エピローグ エルドア編
ユグドラシルでの戦闘を終えた翌日、アリスとコレット、そして美咲はエルドア学園の学園長室に呼び出されていた。
机に広げられているのはクッキーやマフィンなどのお菓子とコーヒーやカフェオレといった飲み物。全てが真莉音の手作りだ。それらを食べながら別の机で仕事をする真莉音の休憩を待っている
「これ……おいしい」
最初は遠慮していたのか全く手を伸ばさなかった美咲がクッキーを一口食べて呟いた。なんせ隣でアリスとコレットが美味しそうに食べているのだ。お菓子好きな彼女としてはそれを見て、我慢出来るはずもない。
そんな彼女の感想に真莉音がニヤリと笑ってみせる
「そりゃ真莉音さんお手製のだからね。美味しいのは当たり前だよ」
椅子から立ち上がり、三人の座っているソファーに座る真莉音。彼女はバスケットからクッキーを一つ取出して食べた。そのまま味を確かめるような様子を見せると満足げに頷く
「うん、我ながら美味しく出来てる。やっぱり素材選びは大切だねぇ」
言いながらもう一つ。そしてまた同じ表情を浮かべる。そんな学園長の姿を見てコレットが小さく笑った
「あの、真莉音さん。このままお茶しちゃってていいですか?」
「このままお茶だけするつもりはないさ。色々な話をさせてもらうよ、色々……ね」
少しだけその場の空気が引き締まった。強調された「色々」という部分。それを聞いて三人はそれぞれにその内容を予測する。
特にアリスに関しては途中で眠ってしまったために知らない部分が多い。加えて若干記憶が薄れていることもあり、何があったのかに関しては純粋に強い興味があった。
そんな三人の視線を受けながら真莉音は最初の質問をする
「それじゃあ、まずは質問から。最初に三人の体調に関してね。三人とも昨日は本格的な戦闘をしたわけだけど、報告書通りだといつもと変わりないってことになってる。これは間違いない?」
真莉音の質問に三人は頷いた
「うん、だったらよかった。これで一番重要なことは確認出来たから、とりあえずは安心したよ。それじゃあ次はアリス個人に対しての質問ね。アリスはあの戦いで霊技や進化魔法を使ったんだけど、それって今でも使える?」
「使った時の感覚は何となく覚えてるから、一応使えるとは思います。たぶん少しの間だけにはなっちゃうんですけど」
「初めて使えたのが昨日だったんだから、発動時間に自信がないのはしょうがないよ。これから慣れて扱えるようにしていこう。だけど、慣れたからってイタズラに使っちゃダメだよ?その時は……揉んじゃうからね」
「ひゃうっ‼」
真理音が両手を怪しげに動かしながら言う。一方のアリスは思い出した様子を見せながら自分の胸をギュっと抱き抱えた。
一体なんの話か分からない美咲は首をかしげ、ある程度予想出来たコレットはため息をついた
「もう、先生。アリスに嫌がらせはしないで下さいね」
「いやいや、揉むのはお仕置きなんだから嫌がってくれなきゃ困るよ。まぁアリスの性格的に大丈夫だとは思ってるけどね。何よりコレットもいるわけだし」
コレットが真理音の言葉に少々照れながら「ありがとうございます」と言葉を返す
「ところで美咲の方はどう?あの時使った魔法の盾。今でも使えそう?」
「え、えっと、まだ……分かりません。ご、ごめんなさい。試してないから……」
「いいよ、いいよ。魔法が使えるかどうかは感覚的な話だから分からない場合はあるし。あとで実際に試してみて、美咲もこれから慣れていくようにしよう」
真莉音の優しい声に微笑み、美咲がコクりと首を縦に振った
「さて、これで質問は終わり。ということで、ここからはあの男たちとアルビレオのことなんだけど……生憎、こっちは分かってないことだらけなんだ」
「アルビレオ……?」
「あぁ、アリスは気を失ってて知らないのね。あの戦いの最後に助けに来てくれたのよ。ユグドラシルの守護龍。アリスも知ってるでしょう?」
「本で何度か見たことならあるかな。でも人前に出てくることなんて滅多にないんじゃなかったっけ……?」
首を傾げるアリスに真莉音が頷く
「だから謎なんだよ。なんであの時出て来て、私たちの手助けをしてくれたのか。それは今も分かっていない。そしてあの男たちに関しても同じ。なぜあそこにいて、どうしてアリスたちを襲ったのかも分からない」
「あの人、私たちが特待生だってことを知っていました。霊技を使える事も。つまり前々から情報を持っていたことになります」
「まぁ、そこから察するに特待生を狙った襲撃の可能性が高いだろうね。もちろん、確定とは言えないけど……。まぁその辺りは彼らに聞いてみるよ。しばらくはエルドアの施設で生活することになってるしね」
真莉音が怪しく笑みを浮かべた。それに気付いたアリスが少し困った表情をしながら
「あの……せんせー?拷問はダメですよ?」
「もうアリスったら、私がそんなことするわけないでしょ。大丈夫、すぐに白状してくれれば穏便に済ませるよ。まぁそうじゃなかったら、ちょっと痛い目見てもらうけどね」
真莉音のそんな言葉にアリスたちは苦笑いするしかなかった
