第6話 踏み出す一歩
「やぁ、大丈夫かい?」
それは優しい声だった。顔をあげると一人の男性が優しい笑みを浮かべながら手を差し伸べている。
こちらも反射的に手を伸ばし、掴んだ。身体が引き上げられて自然と立ち上がることが出来た。
そして改めて男性を見て、思わず驚いた。
展開されている氷の壁。それも一部だけではない。周囲が氷に覆われている。例えるなら「氷の城」の内部といったところか。
そんなことを考えていると寒気を感じ、くしゃみが出る
「あぁ、寒かったか。ごめんね。今引っ込めるよ」
言っている意味がすぐには理解出来なかった。謝られているのは分かる。だけど、今引っ込めるとは―――
「っ!!」
男性がパチンと指を鳴らす。すると氷の壁は一瞬だけ光を放ち、瞬時に砕け散った。
宙を舞う残氷。それが降り注ぐ姿はとても美しく、口を開いたまま目を奪われる
「その反応……そうか、この景色に感動してくれてるのかな?」
うんっ!!うんっ!!と勢いよく頷く
「ハハッ、それは嬉しいな。っと、まだキミの名前を聞いてなかったね。人に名前を聞く前に名乗るのが礼儀。ということで僕から自己紹介させてもらうよ」
男性は右手を自身の胸に当てる
「僕の名前は「神無月京也」。人助けをする仕事をしてるんだ。だからキミを助けに来た」
「京也」のその言葉を聞いて、ふと涙が出てきた。
さっきまでの恐怖と今の安心。二つの感情がグチャグチャに混ざり合っているのがよく分かる。
それは京也も感じ取ったらしかった。それを分かった上で優しい表情を浮かべ、問いかける
「キミの名前は?」
「きりのざか……せいじ」
「誠司か。うん、良い名前だ。怖かったかい、誠司?」
溢れる涙を必死に堪えたまま、一度だけ首を縦に振る
「そうか。だけど、もう安心していいよ。といっても怖かった気持ちっていうのは簡単にはなくならないだろう。だから―――」
京也が両手を広げる
「思いっきり泣くといい。怖かった気持ちを全て吐き出していいんだよ」
「―――ッ!!」
気づけば涙は溢れて頬を伝って落ちていた。そんな状態で目の前の京也の胸に飛び込む。
彼はそれを受け入れ、ゆっくりと抱きしめてくれた。その温かさが余計に心に響いて、押さえていた声まで出てきてしまう。
けれども京也は何も言わなかった。だからこそ、思いっきり泣き続けることが出来た
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
過去の振り返りを止め、誠司が立ち止った。目の前にいるのは沢山のアルカディアに住まう人々。そしてその先にはシュシュリップがある。
彼の友人である「ユウ」が囚われている場所。拳を握りしめ、誠司は集まった住人をかき分け歩いて行く
「わりぃ、道を空けてくれ。俺はアイツを助けなくちゃいけねぇんだ」
誠司は止まる事なく先へ先へと進んで行く。人の密集地帯から抜け出したのは突き進み始めた数十秒後だった。シュシュリップへと入るための自動ドア。その前には人は集まっていなかった。
しかし誰もいないわけではない
「恭一さん!!加奈さん!!」
「……誠司くん」
そこではユウの両親である恭一と加奈の二人が立ち尽くしていた。明らかに活気がなかったが自分たちの子供が人質に取られているのだから無理もない。
そんな彼らの元へ誠司が駆け寄った
「もしかして、二人もユウを助けに来たのか?だったら話が早い。早速アイツを助けてやろうぜ」
誠司が恭一の手を掴み本社へ歩いて行こうとする。しかし恭一の腕が軽い払いの仕草を見せ、握った手は振りほどかれてしまった。
何が起こったのか理解できなかった誠司は一瞬の間をおいて、ようやくその名前を呟く
「恭一さん……?」
誠司は不思議そうな表情と声色で彼の名前を呼んだ。一方の恭一は俯いたまま、もう片方の手を握りしめている。そして歯を食いしばった悔しそうな表情で口を開く
「……すまない。だけどこれ以上先に進む事は出来ないんだ」
「なっ……!?」
