第7話 霊技と勇気の人形龍
「ファフニール……」
以前、本で見た事がある「東洋の龍」を想い描きながら美咲が呟いた。
アリスの召喚によって現れたのは白銀の龍だった。
最も特徴的なのは胸に付いている小型の結晶。それを有している全長はアリスの二倍程で、足は無く身体は重力に逆らって浮遊している。
背中には身体と同色の巨大な翼が生えており、尻尾と共に軽く揺れ動いていた。
手や頭にはプロテクターの様な武装が備えられ、眼は金色の光を放っている。
魔力で構成された身体を持つ召喚によって現れた生物―――精霊。その姿がそこあった
「コレットさん、これって……」
「精霊の召喚。本来なら精霊は別次元から呼び出すんだけど、アリスは少し特殊でね。人形に意志を宿らせる事で召喚を行うの」
「普通の召喚魔法とは違うってこと……ですか……?」
「そう。けれど、アリスがファフニールをあの姿で召喚したことはほとんど無かったわ。いつも小さな人形状態のファフニールに意識を宿らせるだけ。戦う精霊として召喚することは無かった。それを今やってるってことは、つまり―――」
「それだけ本気ってことですか……?」
美咲の視線を受けながらコレットがコクりと頷いた
「精霊召喚……それがアリス・フィルリーネの持つ特殊能力というわけか」
「そうです。そしてこの子はファフニール。私の大切な友達で一緒に戦ってくれる仲間です」
「なるほど、確かに珍しい能力だ。だが、魔法は珍しさが強さに比例している訳ではない。お前のその召喚がどの程度のものなのか、試させてもらおう」
男が合図を出し後方からいくつもの魔力弾が放たれる。しかしそれはもう何度も見た攻撃。アリスは警戒を怠る事もなく、クロノスを魔力弾に向かって振り下げ魔法を発動させる
「≪人形魔法1―「水流息吹」≫」
魔法名が発せられるとファフニールの目の前に水の球体が現れ、光線となって発射された。
魔力弾は次々と光線と衝突するが、光線を貫通する事もなく消えていく。それから数秒後、合計で約20発。全ての魔力弾が姿を消してしまっていた
「だったらこれはどうだ、≪アシッド・スモーク≫」
動じる事もなくローブの男が次の手を打つ。アリスの周囲に広がる紫の煙。それはつい数分前にコレットを苦しめた魔法に間違いない。
状況に危険を感じたのか美咲が「ダメ……!!」と言い放ちながら表情を変える。
しかしアリスに同じの反応はなかった
「ファフニール、羽ばたきでこの煙を吹き飛ばして」
巨大な龍というよりも鳥に似た高い声を発しながらファフニールがその大きな翼を羽ばたかせ風を起こした。煙のほとんどが一気で吹き飛ばされ、魔法としての効力を失う。
その瞬間―――
「≪人形魔法2―「水流爪斬」≫」
「≪シャドー・シャープネイル≫」
水に力一杯、鉄パイプを撃ち付ける様な音がした。残留した煙が晴れていくと、そこには影の爪を振り下ろすローブの男とそれを水の爪で受け止めるファフニール。そして、その魔法の発動を命じたであろうアリスの姿がある
「すごい……あの男の人の攻撃を読んで対応してる……」
「……アリスの戦績が良くなかったのは戦う事に躊躇いがあったから。だけどその躊躇いを超えて、自分の本当の戦う意味を見出したなら、あの子はあそこまで強くなれる」
「ファフニール!!」
「く……っ!!」
水爪に込められる力が強くなって弾かれ、ローブの男が後方へと跳び着地した。頭をあげ、数メートル先にいるアリスとファフニールを睨み付ける
「攻撃の予測だけでなく魔力の込め方が上手い。これが本気というわけか。だが、リミットバースト!!そして!!」
リミットバーストを発動後、男の指がわずかに動くとアリスとコレット、美咲の周囲で異変が起こった。
空中に突如現れた黒く小さな球体。それが男によって作られたモノであり、攻撃―――恐らく爆発系の魔法である事はすぐに予想出来た。
しかし問題は距離と位置だ。その球体があるのはどちらも近距離と呼べる距離。しかも周囲を囲むように浮遊している。
逃げ道は無かった。誰かが空間を瞬時に転移する能力を持っていれば対応できるだろうが、誰もそんな魔法や能力は持ち合わせていない
「くっ!!」
コレットが焦りを無理やり押さえながら防御魔法を使おうとする。しかし
「爆ぜろ、≪シャドウ・エクスプロージョンボム≫!!」
