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お化け少女と契約《エンゲージ》  作者: 探偵コアラ
お化け少女と契約《エンゲージ》Ⅲ
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第95話 春人と弥生のラノンパークデートⅠ



 まだ日が昇って数時間。俺はとある場所で人を待っていた。休日である以上、いつもであれば寝ている時間帯だ。加えて暖かな気温も影響して、さっきから欠伸を繰り返してしまう。

 訪れているのはラノンパーク。以前、弥生と一緒に来た事のある場所だ。

 開園時間が近いということで辺りには家族連れや仲の良い男女が集まり始めている



「…………」



 ここに来たのには理由がある。今日が休日ということで弥生と遊びに出掛ける約束をしたのだ。

 その際、弥生の「雰囲気を楽しみたいです」という要望でそれぞれの出発する時間をズラし、ラノンパークの前に集合する事に決めていた



「弥生らしいというか何というか」



 この要望をしてきた弥生の顔を思い出して思わず微笑んでしまう。俺としては一緒に遊ぶ時点で楽しいので集合の雰囲気はあまり気にしない。が、やはり女の子としては違うのだろう。

 腕時計を確認すると、もうじきに約束の時間になろうとしていた。それを確認し、今度はボーっと空を見上げる



「楽しい時間になればいいな」



 一人、ポツリと呟く。頭の中に浮かんできたのは以前、弥生とここを訪れた時の思い出。

 数々の美味しい屋台を巡った。

 ボートで寝そうになって怒られた。

 観覧車に乗って、ハプニングで弥生の―――



「って、待て待て待てっ!!」



 首を横に振りながら、自分に言い聞かせて回想を止める。その瞬間、周囲の人から怪しい視線が向けられた。どうやら発した声は予想以上に大きかったらしい。

恥ずかしさのあまり動きを止めて、自然と頭を抱え込む

 観覧車でハプニングあったことは事実だ。幸か不幸か、詳細までしっかりと記憶されている。だがそれは俺や弥生にとって気恥ずかしいものなのだ。今からその本人と会うのだから、あの時のことは忘れて、落ち着かなければならない。

