第7話 勇気と友達(ダチ)
シュシュリップ本社のビル。その中に設置された階段を誠司が駆けあがって行った。その後ろから恭一と加奈が続く。
このビルにエレベーターがないわけではない。壁に情報を映し出し、移動時間も無駄にすることのないシステムを持つエレベーターがいくつか存在する。
しかしそれらは現在、機能停止しており動く事は無かった。そこで彼らは普段はあまり使われていない階段を使って上階へと進んでいる。
誠司がホロギアの通信機能を起動させ耳元に手を当てる
「―――はい、こちら白銀白夜です」
間もなくして通信に気づいたらしい白夜が応答した
「白夜。わりぃ、今事件が起きててよ、ちょっと調べてほしい事があんだ」
「シュシュリップ本社で起きている事件。調べて欲しいのは立花ユウくんの居場所ですか?」
「おう、そうだが……お前なんでそれを……?」
「この間、誠司さんは「ユウ」という人物と友人になり、一緒に食事したと言っていました。その情報を持っている状態でニュースで囚われているのが同じ名前の「ユウ」くんだと報道されていれば、ある程度察しはつきますよ」
白夜は通信では分かるか分からない程度で「ふっ」と得意気な笑みを浮かべる
「だから琥珀さんには精霊と共にビルを監視してもらい、送られてくる情報を元にユウくんの居場所を探しています」
「へっ、流石だな。感謝するぜ」
「どうも―――と、ユウくんの囚われている場所はシュシュリップ本社ビルの最上階のようです。魔法師の反応もあります」
「おう、分かったぜ。ありがとな、白夜」
「このくらい構いません。それより誠司さん、気を付けてください。ビルの最上階以外にもいくつもの魔力反応があります。しかもこれは魔法師のモノじゃない」
「―――っと」
誠司が足を止めた。その背後の二人も立ち止り、誠司のその先に視線を向ける。すると、そこにはオオカミの様な獣が合計で七匹、威嚇をしていた。
特徴的なのはその身体。基本色は水色であり網目模様。まるで3Dグラフィックを作成する際に出来る姿で前足には同じ模様の武装の様なモノが備えられている
「白夜、敵と会ったぜ。確かコイツは電子魔法獣……長いから「ホロウ」なんて呼ばれてたか」
「「ホロウ」……最近誕生に成功した魔法技術によって生み出された魔法獣ですね」
「あぁ。どうやら俺達の足止めを任されてるみたいだな」
誠司が数歩前に進み右手に魔法武器「ヴァジュランダ」を出現させた。持ち手となる中心部分の左右に刃が生成され、態勢が戦闘時のそれに入る。
それから左手を振り、恭一たちの周囲に三つの黄色い球体を作り出した
「誠司くん、これは……」
「コイツらは俺が相手をする。二人は上の階に進んでくれ。その雷球がある程度の敵なら倒してくれるはずだ」
「あぁ、分かった。ここは任せるよ。誠司くんも気を付けて」
「もちろんだっての。あとで最上階で合流だぜ?」
両者が頷き合い、恭一と加奈は上階に向けて走り出した
「さぁて、コイツら今からブッ倒しちまうが……いいんだよな、白夜」
「そこに最新技術である「ホロウ」がいるということはその研究者が犯人か、はたまた研究成果が盗み出され悪用されているということ。それなら構いません。ビルを破壊しない程度で暴れて下さい」
「了解だぜ!!」
ヴァジュランダの刃が雷を纏い、この属性独特のバチバチという音が室内に響き渡った
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「―――ユウ!!」
ドアを勢いよく開き、恭一が叫び声をあげた。
辿り着いたのはシュシュリップの最上階。本来であれば本やそれを置く棚などがあるはずだが今は部屋の隅に吹き飛ばされている。障害物は特になく見晴らしがいい。
だから恭一たち自分たちの直線上―――数メートル先で縛られているユウをすぐに見つける事が出来た
「ユウ!!」
ユウの姿を捉えると焦る気持ちが先行した加奈がすぐに走り出す。が、恭一は彼女の服を急いで掴み、その身体を自分の方へと引き寄せた。バランスを崩した二人はそのまま地面へと転がる
「うぅ……あなた、どうして―――」
加奈がそう言った瞬間、二人の前で何かが光りを放ち小さな爆発が発生した。
立ち込める灰色の煙。徐々にそれが晴れていくとその奥から一人の男の声が聞こえる
「けっ、回避しやがったか。運の良いヤツらだ」
「―――ッ!!」
この声の持ち主である男が敵であることは理解出来た。だから恭一は素早く自分たちの周辺に浮いている雷球に視線を向け、攻撃を指示する。それに応える様に雷球は自身から電撃を放った
「―――作成」
ニヤリと笑みを浮かべた男が指を鳴らした。それを合図に魔法陣が現れ、電子魔法獣が作成される。四足歩行の―――恐らく虎をモチーフとした電子魔法獣。
その獣は一度、咆哮をあげると前足に取り付けられた電子の爪に力を込め向かってきた電撃を切り裂いた。さらに曲げた尻尾の先から光線を放ち雷球を破壊する
「くっ、誠司くんの雷球はやはりもう限界だったのか」
「待ってたぜェ。お前らがコイツの親なんだろ?」
「あぁ、そうだ。だが、どうして……」
「うるせぇ。それより、俺の狙いはこのガキが持ってるキーホルダーだ。ソイツをこっちに渡すように言い聞かせてもらおうか」