彼女の動作を見るなり、防御が間に合わない事を確信した男はニヤリと笑みを浮かべて指を鳴らした。球体は黒い光を放ちながら一気に膨張し爆発する直前の状態へと達する。
その時―――
「【No.1≪時止め≫】!!」
アリスがポツりとその名前を呟いた。そして男は目の前の光景に唖然とする
「なっ……」
膨張の限界を超えて辺り一帯に響く爆発音。黒球は男の指示通り爆発を起こした。しかし、その爆発による衝撃も爆風も広がる事はない。
黒球はその一つ一つが水泡に包まれていたのだ。だから爆発の衝撃も爆風も水泡内だけで発生し、周囲に影響を与えていない
「ど、どういうことだ。あのタイミングでは魔法の発動は間に合わないはず……なのに、なぜ防御に成功している……!?」
ローブの男が歯を噛み締め両手を力強く握りしめる。
男はアリスたちから一瞬も目を離していなかった。指を鳴らす瞬間、黒球は水泡に包まれてなどいなかった。
しかし爆発の指示を出し、黒球が破裂する寸前、あの水泡は現れた。いや、「現れていた」と言った方が正確だろうか。
困惑と怒りの籠った睨み付ける様な視線を向けられながら、アリスは地面に膝をついた
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
アリスがその一言を放った瞬間、世界に変化が起きた。
全ての色が白黒へと変わり、一瞬だけ空間が歪む。そしてコレットの瞳には信じられない光景が広がっていた。
ユグドラシルの舞い落ちる葉。青かった空を翔る鳥たち。膨張し爆発寸前だった魔法の黒球。その全てが空間に固定され動く事を止めていた。いや、動く事が出来ないのだ。
それはコレットの身体も同じだった。辛うじて思考や呼吸は出来るが、どんなに力を加えても指一本動かすことが出来ない。
目線を向けると彼女の隣にいる美咲や数メートル先に居るローブの男たちも動くことが出来ないらしい
しかし、そんな空間の中でディレクトリを構える音が響いた。
アリス・フィルリーネ。
彼女だけは何事もなかったかのように右腕を動かしている。
その足元で展開され輝きを放っているのは銀の魔法陣。周囲を確認するように振り向いた彼女の瞳も魔法陣と同様に銀色に輝いている
「(まさか……これがアリスの……ッ!!)」
周囲を見渡し、全ての黒球の位置を把握したアリスはゲージを一つブレイクし、魔法を発動させた。同時に膨張していた黒球が水泡に次々と包まれていく。
アリスの使用した魔法≪アクア・コンファイン≫は物体を対象にその周囲に水泡を展開する魔法だ。
学園での戦闘を行う際、放たれた弾などの射撃魔法に対応するために使用していた彼女の得意な魔法の一つ。
そんな魔法が全ての黒球を包み終えた事を確認するとアリスは右手をスッと横に振った。
するとそれに応える様に瞬時に全ての色が元に戻り、動きを取り戻した。葉が舞い落ち、鳥が駆け、何十個もの黒球が連続で爆発し森に轟音が鳴り響く。
しかし黒球はアリスの≪アクア・コンファイン≫に包まれていたので、爆風が周囲を襲うことはなかった
「ど、どういうことだ。あのタイミングでは魔法の発動は間に合わないはず……なのに、なぜ防御に成功している……!?」
男が状況を理解できない様子で歯を噛みしめ、両手に力を握りしめて怒りを露わにしている。
それとほぼ同じタイミングでアリスが地面に両膝を着いた。それを見たコレットと美咲が慌ててアリスの元に駆け寄る
「アリス、大丈夫!?」
「ハァ……ハァ……。ご、ごめんね。霊技を使ったら一気に疲れちゃって」
「やっぱり、さっきのはアリスの霊技だったのね」
コレットの驚いた表情にアリスが「えへへ……」と少々困ったような笑みを見せた。それから隣の美咲に「ありがとう」とお礼を言って、頭上で心配しているファフニールの頭を撫でる。
その瞬間、彼女達の後方でローブの男が魔法陣を展開した
「まぁいい。どういうトリックなのかは知らないが、余計なことされる前にさっさと終わらせてやる。全員、砲撃準備に入れ!!」
ローブの男の指示を受け、その背後にいた全員が両手を前に突き出した。作られていくのは弾丸の様な形。しかし、それは今まで使って来ていたモノとは大きさが違った。
