第12話 学校帰りは天国タイムなのです
「……ハル。ハルは「クレープ」って言う食べ物を知っていますか?」
「クレープ?」
学校の帰り道、一緒に帰っていた弥生が少し真剣な表情で聞いてきた。今、俺達の周辺に人はいない。いや、そうでなくても虚空化を解除している今なら俺は喋っていても独り言にはけして見えないだろう。そんなことを考えながら俺は少し頷いた
「あぁ、もちろん知ってるけど。もしかして弥生は知らなかったりするのか?」
「いえ、私だって知ってますよ?甘くておいしくて……ふとした時に食べたくなる魅惑の食べ物です」
「魅惑って……そんな食べ物だったか?」
「もちろん。ハル、女の子はですね、甘い食べ物が大好きなのですよ。その中でもクレープは特別です。ワンランク上なのです」
苦笑いの俺に弥生が答えた。何とも言えない得意げな表情。真剣だった割にシリアスな話しではないらしい
「それでですねハル。クレープ、食べたいとは思いませんか?」
「えっ、今か?今はちょっと……」
「食べたいと思いませんか!!」
弥生が一気に俺に近づいた。なんだか圧迫感がある。と言っても小柄な弥生だから圧倒されるわけではないけれど、それでもいつもの弥生に比べたらその差はハッキリと分かる
「今!!このタイミングで!!なんとなく!!食べたいとは思わないんですかっ!?」
「なんとなくってなんだよ!!しかも食べたいと思わないとおかしいみたいに……。だって、家に帰ったら晩御飯があるんだぞ?それなのにこのタイミング食べたいなんて思うか、普通?」
「むぅ、でも学校じゃ3時のおやつは無いじゃないですか」
「当たり前だ!!普通の学校にそんな時間は無い!!」
「そうでしょう?だからこの放課後、帰り道に食べるのですよ。ほら、いわいる「買い食い」です」
「買い食いって……それ、弥生がクレープ食べたいだけなんじゃないのかぁ?」
ずいぶんと積極的な弥生をからかう為に俺はニヤニヤしながら言った。すると弥生は少し驚いたような顔をする
「えっ?当たり前じゃないですか」
「認めるの早っ!?もうちょっと抵抗してくれよ」
「なんで抵抗するんですか。食べたいから食べたいって言う、当然のことでしょう?」
不思議そうに首を傾げた弥生に俺はため息を吐いた。どうやら抵抗じゃ腹が満たされないと熟知しているらしい。すると彼女は俺の腕を握り、引っ張った
「ほら、行きましょう。売り切れちゃいますよ」
「で、でもクレープ屋なんてこの辺りじゃ知らないぞ?」
「大丈夫です。鈴と陽花が教えてくれました。地図もバッチリです」
ポケットから取り出した紙を自慢げに見せる弥生。そこには確かに道が書いてあり、クレープ屋の位置に目印がある。恐らく話しに出てきた鈴と陽花が作ってくれたのだろう
「なんて準備万端な……。さては最初から行く気満々だったな?」
「もちろんです!!ねぇハル、お願いします。クレープ買って下さい」
弥生が裾を引っ張りながら「おねだり」をしてくる。こういう時にはもうちょっと賢く駄々を捏ねてもおかしくないと思うのだが、弥生は純粋にお願いしてきた。素直だからだろう。そんな彼女を見ていると、俺の選ぶ選択肢は1つしかない
「……ったく、しょうがない。今回だけ特別だからな」
「わぁ、ありがとうございますハル!!大好きです!!」
「おいおい、クレープ奢ってくれるくれるから安易に大好きなんて言うもんじゃないぞ?」
「むぅ、クレープに関わらず、ハルのことは大好きに決まってるじゃないですか」
「えっ?」
「ほら行きましょう。売り切れちゃったら大惨事ですよ」
俺の裾から手を離した弥生が地図に示された方向に走って行く。恐らく弥生は好意的という意味で「大好き」と言ったのだろう。けして恋愛的な意味ではない……はずだ。俺は自分でそう解釈してから、彼女の後を追って走った
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「んで、ここか」
走り始めたあの場所からクレープ屋までは近かった。俺達が前に来た大型デパート。その内部にあったのだ。比較的新しいらしく、周りの飲食店よりも真新しさを感じる
「こんにちわでーす!!」
「おや、こんにちわお嬢さん。クレープを食べに来てくれたのかな?」
「はい!!」
「そうかいそうかい。それじゃあその中から好きなクレープを選んでね」
店員さんと思われるおばさんがショーウインドを見ながら言った。すると、弥生はすぐさまそれに視線を移し迷い始める。予測はしていた展開だ
「おぉ、スゴい数ですね……どれにしようか迷っちゃいますよぉ~」
「言っとくけど、1つだからな。おいしそうだからって3つも4つも選ぶなよ?」
「むぅ、。私はそんな食いしん坊さんじゃないですよ?…………まぁ2つぐらいにはしようかと思ってたんですけど……」
「思ってたのかよ!?」
弥生の言葉に思わず大きな声をあげてしまった。マズイ、そう思った俺は慌てて口を押さえ周囲を見渡した。すると店員のおばさんだけが「ふふっ」と笑って店の奥へと歩いて行く。あぁ、今のは結構恥ずかしかった。そう思いながら俺は弥生と共にショーケースに視線を移す
「どうだ、良いのはあったか?」
「おぉ、このイチゴクリームって言うのおいしそうですね。あっ、でもこっちのチョコクリームも捨てがたい。むぅ……」
「はは、絶賛迷い中みたいだな」