 息を吸い、軽く深呼吸する。それを数回繰り返した、その時だった



「ハル……お、お待たせしました。もしかして結構、待っちゃいましたか……?」



 前方から聞き鳴れた声が聞こえた。それは間違いなく弥生の声。小走りして来たらしく息が荒れている気がする



「いや、俺も大した時間待ってたわけじゃ―――」



 言いながらゆっくりと顔を上げる。そして俺は言葉を失った。

 目の前にいるのは予想通り弥生だった。やはり走ってきたのだろう。その表情は少しばかり赤くなっている。

だが、瞳に映ったのはそれだけではない



「ハル……?」



 弥生が不思議そうに名前を呼ぶ。しかし俺は返事をすることが出来なかった。その理由は彼女の格好だ。

 水色と紺色の配色がなされたワンピース。その上にクリーム色の薄いカーディガンを羽織っており、髪は束ねてポニーテールとなっている



「(こ、これがリアルなデートか!?)」



 普段とは違った服装や髪形。その変化に思わずドキドキしてしまっていた。少し遊ぶのと変わらないと思っていたのに、現実は違いすぎる。

 風が吹き、スカートの裾とポニーテールが揺れた。弥生が軽く横髪を押さえる。

 俺はそこでようやく自分が返事をしていないことに気付いた。けれども、抱いたドキドキは何となく悟られたくなくて。出来るだけ平常心で答えようと心掛ける



「お、俺もさっき来たから大した時間待ったわけじゃないよ。それより、その……いつもと違うな。服とか髪とか」


「はい。せっかくのデートだったので、少し時間をかけちゃいました。あの……ハル、どうでしょう?」



 横髪をクルクルと遊ばせる弥生が期待と不安の入り混じった視線を向ける。

 答えは心の中に出ている。しかもこの展開は何度もゲームで体験したシチュエーション。答えの詳細を現す単語や文章がグルグル頭を駆け巡り、構成されていく。

 しかし、実際にそれを口に出すのは難しかった。恥ずかしさという感情が立ち塞がる。

 その結果、出てきたのはシンプルな誉め言葉だった



「よく似合ってると思うよ」


「本当ですか?」


「あぁ」


「えへへ、よかったです」



 俺がコクリと頷くと弥生は嬉しそうに笑ってみせる。

 この笑顔をもっと向けられるように頼られる存在でありたい。

 今日を楽しんでほしい。

 そして、俺と同じようにドキドキしてほしい。

 そんな思いが胸に広がっていく。その為にはバッチリとリード出来なきゃダメだろう。

 自然と拳に力が込められる



「よし、そろそろ時間だ。行こうか、弥生」


「はい♪」



 右手を差し出すと弥生がそれを握ってくれる。今日は彼女をリードできるように頑張ろう。

 俺は弥生に気付かれない様に、静かに気合を入れた



☆    ☆     ☆     ☆     ☆



「見て下さい、ハル。みんな口をパクパクしてますよ」


「あ、あぁ。そうだな」


「ふふっ、あの時と同じ様にやっぱり食いしん坊さんですねぇ」



 バラ撒かれたエサを魚たちが次々に口へと運んだ。そんな光景に弥生が笑みを浮かべる。

 俺達が乗っているのは小型のボート。以前、訪れたことのある遊具だ。弥生が「前に出会った魚たちにエサをあげたい」という事でここを訪れていた。

 現在地は池の中心。あの時と同じ様に、ここまでボートを漕いできた俺は思考を駆け巡らせていた




「…………」



 考えているのはこのデートのプラン。以前と同じようにその場で行きたい場所を二人で話して行こうと思っていた。だが、今は違う。

 今日の目標は彼女を楽しませることだ。どうやって弥生を喜ばせればいいのだろうか。どこに、どんな順番で連れて行けば喜ぶだろうか。普段とは違った想像力を働かせる。

 が、どうしても他のことが頭をよぎってしまう



「……ハァ」



 思わず出てしまうため息。その理由は分かっていた。

 入園後、初めて乗った遊具がこのボートというわけではない。それまでに他の遊具に乗ったり、歩き回っている。

 が、その途中で、チケットを見せる時にスムーズに見せられなかったり、段差につまずいてしまったり、いくつか失敗をしてしまっているのだ。その度に弥生に心配そうな表情をさせている



「俺が見たいのは、違うんだよなぁ」



 思わず呟く。すると



「むぅー」



 エサをやり終わったらしい弥生がこちらを見ていた。膨らました頬。彼女はそのまま体勢を正座へと変えた。膝の上のスカートを軽くはたいて綺麗にし、右手でこちらへ手招きする



「ハル、ちょっとこっちに来てください」


「えっ……? な、なんでだよ」


「いいから。こっちに来てください」



 手招きをしながら、もう片方の手で膝をポンポンと叩いた。どうやら抵抗するだけムダな様だ。

 俺は彼女の元へと身体を進める。そして、ある程度近づくと



「それじゃあ今度は向こうを向いて下さい」


「……弥生。お前、何か企んでるな?」


「当たり前です。企んでるから指示を出しているんですよ」


「隠すつもりないのかよ……」



 苦笑しながら、指示の通り弥生に背を向ける。何かイタズラでもされるのだろうか。

 そんなことを思いながら、弥生の「企み」を受け入れる事にする



「後ろ向いたけど、なにを―――」



 言った瞬間、視界が一気に変わった。

 見えるのは頭上にあったはずの青い空。痛くはない程度、頭に軽い衝撃を受けた。それから感じる柔らかな感触。まもなくして、視界に弥生が現れる



「や、弥生さん……? あの、これは……」


「膝枕です」


「……えっ?」


「膝枕、ですよ」



 繰り返して言う弥生。そんな彼女の言葉が本当なのか気になった俺は、反射的に頭を回転させ確認しようとする



「ひゃうっ!?」


「うおっ!!」



 弥生が少々艶やかな声を出しながらも、俺の頭を両手で押さえ元の位置に戻した。

 位置の関係上、くすぐったったのだろう。しかも今日の彼女の服装はスカート。膝枕をされている今、動けばスカートの奥が見えてしまう可能性が高くなってしまう。

 そう思って動くことを止め、大人しく弥生と視線を合わせる。その瞳はジト目となっており恥ずかしそうにしていた



「もしかして……見えました?」


「見えてない!! 見えてない!!」


「ホントですか?」


「ホントだって、ホント。すぐに抑えられたから、ほとんど動けなかったよ。ところで急にどうしたんだ、膝枕なんて―――」


「……ドキドキ、しますか?」


「えっ……?」



 弥生は言葉の意味を説明しようと口を開く



「私はハルと一緒にここに来られて楽しいです。でもハルはずっと難しい顔してるじゃないですか。それに落ち着かないみたいですし……。だから、ハルにも楽しんでほしいなって思ったんです」