巨大とはいえないものの、抱え込む程の大きさはある。それが十数個ともなれば、それなりの威力が発揮できるだろう
「あの人たち、なにかの準備をしてる……?」
「えぇ、けれどこれ以上好き勝手にはさせないわ」
コレットが立ち上がり男たちへと視線を向けた。ヴァルハラを宙で一振り、それから一歩踏み出す。自身が戦いに再び参戦するつもりなのだ。
しかしそんな彼女の行動は止められてしまった。掴まれたスカートの裾。コレットが手荒く振りほどくわけもなく振り返る。
そこではついさっきまで息を切らしていたアリスがスカートの裾を握っていた。無理をしている事が分かる顔で首を数回横に振って立ち上がる
「アリス……?」
「待ってコレット。この状態でリミットバーストしたあの人とさっきみたいに戦うのは難しいかもしれない。でもまだ、私たちには「とっておき」があるの」
「とっておき……?」
「そうだよ。ファフニールにはまだ「進化」が残ってる」
言いながらアリスは数歩前へと進み、クロノスを掲げ目の前に魔法陣を作り出した。
ファフニールは空を駆け、その魔法陣へと着地する
「私はここで戦うって決めた。コレットを守るって決めた。だから逃げるわけにはいかない。諦めるわけにはいかない」
「……そう。だったら私のやるべきことは一つね」
コレットがヴァルハラを振りアリスの足元に白い魔法陣を展開した。よく見ればコレットの瞳は銀色の輝きを放っている。それは霊技【No.4≪瞬間回復≫】が発動している証拠。
それに気づいたアリスは思わず後ろを振り返る
「これって……」
「【No.4≪瞬間回復≫】を全開で発動してるわ。これであなたの体力はすぐに回復する。私はさっきあなたを信じるって言ったんだもの。これがきっと、私が今やるべきことでしょ?」
「コレット……ありがとう。行くよ、ファフニール、クロノス。ゲージ、ブレイク」
クロノスのゲージが一つ破壊され、アリスの魔力が上昇した。それと同時に展開された魔法陣の中にファフニールの身体が吸い込まれていく
「心に芽生えた小さな勇気が未知なる進化の鍵となる。勇気を纏いし白銀の翼を羽ばたかせ、今ここに光臨せよ!!≪人形龍進化≫!!」
ファフニールの身体が完全に吸い込まれると魔法陣は輝きを放ち、光の柱が生成される
「クソッ!!」
アリスの動きに舌打ちをしたローブの男が素早く小さな魔力弾を放った。それは真っ直ぐアリスに向かって行く。
彼は進化を行っているアリスが無防備だと判断したのだ。だから準備をしている大型魔法とは別に小規模な攻撃を発生させ、ダメージを加えようとした。
しかし、その攻撃は通らなかった。技ではない魔力を収束して作られた盾によって防がれたのだ。それを発動させたのはアリスでもコレットでもない。美咲だった
「アリスさん、今です……!!」
「くっ、砲撃開始!!」
ローブの男が合図として指を鳴らすと準備を終えたのであろうその後方の男たちが一斉に腕に力を込めた。そして数十発もの魔力砲撃が発射される。
アリスが進化のための魔法を使ったのはほぼ同時だった。アリスと男たちの間にあるのは召喚を行うための魔法陣とその上に展開されている光の柱。そして必然的に魔力砲撃と光の柱が激突する。
だが接触の瞬間、砲撃は一閃の光に切り裂かれてしまった。分裂した攻撃が次々と左右に分裂して爆発する。
立ち込める爆煙。その中からファフニールが姿を現した。
外見に形状が変わる程の変化は見られない。が、翼は結晶状へと変わっていた。放つ輝きの光度が増しており、纏う魔力が強力になっていることも分かる。
その後ろには召喚者であるアリスの姿もあった。ダメージを負った様子はない
「進化完了、「蒼天光龍 ファフニール・ブレイブ」!!」
「ファフニール・ブレイブ……だと!?」
「薙ぎ払って。ゲージブレイク、≪人形魔法―超水人形龍の咆哮≫!!」
アリスの声に反応してファフニールの胸の結晶が光を放った。同時にファフニールの目の前にブレイクしたゲージや周囲の魔力が収束していく。
仕組みとしては≪人形魔法1―「水流息吹」≫と同じだ。だが、こちらの場合は集める魔力の量が違う。
そして魔力は光線となって放たれた。砲撃に魔力を使ってしまった男たちにそれを防ぐ手段はない。
勇気の力を得た人形龍の咆哮は直撃すると轟音と共に爆発を起こした