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ところで、なんだけどさ」
そう真莉音が切り出したのは数分後、雑談中のことだった。口に付けていたカップをテーブルに置きカチャリという音が鳴る。
アリスたちが手を止めた。雑談も中断され、視線が真莉音に一気に向けられる
「アリスは「マジック・バトル・フェスティバル」って知ってる?」
「マジック・バトル・フェスティバル……?」
「あはは、やっぱり知らないか。コレット、説明してあげて」
「はい。あのね、アリス。マジック・バトル・フェスティバルは色んな魔法国の学生が集まって行われる魔法の大会のことなの」
「魔法の大会……みんなで集まって魔法で戦うの?」
「えぇ。といっても大会だからルールがあるわ。開催した時によって少し変わったりするけど。だけど大会でありルールがある以上、傷つけたり命を奪い合うために戦うわけじゃないわ。純粋に競い合うために戦うの」
「へぇ……そんな大会があるんだ……。なんだか詳しいね、コレット」
「前にエルドア学園の代表チームメイトとして誘われたことがあるの。その時は断ったから実際に参加したことはないんだけどね」
コレットが優しく微笑みながら言う
「とまぁそんな大会があるわけなんだけど、最近、その大会の招待状が届いたんだ。ウチとしては出場しようと思ってる。そこで参加するチーム、まぁ選手を選ぶわけなんだけど……」
ニヤリといった表情をしながら真莉音がアリスに視線を向けた。一方のアリスは少しだけ身体を後退させ苦笑する。真莉音が何かを企んでいる事は明らかだった。
思い出されるのはこれまでの会話の流れ。真莉音は急にマジック・バトルフェスティバルに関する話題を放り込んできているのだ。
となれば、彼女が何を言い出すかはある程度の予測が出来る
「その候補チームの一つとして、アンタ達に出場してもらいたいなって思ってるんだ」
「なっ……なっ……」
アリスが口をパクパクとさせる。が言葉は上手く出て来ていない。隣の二人はアリスと同じではないものの類としては同じような反応をしていた
「もちろん参加希望のチームで選手選考会をやるからそこで勝ち抜かなきゃいけない。だから絶対に出場できるわけじゃないんだけど、どうかな?」
真莉音の問いかけに混乱しているアリスが珍しく身を乗り出した
「で、でもそれってとっても大きな大会なんですよね……?」
「そうだね。エルドアだけじゃない、ファンタジアとか他の魔法国も参加する大会だからね。規模としては大きいかな。だからチャンスなんだよ」
「チャンス……?」
「大きな大会であれば色んな人がいる。自分のレベルを知るチャンスなんだよ。それに何より今の自分、努力している自分の実力、試してみたくない?」
アリスはハッとした。昨日、コレットの隣に並んで歩いていくと決めた。だけどそれとは別に気になることはある。
それは自分の実力。果たしてそれがどこまで通用するのか、試してみたい。アリスの中にわずかながらそんな想いが生まれていた
「……試して、みたいです。今の私の力がどれくらいなのか知りたい、試してみたい」
「うん。それじゃあアリスは決まりかな。コレットと美咲はどうする?」
「私も出てみようかと思います。アリスが頑張るなら、一緒に頑張りたい。それに私も自分の実力を試してみたいですから」
「コレットも参加ね。あとは美咲、どうする?」
「わ、私は……」
真莉音に視線を向けられた美咲が怯えた表情を浮かべる。対する真莉音の表情は優しさを感じさせるものから変わらない。それ以上言葉を発する事もなかった。急かす様子は全くなく美咲の返事を待ち続けている
「……魔法をまだ、まともに習ったことがなくても……いいんですか?」
「いいんだよ。新参者だって関係ない。これに参加する権利は生徒なら誰にだってある。大切なのは気持ちだよ」
「……じゃ、じゃあ私も……でます。私も……アリスさんやコレットさんと……頑張ってみたい」
「うん、いい返事だ」
真莉音は席を立ちあがり、仕事用の机へと向かった。そしてその上に置かれた書類を一枚手に取り、アリスたちの目の前にある机の上に置く
「大会が始まるのは三か月後。そこから地域ごとに予選が始まって国の代表が決まり、その代表たちが集まって本戦が始まる。本戦で勝ち続ければ優勝。賞金と願いを叶えてもらえる権利が手に入る」
「願いが叶う……」
「そう。でも簡単じゃないよ。そこに辿り着くまで勝たなきゃいけないし勝って本戦に行ったとしても、そこには更に強いヤツらがいる。中には召喚みたいに珍しい能力や霊技を使ってくるヤツもいるかも知れない。だから―――」
真莉音が三人の対面に行き右手を伸ばした
「残りの時間で精一杯努力しよう。その努力はきっとアンタたちの力になってくれるから」
「「「……はいっ」」」
三人は一瞬ハッとした表情を浮かべたが頷き、真莉音の右手に手を重ねていく。
それは「アリス・フィルリーネ」「コレット・アリシャート」「水上美咲」がエルドア学園の代表チーム候補となった瞬間だった




