第13話 ハルの家の来訪者
ピーンポーンというチャイムの音に本を読んでいた弥生が反応した。同じく俺も反応する。なぜだろうか、立ち上がって廊下を歩くその足が重くなっている気がする。嫌だとかそういう否定的なものではない。緊張しているのだ。そしてドアを開けた瞬間、俺は頭では分かっていたそれらの理由を改めて理解し、実感した
「あ、どうぞ。入っちゃって下さい」
「ごめんね。お邪魔しま~す」
「おじゃましまーす!!」
元気に入ってくる少年と先輩。もちろん他人ではない。リクと陽花さんだ。彼女達がなぜ俺の家に来ているのか、それにはしっかりとした理由がある
「あれ?陽花さん、一旦家に帰ったんですか?」
「うん。まだ工事開始までは時間があるみたいだったから、部屋の片づけとかをしてたの。結局時間が来ちゃって慌てて家を出たって感じだったけどね」
陽花さんが苦笑いした。そう、陽花さんの住んでいるマンションの近くで工事があるのだ。期間は1日だけながら時間帯は午後8時から午前7時まで。なぜそんな時間なんだろうとは思ったが、陽花さんの住んでいるマンションの近くは昼間など人がかなり多いらしい。だから夜に工事を行うのだろう
「それにしてもよかった。ハルくんが泊めてくれなかったら工事現場の音を聞きながら寝る所だったもん」
「あはは、寝る時にその音は確かに嫌ですね」
「でしょ?だからありがとね、ハルくん」
「いえいえ、俺は大丈夫ですよ。……まぁ、お昼にいきなり「お願い!!今日ハルくん家に泊めて」なんて言われた時はビックリしましたけどね」
俺の頭の中に回想されるのは今日の昼休みのこと。屋上に集まった際に陽花さんはいきなり俺に「泊めて」と言って来たのだ。その場には俺と陽花さん以外に良太もいたわけで、アイツはその言葉の意味を正しく理解するまで、ずっと真っ黒な視線を俺に送っていた
「あの時は忘れないうちに早く言わなきゃって思って……。それにしても良太くん、来なかったんだね?こういうの好きだと思ったんだけど」
「アイツは家族で住んでるんですよ。だから許可が下りなかったみたいです。なんでも今日は用事があるとかなんとか」
「そっかぁ。でもさ、そのうちみんなでやりたいね、お泊まり会」
「お泊まり会か……楽しそうですね」
「うんうん、絶対楽しいよ。みんなでゲームしたりとかして……あっ、そう言えばハルくんの家、ゲームってあるの?」
「ありますよ。もちろんです。自分で言うのもなんですけどゲームは大好きですからね。必需品です」
俺はテレビの下に置いているゲーム機を指差していった。椅子に座った陽花さんの視線も自然とそこに集まる
「おぉ、ハルくんゲームするんだね。実は私もね、ゲーム好きなの」
「へぇ、なんかちょっと意外ですね。陽花さんって家では勉強して、時々花に水をあげてるイメージがありました」
「う~ん、お花に水をあげたりはするけど、勉強はあまりしないかなぁ。だってほら、学校でもしてるのに、家に帰ってもしてたら疲れない?」
「疲れますね。というか俺は教科書を見るだけでかなり疲れます」
「教科書自体は結構面白いんだけどなぁ。教科書を勉強じゃなくて趣味で見るって言うのはどう?私じゃちょっとムリだけど」
「自分にムリなこと言わないで下さいよ」
イタズラな笑みを浮かべた陽花さんに俺は苦笑いしつつ、冷蔵庫からお茶を出した。それをコップに注ぎ氷を入れて陽花さんの目の前に置く
「おぉ、紳士的だね。氷まで入ってるのが良心的って感じがする」
「そんな部分で誉めないで下さいよ。それに、そんなこと言ったって何も出てきませんよ?」
「大丈夫、何か出してほしいわけじゃなくて正直な感想を言っただけだから。ありがとね、ハルくん」
そう言って陽花さんがお茶を飲んだ。するとその時だった。どこかへ行っていた弥生とリクが小走りで俺達の前に現れる。しかし謎なのはその手に持たれた物。それは間違いなく、タオルだった
「どこ行ってたんだよ……ってなんでタオルなんて持ってるんだ?」
「えっ、決まってるじゃないですか。今からお風呂に入るんですよ。陽花と一緒に」
