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お化け少女と契約《エンゲージ》  作者: 探偵コアラ
お化け少女と契約《エンゲージ》Ⅲ
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第98話 屋上ランチタイム


 ファンタジア学園のとある教室は静寂した空気に包みこまれていた。聞こえるのはチョークが黒板を走る音と沼島先生が移動する時のわずかな足音。授業中ではあるが、とても落ち着ける空間だと思う



「それじゃあ、ここの問題を……猿渡、解いてみろ」


「…………」


「ほほぅ、爆睡中か。いい度胸だ」



 沼島先生が良太に黒板に書かれた問題を解くように言う。だが、良太の返事はなかった。沼島先生の小さなため息が聞こえる。どうやら良太は寝ているらしい。

 ある意味、定番の展開だったので特に気にする事もなく、俺はふと外に視線を向けた。

 空は少しばかり雲があるが晴れている。屋上で昼ごはんを食べるのに問題はなさそうだった。むしろ暑くもなく寒くもないのだから、ご飯のあと昼寝をするには最高の環境だろう。

 と、急に良太の悲鳴が聞こえる



「いてっ!? 今日のチョークも痛いぜ。絶好調だな、ぬーちゃん」


「黙れ。ったく、もうすぐ授業が終わるというのに、いつまで寝ているつもりだ。このあと職員室に呼び出してやろうか?」


「ちょ、このあとって昼休みじゃ―――」


「そうだ。昼休みを使って説教ってことだが?」


「それだけはカンベンして下さい、マジで」



 苦笑しながら目の前で両手を合わせて謝る良太。その瞬間、教室中にチャイムが鳴り響いた。

 沼島先生はため息を吐きながら教科書を閉じ、頭をポリポリ掻く



「授業はこれで終了だ。ちなみに猿渡、さっきのは冗談だ。職員室に来て俺の邪魔をするんじゃないぞ?」


「うっし。けど邪魔するなって、ぬーちゃんなんか用事でもあるのか?」


「あぁ、重要なことがある。俺の睡眠だ」


「睡眠って昼寝じゃんか……」


「何か言ったか? 何なら放課後、水上と一緒に呼び出してやってもいいが……」


「って、えっ!? なんで俺!?」


「冗談だ、冗談。本当に呼び出されたくなかったら、ボーっとする時に見つからないように気を付けろよ」



 言いながら先生は教室の外へと歩いて行く。

 どうやら俺が外を眺めていたことにも気づいていたようだ。だけど外を眺めること自体ではなく、見つかったことに注意をする辺り沼島先生らしい。普通の、他の先生とは注意するポイントが違うのだ。

 思わず笑ってしまう



「今はその緩さに感謝、かな」


「ハル、お昼ご飯を食べに行きましょう」


「そうだな。陽花さんたちもすぐ来るだろうし」



 机の上に広げた教科書やノートを仕舞い込み席を立った。バッグへと手を伸ばし、少し大きさが違う二つの弁当箱を取り出す。

 どちらも弥生の作ってくれた弁当だ。片方は俺の分で、もう片方は弥生の分。俺の分も作ってくれたお礼として持ち運びは俺が担当する事になっている

 


「おーい、良太、鈴。先行くぞー」


「おうっ!! 今行くぜぇ!!」


「ってこら、良太。イスを跳び越えていかないでよ。危ないでしょ、まったくもう」



 いつものように教室内で鳴り響く鈴の声。更に聞こえる他の生徒の笑い声に微笑しながら俺達は屋上へと歩いて行った



☆     ☆     ☆     ☆     ☆



 弁当箱に入っている玉子焼きを摘まんだ。そして、それを落とさないように口へと運ぶ。

 瞬間、玉子の持つ独特の旨みとそれを引き立てる絶妙なしょっぱさが口の中いっぱいに広がった。食感もフワッとしていながら形は崩れていない。

 美味い。そんなシンプルな感想が自然と浮かんでくる



「そう言えばハルくん。今日のトレーニング、参加出来ないって聞いたけど本当なの?」


「はい。ちょっと用事があって」


「用事……もしかして怒られるようなことでもしちゃった?」


「ち、違いますよ。美加さんと司さんのところに行くようにって沼島先生に言われたんです」


「あぁ、なるほど。美加たちのところっていうと保護施設に行くんだね」



 陽花さんの問いに頷く。

 「隠れた契約者事件」以降の保護期間を終え、陽花さんの友達「天川美加」さんと良太の先輩である「望月司」さんは現在、正式なファンタジアの住人となっている。

 本来であれば施設を出れる状況。しかし二人は保護期間の間に保護施設の人たちを見て、何か力になりたいと思ったそうだ。その結果、今は見習い職員としてそこで暮らしているらしい