「それで、思い付いたのが膝枕だった?」



 弥生がコクリと頷く



「ハルは前にラノンパークに来た時のこと覚えてますか?」


「あぁ、もちろん覚えてるよ。確か、このボートにも乗ったっけ」


「そうです。その時、膝枕の話になって。でも結局してあげられなかったんですよ。だから今、してあげたいなって思ったんです。それに……」


「それに?」



 段々と小さくなっていく声。俺は自然と語尾の言葉を復唱する。

 すると顔を赤くした弥生は視線を池へと向け、口を少し尖らせながら



「私はこんなにドキドキしてるのに、ハルだけ冷静なんてズルいですよ」



 呟くようにそう言った。

 可愛い。そう思うと同時に俺はハッとした。気づかされたのだ。

 弥生はちゃんと笑顔を向けてくれていた。

 楽しんでいた。

 そして―――俺と同じ様にドキドキもしていた。

 俺が勝手に焦っていたのだ。それに気づくとその妙な焦りは消え、安心する。

 次第にこれまでの自分の行動が可笑しくなって、思わず笑ってしまう



「なっ……わ、笑わなくてもいいじゃないですか」


「あはは。ごめん、ごめん。けど、そんなこと言ってくれるなんて、可愛いなって思ってさ。それに弥生もドキドキしてるって知れて嬉しかったし、安心もした」


「安心、ですか?」


「今日、お前と合流した時、メチャクチャ可愛くてさ。すごくドキドキした。でも何となく、それを悟られたくなくて。逆にお前にもドキドキしてほしいなって思ったんだ。だから色んなところを回りながら、今日のプランを考えてた」


「それでつまずいちゃったりしてたんですか」



 俺はそれを認める意味を込めて苦笑する



「でも弥生もドキドキしてくれてたんだな。それが分かって安心したよ」


「ドキドキするのがハルだけなわけないじゃないですか。……今日の服だってデートの時のためにって、陽花や鈴と一緒に頑張って選んだモノなんですよ。髪だって、ハルの好みの髪型を色々試してたりしたんですから」


「俺のために色々試してくれたのか……?」


「当たり前です。だってせっかくのデートですから。その、可愛いって思われたいじゃないですかぁ……」



 恥ずかしそうにする弥生。そんな彼女はやはり可愛くて、俺は微笑する。

 朝の言葉だけじゃ足りない。思いはちゃんと伝えたい。そう思うと口は自然と動き出す



「弥生、改めて言わせてくれ。今日のお前を見た瞬間、可愛すぎてドキドキした。素直な感想がちゃんと言えなかったぐらいドキドキした。服も髪も似合ってたのは嘘じゃない。でもそれ以上に」



 拳に力を込める。今度は、今度こそは―――



「可愛いと思う」



 足りなかった思いをシンプルなことに変わりはないが、ちゃんと伝えることが出来た。

 するとそれが嬉しかったらしく、弥生の表情はパァーと明るくなる



「ハル……。ふふっ、ありがとうございます。私、嬉しいです」


「そ、そっか。だったら、よかった」



 照れくさくて言葉が詰まる。が、ちゃんと伝えられたという安心から、心の中に温かさを感じていた。

 そしてその安心は俺の思いを更に素直に呟かせる



「……ところでさ、弥生?」


「はい?」


「もう少し、膝枕してもらっててもいいか? すごく気持ちいいからさ」


「……ふふっ、はい♪」



 弥生が上機嫌に頷いてくれる。

 暖かな日差しと穏やかな空気に包まれ、俺たち二人の心地よい時間はゆっくりと過ぎていった



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