「えっ……えぇ!?」
平然と答える弥生に俺は頭を抱えた。いやしかし、よくよく考えてみればただの風呂だ。日常の行動として当たり前の事ではある。だが、それを当たり前すぎてすっかり忘れていた。そんな俺の横で陽花さんが弥生達に笑顔を見せている
「陽花は私と一緒にお風呂に入るんですよねー」
「まぁ、ハルくんの許可が下りれば……」
「ハル、いいですね!?」
妙にテンション高く言ってくる。来客、しかも虚空化しなくて良いということで喜んでいるのだろう。そう考えると否定もしにくい。いや、それ以前に人のお風呂を制限するというのは、それはそれで問題な気がする
「……まぁ風呂だしな。陽花さんと遊びすぎてのぼせたりするなよ?」
「もちろん!!私はそんなおっちょこちょいさんじゃないのですよ。それじゃあ早速行きましょう、陽花、リク」
「うん。それじゃあハルくん、お風呂借りるね」
「あっ、はい。ごゆっくり」
自分で「銭湯の人かよ」と思いながら風呂場へ向かう陽花さん達を見送った
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「さぁ、召し上がれ」
陽花さんが笑顔で言った。そんな俺達の前に広がっているのは数々の料理だ。机の真ん中にはシチューまで作ってあり、まだ温かいからか湯気が出ている
「す、すごい……。これ、全部手作りですよね?」
「もちろん。当たり前です。私と弥生ちゃんで頑張ったの、ね?」
「はい。ちょっと難しかったですけど、陽花が教えてくれたから出来ました。ありがとう、陽花」
「どういたしまして。それじゃあ、冷めないうちに食べちゃおっか」
「うん、ぼくもうおなかペコペコだよ」
お腹を押さえたリクが苦笑いで言った。その瞬間、彼のお腹が鳴り全員が微笑する
「ふふっ、それじゃあ……頂きます」
陽花さんに続き、全員で「頂きます」と言ってから料理に手を付ける。俺が取ったのはからあげだ。まだ温かいそれを口に入れ噛みしめる。すると中から肉汁が溢れだし口の中いっぱいに広がった
「うおっ、これ……ウマい」
「そう?作った側としてはそう言ってもらえると嬉しいかな、ね、弥生ちゃん?」
「そうですね、なんだかちょっと照れくさいですけど嬉しいですね」
笑みを隠しきれてない弥生。料理を誉められたことがなかなか嬉しいらしい。俺はそんな弥生をほほえましく思いながら、隣のポテトサラダも食べてみる
「うん、やっぱりウマい。陽花さんも弥生も料理上手いですね」
「これでも1人暮らしだからね。それなりに自信はあるかな」
「うぅ、1人暮らしでも上手くない俺って……」
「大丈夫、だってハルくんには弥生ちゃんがいるでしょ?」
「まぁそれもそうですね。と言っても、弥生が来てから料理は任せっぱなしが多いんですよね。申し訳ない」
「いいんですよ。その分洗濯とかはハルがやってくれてますし……お互い様です」
弥生が「えへへ」と笑った。実は、料理に関して俺は割と本気で申し訳ないと思っていたのだ。それに対する弥生の率直な感想が聞けてよかった。ホッと一安心する
「リクももうちょっとお家のお手伝いしないとね」
「えっ、リクってあまりしてないんですか?」
「リクの場合、一緒にお料理作っても味見係になっちゃうのよ」
「あぁ、なるほど。つまみ食いしちゃうんですね」
「違うよ。つまみ食いじゃなくて味見なの。ちゃんとおいしいかどうかを見てるんだよ」
「エッヘン」と胸を張ったリクに思わず笑いがこぼれてしまう。その少し誇らしい格好と自信満々な表情が追い打ちを掛けてくる
「でもどの料理でもダメって判定が出たことないんじゃない?」
「それは、陽花のお料理はどれもおいしいからだよ」
「でもそれだと味見係さんはいらないんじゃないですか?」
「ううん、それでもやっぱりいるの、味見係さん。それはどーしてもなの」
意地でも味見係を辞めないつもりのリクに俺達3人は笑った。その雰囲気につられてだろうか、リクもすぐさま笑い始める。いつも以上に賑やかな、そして暖かな夕飯は、そうして過ぎて行った