「キーホルダー……?なぜだ、どうしてそのキーホルダーを狙っている!?」
「……ハァ、大人しく言い聞かせるだけでいいのに面倒なヤツらだ」
恭一の言葉に大した反応も見せず、男はユウの方を振り返る
「おい、ガキ。さっさと「それ」を渡せ。でないとアイツらが痛い目を見ることになるぜ?」
男がユウに脅しをかける。が、ユウは首を勢いよく横に振った。イヤだ、という否定の表現。
その様子に機嫌を損ねたのか、男は舌打ちをする
「そ-かそーか、それでも渡さねぇってか。だったらしゃーない……やれ」
恭一たちへと視線を向けた男が再び指を鳴らす。すると電子魔法獣は雷球を破壊した時と同じ様に尻尾から光線を放った。
迫る攻撃に恭一は拳をギュっと握りしめ、急いで加奈の前に立つ。そして間もなく、爆発が発生した
「―――ッ!!―――ッ!!」
「ははっ、お前がさっさと渡さねぇからこんな事になったんだぜ。後悔するならついさっき間違った判断をした自分に後悔するんだな―――っと、んっ?」
爆発を見て慌て身体を暴れさせるユウを見て、男は不敵な笑いを浮かべる。が、その表情は数メートル先の状況を見てすぐに変わった。
爆発後、煙がある程度分散し状況の把握が出来始める。そこに立っているのは恭一。後ろにいるのは加奈。攻撃は爆発までしたはずだが、二人にダメージを負った様子はない
「ほほぅ、こりゃ少し意外な展開だ」
恭一は左手で魔法カードを握りしめていた。右手を前に出しており、その手のひらの先には魔法陣がゆっくりと回転しながら出現している。
それは魔力を固めて盾とする基本的な防御魔法。この魔法が電子魔法獣の攻撃を防いだのは明らかだった
「聞いた情報だとコイツの両親は魔法は使えないはずなんだがぁ?」
「僕だって過去には魔法学園に通っていた身だ。カードを使えばこのくらいの魔法、使う事だって出来る」
「なるほど。あくまで基礎レベルなら出来るってわけか。子供が生意気なら親まで同じように生意気だな。そのレベルの魔法で防御し切ったと思いあがるなよ」
男が眉を潜めながら右手の指をパチンと鳴らす。刹那、電子魔法獣は地面を駆けた。攻撃対象である恭一の前で止まると右の前足を宙へとかかげ攻撃の体勢に入る。恭一はすぐに防御として数秒前と同じ魔法を発動させる。
が、今度は防御し切れなかった。衝撃が二人を襲い、その身体が砂煙と共に地面を転がっていく
「―――ッ!!」
ユウが身体を激しく動かして暴れ、口に巻かれたテープを何とか外した。それから最低限の空気を肺に込めて一気に吐き出す
「お父さん!!お母さん!!お願い……逃げて」
「このガキ、口封じを外しやがったか」
疲労しきった彼のそれは大声というには程遠く、とても悲痛な叫びだった。まだ幼い少年が自分の身の安全より両親の安全を優先する。それは彼なりに勇気を振り絞った結果だが、同時に状況は数分前に戻り自分の身に再び危険が迫るということ。
それを理解したからか、ユウは声を発した後に大粒の涙を流し隠すように顔を伏せる。が、その顔はすぐに上げられることとなる
「……逃げない」
「えっ……?」
ユウの言葉に返事をしたのは父親である恭一。彼の言葉に隣にいる加奈もユウの瞳をしっかりと見つめて頷く
「子供がツラい想いをしているんだ。それを見逃して、この場を離れるなんて出来るわけないだろう?」
「でも……それじゃあ……」
「ユウ、僕たちはお前の「親」なんだ。家族なんだ。だからこの場から逃げる事なんて出来ないし、したくもない。帰る時には必ず一緒だ。そうだろう?」
そう言って恭一はボロボロになりながらもユウに笑顔を見せた。
恐怖、安心、勇気、喜び。状況や言葉によってユウの心の中で色々な感情が混ざり合い、抑えきれなくなった涙がまだ頬を伝って零れていく。
それが気に入らなかったのだろうか。男は舌打ちをすると右手を恭一たちへと向ける
「調子に乗るなよ。逃げない?だったらここで終わりだ。子供の前で無様に負ける姿を晒すんだな」
男は魔力を集合させる。恭一は加奈の前に立ち、両手を目の前に構える。
恭一は男の攻撃を守りきる事は出来ない。それは両者とも理解していた。しかし、恭一は諦める事が出来なかった。それに共鳴するように加奈も後方から恭一に向かって魔力を注ぎ込む。
そして男の攻撃が放たれようとした―――その瞬間だった
「お前こそ、調子に乗るなよ」
「―――ッ!!」
ビルの天井に衝撃が走ったと思った途端、そこには徐々にヒビが発生した。それから光が室内を照らし、男の元に雷が振り落ちる。
その雷を男は後方に飛ぶことで何とか回避する事が出来た。しかしその他に気を回す事は出来なかったらしく、作成された電子魔法獣は雷の直撃を受け、粒子となって消えていく
「俺のホロウを一撃で粉砕した……だと……!?」
「おいおい、驚いてんじゃねぇよ。お前らが盗んだその技術はまだまだ研究中なんだろ?そんな未完成なモンで俺を相手にして何とか出来ると思ってんのかぁ?」
天井に開けられた穴から一人の人間が飛び降りてくる。それはここで途中まで恭一たちと共に歩んだユウの友達。
彼は身体の周囲で電撃をバチバチと流しながら手に持ったアメを男の方に向ける
「だとするなら―――舐めんじゃねぇぞ、このクソ野郎が」
現れた「霧乃坂誠司」はそう言って怒りの込められた言葉と瞳をアメと同じ様に男へと向けていた