第99話 保護施設
放課後、俺と弥生は学園から少し離れた場所を訪れていた。
目の前にあるのは俺の背丈より高い門。その奥には色取り取りの屋根を持った小さな建物がいくつもあり、それらを積み重ねられた赤茶色のレンガで出来た壁が囲んでいる。
いい意味で威圧感がない。色合いから感じるその雰囲気としては「幼稚園」や「保育園」といった感じだろうか。実際、この施設はそれらの役割も担っているらしいから間違いではないだろう
「それにしても何でお呼ばれしたんでしょうね?」
「さぁな。けどまぁ、行ってみればそれも分かるさ」
言いながら門に触れると、それは魔力を感知したらしくゆっくりと開き始めた。同時に賑やかな声が耳へと入り込んでくる。
子供たちの声だろうか。そんな事を考えていると視界には予想通り、数人の子供たちの姿が入り込んできた。開いた門に興味があるらしく、俺や弥生に視線が向けられる。
そんな子供たちの中心でエプロンを身に付けた女性が同様にこちらを見ていた。
門が開き終わり、俺達は施設内へと足を踏み入れる。対して女性も子供たちを引きつれながら、こちらに歩み寄ってくる
「ねぇねぇお姉ちゃん、この人だれー?」
「怪しい……。お、俺がやっつけてやる……」
「えっ、いや、俺たちは……」
「おはは、違う違う。怪しい人じゃないから。やっつけなくていいよ。ありがとね」
緊張気味な表情を浮かべながら空中でパンチを繰り返す男の子を女性が優しく撫でてみせる。
そして
「いらっしゃい。よく来てくれたね。春人くん」
エプロンを付けた女性―――「天川美加」さんはそう言いながら微笑んた
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「飲み物とお菓子を用意するから。とりあえず、そこに座って」
「はい」
美加さんに案内されたのは施設内のとある建物であり、その一室だった。本棚など色々置かれていたが、部屋の中心には脚の低いテーブルとその左右にソファーがある。来客があった時の為の部屋といったところだろう。
俺と弥生は言われた通り片方のソファーへと座った。美加さんは飲み物の準備をする為に部屋の一角に作られた簡易的なキッチンへと向かう
「二人とも紅茶って苦手だったりする?」
「いえ、俺は飲めます。弥生は?」
「私もだいじょーぶです」
「よしよし。だったら私が最近ハマってる紅茶をごちそうしてあげよう。珍しいヤツなんだ」
どうやら淹れてくれるのは美加さんのお気に入りの紅茶らしい。それに興味があって見に行きたいらしく、そわそわしている弥生。そんな彼女を苦笑して止めながら、俺は気になっていた話題を持ち出す
「あの、美加さん。司さんって今は留守なんですか?」
「望月さんならさっきとは違う子たちの相手をしてるはずだよ。ここで合流する予定。だけど望月さんって子供が苦手で。だからちょっと遅れて来るかも」
「なるほど」
美加さんにつられて俺と弥生は微笑した。頭の中に良太の言っていた「先輩は子供苦手だからタジタジで」なんて言葉が思い出され、ちょっと見てみたい気もする
「そう言えば美加さん、さっきの子たちってこの施設で暮らしている子たちですか?」
「そうだよ。両親を失ったりして生きて行くことが難しくなった子供たち。でも元気だったでしょ?」
「ですね。俺たちが怪しい連中だと思って戦おうとしてた男の子もいましたよね?」
「そうそう。正義感が溢れるお年頃みたいで。近頃、急に勇ましくなってくれてるんだ」
キッチンから聞こえてくる明るい声。それはまるで保育士や先生の言葉であり、彼女が想いを込めて子供たちと接していることがよく分かる。
接点は決して多くはないが、彼女たちは俺にとって他人ではない。
事件の後、謝罪をしたいということで映像を通して顔を見た事はあったが、直接会うのは初めてということもあって、彼女達の様子はやはり気になるというもの。そんな心境で聞けた彼女の言葉にホッと安心する
「あの……ハル。ハ~ル~」
「どうしたんだよ、弥生?」
小さく耳元で名前を呟かれた。そんな弥生の声を聞いて俺も反射的に小声になる
「今日、呼ばれたことに関して聞かなくていいんですか? どうして呼ばれたのか……って」
「あぁ、それか。いいんだよ。きっとこのあと話すだろうし。タイミングが用意されてあるのに、わざわざ今聞かなくても大丈夫だろ?」