誠司の表情が一気に変わる。それから頭の中で状況を整理する間もなく、口が勝手に反応する
「なんで……どうしてだよ!?」
「ついさっき危険だから近づかない様にと言われたんだ。注意を受けておきながらそれを無視するなんて出来ない」
「でも……」
「私たちも魔法学園は卒業している。だが、それほど強くはないんだ。今行って下手をすれば状況を悪化させることだって考えられる。そうだろう?」
「…………」
頭の理解が追い付き、恭一の判断が正しいことを認めてしまう。
彼らはあくまで「ユウの親」というだけであり、強力な魔法師ではない。いや、彼の言葉を考慮すると正確には「事件に対応できるレベルの魔法師」ではないということなのだろう。そんな人間が魔法の飛び交うであろう戦場に行ったらどうなるか、すぐに予想が出来る。
そもそも止められているのに行くということ自体、決して良い事ではない。
だから言葉の続きが出てこなかった
「……分かった」
自分の中で起きた葛藤の末、誠司は一言そういうと彼らから少し離れた。それから本社の方へ向きを変えて歩いて行く。
そんな彼の姿を見て恭一が慌てて呼び止める
「ま、待つんだ誠司くん。キミはまさか……」
「あぁ、俺は行ってくる。俺がアイツを助けてくる」
「待つんだ。キミが強いのは良く知っている。だが今この中は危ない。大人しく待って……」
「アイツは―――!!」
恭一の説得を誠司の言葉が遮った。それから誠司は一呼吸し、言葉の続きを話し始める
「アイツは俺の友達だ。だから助けに行く」
「……それが例え、危険だと分かっていてもかい?」
「あぁ」
「その行動によって罰を受ける事になるかも知れないんだよ?」
「あぁ、構わねぇよ。だってよ、あそこには俺の「友達」が待ってんだぜ?罰を受けるぐらいで止まれるかよ」
「!?」
ニカッと笑みを浮かべる誠司。そんな彼を見て恭一はハッとした。
誠司の言っていることが全て正しいと思えたわけではない。最善を尽くすことを考えれば間違っているかも知れない。しかし、それでも誠司の言葉は恭一の心に大きく響いた。彼と同じように想いで行動したいと思ったのだ。
だから、恭一は誠司に一言「待ってくれ」と伝え、話しを続ける
「……私も行くよ、誠司くん」
「アナタ……何を……!?」
「加奈、私たちはユウの父親と母親だ。そしてこの中でユウは助けを求めて待っている。だったら、やることなんて一つじゃないか。答えなんて最初から分かっていたんだ」
恭一が拳を強く握り締める
「必要なのは踏み出すこと。その一歩が足りなかったんだ」
「でも私たちの実力は足りない。止められてもいる。それなのに助けに行くなんて……。冷静に考えればそれが無謀であることはすぐに―――」
「無謀なんかじゃない。私たち二人で踏み出すのではなくユウの友達……いいや、友達である誠司くんと三人で踏み出すんだ。可能性は十分にある。それに―――」
恭一が小さく息を吐き、優しく自信に満ち溢れた表情を浮かべる
「それに何より、子供が助けを求めてるんだ。それを助けたいと思い、助けるのはごく自然なこと。踏み出す理由なんてそれで十分じゃないかい?」
恭一の優しくも力強い言葉が次々と加奈に向けられる。その中で彼女の考えは少しずつ変化していった。
恭一の最後の言葉から始まる少しばかりの沈黙。それが解かれたのは加奈がコクりを頷いた直後だった
「……そうよね。ここでユウが助けを求めて待っているのに立ち止まるわけにはいかないわよね」
「あぁ。……誠司くん、私たちもキミと同じようにユウを助けたい。力を貸してもらえるかい?」
恭一は誠司の前まで移動し右手を差し出した。対する誠司はさっきと同じ笑みをしながら、その手を握り握手をする
「もちろんだぜ。俺がアンタたちの力になる。一緒にユウを助けてやろうぜ」
「あぁ、頼むよ」
恭一と加奈、そして誠司の視線がシュシュリップ本社に向けられる。そして彼らは大切なユウを救うために駆けだした




