていたし、良いタイミングだ
「俺と一緒に暮らしてる子だよ。寝ているキミの世話を頼んでたんだ。部屋に入れたいんだけど、大丈夫か?」
海老衣は恥ずかしそうに顔の半分を布団で隠しながらコクりと頷いてくれた。
さすがにここで否定されたら困るので内心ホッと安心する
「どうぞ」
俺は部屋のドアを開けた。そこに立っていたのはエプロンを身に付け、両手でお盆を持っている弥生だ。お盆の上には小さな鍋と小皿、レンゲが乗っている。鍋の中身は恐らくお粥だろうか。
わずかに湯気を漂わせるそれを、弥生が海老衣の元へと運んでいく
「話し声が聞こえたので来てみたんですけど、よかった。目が覚めたんですね」
「あぁ。ありがとうな、弥生」
弥生はお盆ごとテーブルに置き、海老衣へと視線を向けた。対する海老衣は緊張しているのか、口許を布団で隠し、上目使いのような状態で弥生を見ている
「こんにちわ。私は小鳥遊弥生です。海老衣小麦さん、ですよね? とりあえずこれをどうぞ」
弥生は鍋に入ったお粥を小皿へと移し、海老衣に渡した。受け取った海老衣が首を傾げる
「これって……お粥?」
「そうです。ハルからお腹が空いていたって聞いたので少し作っちゃいました。食べられそうですか?」
「食べても、いいの?」
「もちろん。お鍋の分はぜーんぶ海老衣さんのですから。遠慮なくどうぞ」
「……頂きます」
海老衣がお粥の乗ったレンゲにフーっと息を吹きかけ口へと運ぶ。すると眠そうだった目を見開き、次々と食べ始めた。どうやら気に入ったらしい。
そんな彼女を見て俺と弥生は互いに顔を見合わせ笑い合う。
それから数分後、お鍋の中のお粥は全てなくなっていた。小皿やレンゲは米粒が一つもない綺麗な状態なのは言うまでもないだろう
「ごちそう様でした」
「はーい、お粗末様でした。どうですか? 少しはお腹、膨れましたか?」
「え、えーっと」
海老衣が答えようとした瞬間、室内に音が響いた。空腹を知らせる腹の音。それは海老衣のものだったらしく、一気に顔が赤くなる
「い、今のは違うの。えと、あの……その……」
「ふふっ、海老衣さん。好きな料理ってありますか?」
「す、好きな料理?」
「そうです。あ、でも家庭で作れるレベルの料理でお願いします」
「……エビフライ。エビフライが好き」
「それじゃあ、エビフライを作って一緒に食べましょうか」
「い、一緒に……いいの?」
「えぇ。その代わり、一人では大変なので海老衣さんも手伝ってもらえますか?」
弥生の問いに海老衣は数回頷いてみせる
「それじゃあ準備ですね。海老衣さん、キッチンに行きましょうか」
海老衣が被っていた布団を綺麗に畳んでベッドから降りた。そのまま弥生と一緒に部屋を出て、キッチンへと向かう。
俺と話していた時にはツンツンとした部分が目立っていたが、ちゃんと布団を畳んで行く辺り、根っこは礼儀正しい子なんだろう。
そんなことを思いながら俺も自分の部屋を出る。
キッチンでは弥生と海老衣の二人が料理の準備をしていた。弥生が海老衣にエプロンを付けている
「ふふっ、可愛いですね。似合ってます」
「あ、ありがとう」
「それじゃあ、まずは手を洗いましょうか」
弥生に言われた海老衣が蛇口を捻って手を洗い出す。すると弥生はこちらに近寄って来る
「ハルにはお風呂掃除をお願いしてもいいですか?」
「あぁ。それよりありがとうな、海老衣のこと気にしてくれて。すごく助かるよ。それで、これからどうするんだ?」
「とりあえずお腹が減っていたみたいなので一緒にご飯を食べて、それから事情を聞きましょう。きっと説明してくれると思いますから」
「そうだな。それじゃあ、晩御飯の方は頼んだ」
「りょーかいです」
途中で小声の会話を挟み、敬礼をしてみせる弥生に俺は思わず微笑んでいた