「確か陽花さんと良太は時々施設に行ってましたよね? 美加さんたちの体調って、もう大丈夫なんですか?」


「うん、問題なさそうだったよ。この間行った時には子供たちと走り回ってたし。ねっ、良太くん?」


「でしたね。というか美加さんはお姉さんって感じだったけど、先輩は子供苦手だからタジタジで。ちょっと面白かったな」


「ほほぅ、ならば良太。お前も春人と一緒に施設に行ってくるか?」


「あー……本当ならメチャクチャ行きたいところだけどな。今は特訓して強くなりたいから今回はパスだよ」



 からかう氷河に良太が苦笑する。良太の性格的に悪ノリしてきそうだが、今回はそれがなかった。

 珍しいこともあるもんだな。

 そんな事を考えていると、良太の視線がこちらに向けられた。何やらニヤっとした笑みを浮かべている。これはイタズラや悪いことを思い付いた時の表情だ。

 まさか――



「それよりも……ハルよぉ、そのブレスレットどうしたんだ?」


「えっ……?」



 思わず固まってしまった。みんなの視線が自然と俺に向けられる



「手首に付けてるそれだよ。最近まで付けてなかっただろ? だから気になってさ」


「いや、これは……その……」



 なんて返答すべきだろうか、俺は頭を悩ませる。すると何かに気づいたらしい鈴が笑みを浮かべた。

 マズイ。あれは良太と一緒に誰かをからかう時のイタズラな笑みだ



「そういえば、弥生もリボン付けるようになったわよねぇ。しかも今付けてるのって、今まで持ってなかったモノじゃない?」


「ひゃう!?」



 弥生が思いっきり驚いて見せる。こういう時の誤魔化しは苦手らしく、動揺しているのは明らかだった。

 別に悪いことをしているとわけではない。が、妙な恥ずかしさがある。

 よくある展開としては、この後イジられるだろう。それはゲームやアニメで何度も見てきたり、実際の経験があるのだから予想出来る。

 だが、それでも素直に言ってみれば案外、何にもなく終わるかも知れない。そもそも嘘を付く必要はないのだ。

 そう思いながら、重くなっている口を開く



「これはその……この前、弥生と遊園地に行った時にプレゼントされたんだよ」


「じゃあ、もしかして弥生ちゃんのそのリボンも……?」



 弥生が顔を真っ赤にしながら頷いた。すぐに話題を変えようと息を吸う。

 だがそう上手くはいかなかった。良太が一気に俺との距離を詰めたのだ。それから片方の手を首へと回し、もう片方の手を俺の頭に乗せて勢いよく撫で始める



「くぅー!! イチャイチャしやがって、幸せ者だなコノヤロー!!」


「っておい、止めろって良太!! よ、陽花さん……!!」



 近くにいた陽花さんに助けを求める。が、彼女は微笑み、右手の人差し指を口元に添えてウインクをして見せる



「ふふっ、助けを求めてもダメだよ、ハルくん。そういうのは幸せ者の特権なんだから」


「ちょ、なに言ってるんですか。なぁゆず、氷河……!!」


「まぁまぁ。せっかくの機会ですから。楽しみましょうよ」


「フッ、その類いの幸せには相応の代償が伴う。この展開は定石だ。諦めて大人しく受け入れることも、また一つの道。今のお前ならば、多少の恥じらいは喜びに変えられるだろう」


「何かそれっぽいこと言ってるけど、つまり諦めろってことだよな!?」



 俺の問いに氷河はもう一度「フッ」と笑って答える。「その通りだ」という意味なのだろう。

 周囲を見てみるものの、リクは状況がよく分からないらしく首を傾げているし、鈴も弥生にちょっかいを出してからかっている。助けを求めることは出来ないらしい。

 ふと弥生と視線が合い、お互いに苦笑する



「まぁ、こんなのも……悪くないな」



 そんなことを思いながら、仲間たちとの幸せな時間はゆっくりと過ぎていった



☆     ☆     ☆     ☆     ☆



「さーて、んじゃ教室に戻るかなぁ」


「……良太、少しいいか?」



 昼食を終え、春人たちが教室へと戻る中、氷河が良太を呼び止めた。

 周囲に他の生徒はいない。時刻はもうすぐ昼休みの終了を告げようとしている



「なんだよ、氷河。もうちょいでチャイムが鳴っちまうぜ? 遅れたらマズイだろ?」


「分かっている。だが、良いのか? 水上たちと一緒に保護施設に行かなくて」


「あぁ、それはいいんだよ。俺はもっと強くなりてぇ。その為にはしっかり鍛えなきゃだからな」



 言いながら、良太は自身の手のひらに視線を向ける。

 彼の魔法武器である「アロンダイト」は「隠れた契約者事件」の際に大きく破損してしまっている。

 理由は霊技【No.3≪次元斬波≫】。事件時、司と戦闘を行っていた良太は全力で【No.3≪次元斬波≫】を発動していた。その強大な力を刃に留めていた反動で壊れてしまったらしい。

 幸い今は修復され使用出来てはいるが無理は禁物となっている。それが理由で最近、彼の好む激しい魔法戦は行えていないのだ



「「隠れた契約者事件」で俺以外は勝ってる。お前やゆず……みんな強くなってんだ。だったら俺も、もっともっと強くなりてぇ。みんなに負けねぇくらい強くなりてぇ」


「良太……」


「っと、本音が漏れちまった。今のはナイショな。氷河も忘れてくれ」


「……了解した」



 良太と氷河が去り、ドアの閉じる音が響く。外では冷たい風がゆっくりと流れていた

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