「えぇ、絶賛迷い中です」
クレープに集中しているのだろう。弥生は全く顔を動かさず返事をしていた。なぜだろう、この状態の弥生が「絶賛迷い中です」なんて言うと面白く聞こえる。まぁ、言えば怒るかもだから本人には言えないわけだけど
「むぅ…………………………………」
「………………」
「…………………………………」
「………………」
「…………………………………」
「…………や、弥生さん?そんな悩むことですか、これ?」
「えぇ、これはかなり大切なことです。なんと言っても、こんなおいしそうなクレープの中から食べるものを選ぶわけですからね。頭の中で食べるシチュエーションを想像して、1番ベストな選択をしないといけないのですよ」
「これってそんなに重要なことっ!?」
弥生は想像以上に悩んでいた。キラキラしたクレープをシリアスな表情で見つめる弥生。その後景が少しおかしくて、俺は思わず微笑してしまう。そして
「分かったよ。だったら2つ買えよ」
「えっ、でも1つって……」
「ほら、片方を俺が買えば1人1つずつだろ?それでお互いのクレープを半分ずつ食べれば問題ないだろう?」
「それはそうですけど……。だけど、ハルのお財布は大丈夫なのですか?ちゃんと足りますか?」
「そ、それを真面目に心配するのか……。まぁ大丈夫、2つ買える分くらいはしっかり持ってるから安心しろって」
「おぉ、流石ハル!!今日はいつもに増して太っ腹なのです」
「良いからほら、早く選べよ」
「はい!!えーっと……よし!!すいませーん!!」
瞳をキラキラと輝かせた弥生が嬉しそうに店員さんを呼んだ。その姿が無邪気で可愛くて、俺は思わず微笑んでいた
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ん~、おいしいです。ね、ハル!!」
ベンチに座った弥生が笑顔でそう言った。結局「イチゴクリーム」と「チョコクリーム」を選んだらしい。だから今、弥生の手にイチゴクリーム、俺の手にはチョコクリームがある。思わぬ出費だったが……まぁこの笑顔が見れれば結果オーライだろう
「確かにウマいな。勉強で疲れた頭に甘いものってのも悪くない」
「と言ってもハル、午後の授業は殆ど寝てませんでしたか?」
「うっ、お前隠れて見てたのか……」
「いいえ。だってハルったら寝てるのバレて先生に怒られてたじゃないですか。その時ちょうど教室の前を通りかかったんですよ」
「な、なんという最悪なタイミング……」
「けどまぁ、あれですね。こんなにおいしいなら週に7回ほど来なくちゃ損ですね」
「おい、週7って毎日だからなっ!?学校の無い休みの日もって事だからなっ!?」
「あはは。ハル、これはじょーくなのですよ。じょーく」
笑顔の弥生がまた1つクレープを頬張った。少しリスに見えないこともない。そのままモグモグと口を動かし、味わった所で飲み込んだ
「うん、やっぱりおいしいです。それじゃあハル?そっちのチョコクレープも食べさせて下さい」
「ん、ほら」
俺が出したクレープを弥生が「あむっ」と口に含んだ。ってこれ、ちょっとした「あーん」の状態じゃないか!!俺は周囲から寄せられる視線に今更ながら気付いた
「や、弥生。これはちょっとマズくないか?」
「なんでです?別に何も問題ないじゃないですか。クレープはちゃんとおいしいですし」
違う、そこじゃない。クレープがおいしいとかそういう問題ではないのだ。しかし弥生は分かっていない。周りの視線を全く気にせず、次の一口に手を出していく。一方固まってしまったのは俺の方。やることがないからか自然と周囲を見渡していた
「や、弥生早く食べ……って、おい!!」
「ふみゅう、ごちそうさまでした」
「ご、ごちそうさまじゃない!!なんでチョコクリームを全部食ってるんだよ!!見事に皮の部分だけ残っちゃってるじゃないか!!」
「えぇ、まさかでした。こんなにおいしいなんて……。思わず食べるのが止まらなかったのですよ!!」
「ちょっと興奮しながら言うなっ!!」
真面目な顔の弥生。だか雰囲気はどう考えてもシリアスではない。もしこの状況が漫画なら完全にギャグ展開なのだろう。そんな感じがしていた
「…………けどどうだ、ウマかったか?」
「はい!!とーーーーってもおいしかったです!!あの……ハル?チョコクリーム全部食べちゃったお詫びにイチゴクリーム……いりますか?」
「いいよ。その代わりこの皮食べてくれ。イチゴクリームと一緒に食べれるだろ?」
「はい。それじゃあ遠慮なくもらっちゃいます」
「って待て、その前にほら、ほっぺにクリーム付いてるぞ」
「えっ、どこですか?」
「ほら、ここに……よっと」
「ひゃう!!」
俺は弥生の頬に手を伸ばし、クリームを取った。すると驚いたのか弥生少し声をあげている。なんだかちょっと艶っぽい気がする
「わ、悪い。ビックリしたか」
「まぁ……ちょっとだけ。でもありがとです、ハル」
そう言って何事もなかったように弥生は再びクリームを頬張った。少しでも気にしたのは俺だけのようだ。幸い今度は周囲の視線を集めたわけでもない
「ちゃんと家に帰ったら晩御飯も食べろよ?」
「あむあむ……はい、もちろんですよ」
弥生が笑ってそう言った。その表情に思わず
「(……週7は流石に無理だが、たまにこんな日があっても良いのかな)」
と思う俺がいた