「むぅ。でもハルは気にならないんですか?」
「まぁ、気にはなる……かな」
弥生の問いに少し曖昧に答える。
決して気になっていないわけではない。が、言葉の通り今はそのタイミングではないと思ったのだ。
何より俺自身、話の内容に多少の心当たりというか予測がある。もしそれが当たっているのであれば、ちゃんと向き合って話しをしたい。
そんなことを思っていると、準備を終えたらしい美加さんがポットやカップが乗られたお盆を持ってやって来る
「お待たせ。魔法国の果物を使った紅茶だよ。といっても味は普通に甘めの紅茶なんだけどね。まぁ温かい内に飲んでみて」
そう言ってカップを目の前に差し出された。見た目は赤色の強い紅茶。漂ってくる香りは甘く、美加さんの言った通りの味がすることが分かる
「それじゃあ頂きますね」
「いただきます」
「はーい。どうぞ」
カップの持ち手を掴み口へと運んだ。淹れたてで湯気の見えるそれを火傷しないようにゆっくりと飲む。
すると口の中に入れた瞬間、甘さと酸味が広がった。
といっても酸味は多少という程度。加えて時間が経つと、ゆっくりと消えていく
「美味い。それにすごく飲みやすいです」
「よかった。弥生ちゃんは、どう?」
「この味……美加さん。もしかしてこの紅茶に入ってるのって色持ちの果物じゃないですか?」
「おぉ、よく分かったね。正解だよ。ちなみにどんな種類かは分かる?」
「うーん。たぶん、今まで食べた事のある味なんですよ。最初は甘さと酸味があって、段々酸味が消えてマイルドになっていく……ってことを考えるとホワイトピーチ、とかですか?」
「おぉ、またまた正解だよ。すごいね、弥生ちゃん」
「前にホワイトピーチのクッキーを食べたことがあったんです。その味を覚えてて。でも紅茶に入れて飲んだのは初めてです。美味しくて好きになっちゃいました」
「そうそう。私も最近飲んで、今ではもうお気に入りなんだ」
美加さんが笑みを浮かべた。その姿はとても活き活きとしていて。元々、面倒見のいい人なんだろうな、なんて想像が出来る。
そんな彼女は俺達が紅茶を堪能し終えると、少しだけ表情を変えた。と言っても極端に変化したわけじゃない。
今回、呼ばれた要件が話される。それは自然と感じ取ることが出来た
「さて、時間をかけちゃってごめんね。まずは素直に二人を歓迎したかったから、そうさせてもらったよ」
美加さんがそんなありがたい事を言ってくれる。実際、彼女と話す時間は楽しかった。十分歓迎してもらったと思う。
けれどもそれだけで終わるわけにはいかない。楽しくではなく、真剣に聞かなければならない話があるのだ。
イヤな空気というわけではない、自然と背筋の伸びる空気の中で言葉は続いていく
「そしてここからが本題。今日、春人くんと弥生ちゃんを呼んだ理由、それはね」
美加さんは一度、呼吸をする。そして
「「隠れた契約者事件」について話すためだよ」
「…………」
予想は的中していた。あの事件にはまだ分からないことがいくつか残っている。美加さんたちが知っていて、俺が知らない事もあるだろう。
きっとその中にあるのだ。彼女たちが俺や弥生に直接伝えたいことが。それにもしかすると、父さんのことも何か聞けるかも知れない。
その時、数回のノックが部屋に響き渡りドアが開いた。現れたのは大きめの身体を持つ男性。もちろん彼の事も知っているのだが、目つきは以前と違うものになっている。
男性―――「望月司」さんはドアを閉め、こちらのテーブルに視線を向ける
「遅れてすまなかったな。色々と手間取ってしまった」
「ふふっ、子供たちに離してもらえなかったんですよね。大人気じゃないですか、望月さん」
「好かれているとはいえ、用事があると言っているのに足元から動かないのは困るがな。それより話は始まっているか?」
「大丈夫ですよ。ちょうど今から始めるところです」
「そうか。まずは水上、それにパートナーである小鳥遊。二人ともよく来てくれた」
司さんは言いながら俺たちと握手を交わすと美加さんの隣に座った。美加さんは彼に紅茶の入ったカップを渡すと、俺達のカップにも追加の紅茶を注いでくれる
「天川、内容についてはもう伝えたのか?」
「はい。ついさっき伝えましたよ」
「そうか。では、改めて始めるとしようか」
俺は司さんの言葉を聞いて、肩に力が入るのを感じていた